~蔑嘲~

 

前回に引き続きグロが少しだけあります。


――――――――――――――――――――



「――人間の笑顔って形作るのがとても難しいよね。左右の頬を持ち上げて、目元も輝かせて……周囲の人を見るとどうしても自分自身に違和感を持っちゃう。何で皆はあんなに自然に作れるの?」



 ……あれからずっと理不尽が極まった尋問、もとい拷問が続いている。

 何回か質問されたけど、私がどう答えようと結果は変わらなかった。

 外の様子が分からないのでどのくらい時間が経ったのかも分からない。

 段々痛みも思考も麻痺して、虚ろな目で何とか机の上を見遣る。


 左手には潰れた小指と切り刻まれた人差し指、そしてすり身になった親指。

 そして右手には途中で切断された小指と爪を剥がれた中指。

 それ以外の指は……根元から綺麗に失われ跡形も残っていない。



 そしてまた訳の分からない質問。言葉として理解できても意味ができない。

 感情の起伏が激しいから怒らせない方が良かった。でも逆鱗の場所が分からない。

 なんて答えるのが正解なのか、訳も分からずしばらく考え込んでいるとそれは唐突にやってくる。



 ――今度は人差し指か……


 私はもうそんな感想しか出てこない。私の指がまた一本、根元から切り取られその役目を失う。

 それ以上痛みも感じなくなるから、切断が一番優しい責め方だった。

 放置すると血を失い過ぎるので一応止血もしてくれる。



「あーあ、感情的になりすぎて、指を二本やっちゃったのはかなりもったいなかったな。でも、あからさまな嘘をついて私を怒らせるのが悪いんだよ。もう疲れたからいいや、全部切り落とそっか」


 そう言われて私の残った指らは成す術なく、苦痛からはあっけなく解放される。その代わり、何も残らなくなってしまった。

 これでは物すら掴めないではないか。いや、そんなことよりも次に来る責めの方が気になった。



「うーん、なんで上手く答えてくれないんだろう。指は神経が集中しているから拷問に適していると思ったんだけどな。それともこいつが思ったより頑丈なのかな」


 目の前でぶつぶつと独り言をつぶやく化け物、

 そしてしばらく迷いに迷った挙句、終には私に笑顔で聞いてきた。



「ねえねえ、今度は水責めとかがいい?それとも炎にくすべる?あるいは、猛獣の巣にあなたの手足を切り取って投げ入れる?あとは口に手を入れて顎を引き裂いてあげようか?」


「なんで……こんな、こと、して……ただで済むと、思ってるの……?」



「だってあなたはそれだけのことをしたんだから当然でしょ?被害者ぶるのはやめようね。それに、私はゼントに愛されているの。だからこれは正義の行いだよ」


「愛されてるなんて……何を、根拠に……」


 私はかすれた声を出すのに精いっぱいだっていうのに。

 いたずらをする子どものようにくすくすと彼女は笑う。

 前提の理屈から既におかしいことにまるで気がついていない。



 ――あいつは得意げな顔で自身の胸元を弄り、“それ”を掲げる。



「私はね、ゼントから“この石”を貰った。私のためだけに!! だから――」



 傲慢はあれど謙遜は一切なく、いやらしげに見せつけてくる。


 ――だがその時だった。




 薄氷が割れるように歪な軋む音を立て、化け物が手に持っていた物が砕け散ったのは。



 同時に、顔に張り付いていた余裕と優越感は虚無と消え去る。



「あれっ!?なんで、そんな!!?」


 化け物が取り出した物それは……

 私が奴を殺すために送った、青紫で雫の形をした石だった。



「嘘でしょ!?どうして、しっかり持っていたはずなのに……!?」


 当たり前だろう、その石は一回で“使い切り”なのだから。何を狼狽えているのか。

 例の石は使用した瞬間に微塵に砕き散って消滅する。逆に何故今まで形を保って持っていられたか知りたいくらい。

 そんなもの、私の魔術具と魔石があればいくらでも作り出せる。見た目以外の価値など無いに等しいのに。



「……その石を贈られただけで、ゼントが愛していると本気で思っているの……あんた、相当に馬鹿なんじゃないの?そもそもそれは、私がゼントに頼んであげさせた物だし!!」


「は?あなたは何を言っているの?ゼントが私の為だけにくれた物に決まっている。嘘なんかついても私は騙されない!」


 あまりの滑稽さに、悶えながらもついつい顔が綻ぶ。痛みすら忘れて口も饒舌になってしまう。

 こいつはもう度し難い。何を言っても悪い方向へしか行かないと悟ってしまった。


 殺さないとかも言いつつ、結局最後は全て嘘で、生かして返す事なんてしないのだ。

 怒りを煽ってやれば、少しでも早く殺してくれるのだと思った。



 だが思惑とは裏腹に化け物は一回感情的になるものの、それきりで収まってしまった。

 そして一呼吸置いたかと思うと、また意味不明の言葉の羅列が始まる。



「もういいや。……そういえば人間は何故か亜人を嫌がるよね。そうだ、確かゼントも亜人が嫌いだって言っていたよね? だからあなたを嫌われるようにしてあげる。あと、私に使った武器は調べてみたけど、使いづらくて要らないから返すね。ゼントの家にもっとすごそうな武器を見つけたから!」


 次から次へと話題が切り替わる。血を失って朦朧とした頭では理解が追いつかない。

 あとに続くであろう拷問から逃れるために、舌を噛み切ってやろうとも考えたけど顎に籠めるだけの力がない。


 どうせまた痛い思いをする割には、確実に死ねるとも限らなかった。

 でもこの時だけはその選択を後悔することになる。



 ――次の瞬間、全身に焼けるような激痛が走った。


 頭の天辺から足の爪先まで、全身の隅々に太い針を刺されたような痛みが。

 加えて、頭部の骨をねじ切られるような、倒懸とうけんして尚、解放からは程遠い。

 人が殺される時でさえ感じない痛みに不必要に筋肉に力が入り、そして限界を迎えた繊維から千切れていく。


 何をされたのかはわからない。あいつは目の前でただ眺めているだけなのに。

 少なくとも化け物に仁恤じんじゅつの心などあるわけがない。叫び声すら出せずに失神するに至った。

 しかし、意識が無い中ですら全身の苦痛が和らぐことはなく、このまま終わりなく延々と蝕まれ続けるのかと思った。






 だが、幸か不幸か、意識が覚醒する。


 そして、次に目が覚める頃に。私は…………



 ――自らの身体が、自身が忌むべき、とある、亜人……の姿になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る