第186話『抜粋』
――日は正中を遥か後方へ置き去り、辺りを暗闇へ陥れようとしていた。
ユーラの件についてはゼントも申し訳なく思っている。
彼女に蔓延る気持ちの正体を確かめもせず、受動的に日夜を過ごしていたこと。
抗弁などする気も起きなかった。これから改善して、他の問題すらも見つけていかねばなるまい。
それにしても彼は特にここ数日、面倒ごとを抱え込みすぎている。ユーラにしろ、ジュリにしろ、そしてサラにしろ……
一つ一つ解決していければいいものなのだが、これからの生活と共に向かっていかねばならない問題だ。
また何故、平凡な彼がここまでの出来事に巻き込まれるのかと問われれば、それはもう運命だからとしか言いようがない。
唯一例外があるとすればサラに対すること。会って少し言葉を交わすだけで、ジュリについても詳細と今後の対応が分かる。
ライラがしっかりと約束を果たしていればの話だが……
ともかく北西の門へと向かう。大通りではなく狭い路地を駆使し、最短の道筋を使って。
歩幅は快調で喜びが滲み出している。隠しきれない感情は周囲の空気すらも解していく。
町の北西と言えば比較的人通りが少ない場所だ。指定したのはライラとはいえ、よりにもよって変な場所を選んでいた。
連れてこられるなら家の前でもよかったのに。
でも会えるという可能性だけでも彼の脳内は歓喜に満ち、些細なことなど気にもならない。
魔術具も布で包んで懐にしまってあった。会ってすぐにサラに手渡すため。
ジュリには見つからないようにこっそりと。怪しまれてはいたが、無理やり顔を合わせないようにして抜け出した。
そして――路地の薄暗がりを抜け、傾いた日が視界を目映く照らす。約束の場所はもう目前へと迫っていた。
間もなく到着したゼントは影が伸びていく中、門の周りを隈なく探す。居るかもしれない彼女の影を追って。
だがしかし、簡単には見つからない。夕方と言っても間隔があり時計もないので大体で計るしかない。
でもいよいよ明かりが落ちてきて、本当に日没の淵になった時、ゼントの頭にふと嫌な予感が走る。
「あいつ……まさか……」
少しくらいなら期待してもいいと思ったのだが……やはりどう考えても無理な話だったのだ。
どこにいるかも分からない、それもおそらく遠くにいる人を一日だけでここに連れてこられるはずがないのだ。
流石のライラでも厳しかった。ゼントを喜ばせようとでもしたのか、あるいは自身の力を過信しすぎたのか。
だとしても、せめて徒労に終わったとだけでも早くに教えてほしかった。そうすれば余計な期待もせずに済んだものを。
人通りはもうほとんどなくなっている。一人でもいればかなり珍しく不審に思うほど。
これ以上待つにしても、周りには人がおらず虚しい。期待も中途半端に残って精神的苦痛を伴うだろう。
そう思って諦めて帰ろうとした時、突然、後ろから声をかけられた。今そこには誰もいなかったはずなのに、突然現れたかのように気配が現れる。
「――ゼント」
短く、名前を呼ぶ謎の声。気が付くとゼントは刹那の合間、既に後ろに振り返っていた。
冒険者としての危機察知もあれば、懐かしい往日の声が聞こえてきたからでもある。
急いで振り返ったのはいいものの西日と相まった後光に目が眩む。
思わず目を瞑ってしまった。仮にこれが戦闘中であればもう命はないというのに。
でもやがて僅かな風が過ぎ去り、目が慣れてくるとようやく声の主が視界に現れた。
門扉の影にでも潜んでいたのであろうか。かの者は流れゆく髪をかき分け、口元に見通せない笑みを浮かべている。
程よくほつれた黒いフードに身を移し、居もしない辺りの人影を妙に気にしていた。
その姿を認識した瞬間、優しく柔らかい胸の中にもう彼は包まれている。
ゼントが何もできぬ間に向こうから抱き着いてきていた。
誰だか頭で理解できた瞬間――
――自分でも知らない内に彼の瞳の中は潤んでいた。
それは最愛の者を失ったからこそできる涙。
会えないと思っていた人に、もう一度会えた。
彼が涙している理由はそれ以外に語る必要もない。
「――久しぶり、ゼント」
「そんな、どうして……?」
胸の中に引き寄せられながら軽く挨拶するのかと思いきや、猜疑の言葉が出てくる。
感動の再会だというのに、どうしてか浮かんでくるのは疑問ばかり。
言葉の切れ目も見つけられずに今までの心の内を曝け出す。
「俺……サラからの手紙を読んでから、訳が分からなくなってそれで、とある亜人が魔術具を持っているところを見たら、不安でしょうがなくて……」
「ああ、それは……まあ、色々な事があってね。なんで突然旅に出たのか、今まで何があったのかは残念だけど詳しく教えられない。今日私がここに来た理由はたった一つだけ」
サラはひとりでに語りだす。しかし協会に預けられた手紙同様、仔細に述べるわけではなく。
ゼントとしては会えたことでも嬉しい。戻ってきてまたこの町にいてくれるのなら尚更。
しかし次にやって来た提案には流石に夢想だにしなかった。
「――私と、一緒に旅に出ない?」
ゼントはいきなりのその提案に感嘆詞の声すら出せず、やっとのことで目を見開くばかり。
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