第112話『念頭』
「サラは、やっぱり亜人が嫌いなんだよな?」
場所は引き続き、協会内大広間の一角。
気が付くとゼントとサラは肩を並べられるほどに近づいていた。
「そりゃそうでしょ。だって、あいつらいつも獣臭がするんだもの。体を清潔にしてないのよ。それにいつも割のいい依頼だけ取っていくし、それに……」
仕方がないことかもしれないが、自分の質問に遠慮もなく肯定するサラに、そこはかとなくもの悲しくなったゼント。
でも突然言葉に詰まる様子を見て、不思議そうに首を向ける。
「サラ?どうかしたのか?」
「……何でもないわ。それよりゼントは言うまでもなく賛成票を入れたのよね?」
顔のすぐ傍と、あたたかい微笑みと共に語り掛けてくる。
わざわざ確かめてくるとは、彼女の亜人嫌いはよほどのものだ。
そして運が悪い事に、ゼントは彼女の望みを叶えられていない。
ただ頷けばいいだけだ。それが普通の人間の当然の選択だからだ。
そんな当たり前のことがゼントにはできない。
嘘をつくのは簡単だが、自分の信念を曲げるようで後ろめたい気持ちが残る。
加えてサラには嘘が通じないことは彼もなんとなく分かっていた。
どうするのが最善なのか。あまりもたもたしているとサラが懐疑的な目をしはじめる。
その時、ゼントの反対側に居たライラが声を掛けてきた。
「ゼント、亜人って何?」
「亜人も知らないなんて、お前は一体今までどんな生活をしてきたんだ?」
亜人という存在を見たことが無いのか、単語に聞き覚えが無いだけか。
その問いかけは救済だっただろう。すぐにゼントはサラの会話を無視して向き直る
代わりに後ろから鋭い視線が注がれるが、夢中になっている振りをして気が付かない。
苦笑いで、しかし確実に嘲るように言ってしまう。
本心でそう感じたわけでは無く、サラとの会話から逃れたい一心だった。
「いいから教えてよ」
「そうだな……人間以外で会話ができて、大まかに人の形をしていたらそれは亜人だな」
それでも不快にさせてしまったのは事実で、当たり前だがライラの顔は殺風景になる。
自身の振る舞いが間違ってであることに気づき、直って何とか固く真面目に違和感の無いように答えた。
実際には、同じ種族内でしか意思疎通ができない亜人も居る。人の形を大きく逸脱した者も。
だが一般的にはその認識が通常だ、だからこそ交流する上で問題も多いのだが。
「ああ、毛むくじゃらだったり、トカゲみたいな見た目のやつでしょ?それだったら何度も関わったことがあるから、とてもよく知ってるよ」
どうにも後者だったらしい。それにしても何か気になる言い草だった。
ライラについても少し気になるところだが、今は過去を見るよりも現状だ。
「ゼントも周りの人たちみたいに、あいつらがすごく嫌いなの?」
「……ま、まあ…………そうだな」
結局、初めからこうなる結末だったのかもしれない。
数舜の間に悩み切った挙句、彼はまたライラに嘘をつく。
そして、後ろで会話を聴いていたサラは、その発言をどのように捉えたのだろうか。
「ねえゼント、あなたもしかして――」
「――そうだゼント、渡したいものがあるの!」
唐突に広間で大きな声を上げるライラ。
後方から聞こえるサラの訝る声を音量でかき消して、食い込み気味に遮った。
まるで後ろを向いてほしくないとばかり。ゼントもその方が著しく都合がいい。
それに普段は絶対なさそうな、ライラの言う渡したいものとやらがとても気になった。
「はいこれ、大事なものだから大切に扱ってね」
彼女は胸の辺りに一瞬手置き、次に見た時には目の前に差し出している。
ゼントも眼前に手を伸ばして、二人の手は互いに触れあいながら受け取った。
なにかと思って見てみると、それは楕円体の赤く輝く宝石。
例えるのならば、不純物が一切ない赤い琥珀のような見た目。
奥に見えるライラの瞳と頭の中で重なる。
てっきり鉱山の魔石をくすねてきたのかと思ったが違う。
あそこで採れる物はどれも形が不揃いで、表面の光沢も一切ない。
比べてこれは、しっかりと手順を得て加工を施された高級な代物だ。
だが更に詳しく目を凝らすと、ありきたりで一般的な宝石ではないことがよく分かる。
透き通った石の中心にもう一つ、不透明で同じく楕円体の濃い赤の石が中に浮かんで見えた。
伊逹や酔狂などの一品ではない、と直感で感じる。何か不思議で特別な、魔性の雰囲気が潜んでいるような……気がした。
「なんだこれは?」
明らかにただの石ではない。
いてもたってもいられず、無意識の内でぶっきらぼうに質問していた。
だがこれが最善だった。あれこれ考えたところで答えが出るわけでもない。
「私の気持ち」
それだけ述べるとライラは首を傾け、またあのいつもの微笑みを見せる。
つまりそれは贈り物、所謂プレゼントという事なのだろうか。
なぜ今なのか、訳が分からないがとりあえず受け取ることにした。
そう言えば、最近似たような物を見たことがあるはずだ。
サラから頼まれていたことを思い出して、懐のあるものを探して手を入れた。
「そうだライラ、俺からも渡したいものがあるんだ。これを――」
そう言って胸元から手を出した途端、ライラの目がギラついていたのが見えた。
それは強て表現するなら、貪欲に玩具を欲する子供のような瞳だ。
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