第96話『順次』

 



 話が一通り終わって、ゼントが再び受付の方を見やった。

 すると何故かセイラから尖った視線が飛んできている。

 なんとなく気まずいかったので、慌てて協会から家に向かって飛び出した。

 サラはまだ引き留めようとしていた気がするが、軽く会釈して通り過ぎる。




 ――しばらく時間が経って、


 協会に残されたサラ一行は広間にある机を囲んでいた。

 決して朗らかな様子ではない。全員で顔を合わせて、物々しい雰囲気を放っている。

 場の空気に耐えかねた彼女は、相殺してやろうと意見を求めた。



「何か不満があるなら言ったらどうなの」


 それはゼントの前では決して日の目を見ない、冬の風のように冷たい声だった。

 いつも程よい愛想で接するサラは消え去って、明らかに鬱陶しげだ。

 ご機嫌斜めと分かっている状況で、潔く矢面に立つ男が一人。



「やっぱり、彼をパーティーに入れるのには反対です。これ以上人が増えても安全性は担保されず、効率だけが落ちていくばかり。何故そこまで引き入れたいんですか?口を出すなと言われたから黙っていましたが、彼は……」


「その話はもう終わったでしょ。私が仕事で失敗したせいで迷惑をかけたんだから、真相は伝えずとも最大限支援しようって」


 サラは面倒くさそうにため息を吐き、椅子の後ろにもたれ掛かる。

 しかし、この場で彼女の意見に賛同する者は誰もいない。

 何とか諦めさせようと、気弱そうな別の男が最悪の禁じ手を持ち出した。



「……思うんですけどゼントとあの新人の娘、男女の関係なんじゃないですか?だから多少不自然でも無理やり断ったとか……」


「そんなわけないじゃない。ゼントはあの女のことを異性として見てないわ。語り口や眼を見てれば分かる」


 怒りを買うとはつゆ知らず、男はしゃべり続ける。

 眼前に危険が迫ってくるまで分からない。

 それくらいに三人も必死だった。



「いやでも俺、…………逢引している瞬間を見たんです。夜に町のはずれの人目につかない所で、二人が恋仲のように抱き合っているのを。わざわざ図ったように暗い場所でなんならその、せ、接吻とかもしてて……!!」


「――っ!!?なにそれどういう事!?詳しく話して!!」


 ――刹那、

 協会の広間に怒号ともいえる怨恨の火花が響き渡った。



 ◇◆◇◆




 ――ゼントは逃げるように協会から立ち去った後、足を引きずりながらも家の前までたどりつく。


 外観を見て、おかしな点にすぐ気が付く。

 のちのち部屋の中に運び込もうと思って、玄関周りに大量の家具が置いてあったのだが、

 しかし、今見ると全てきれいに無くなっている。


 何かあったのは間違いない。

 なんとなくいやな予感があった。考えるより先に家の中に顔を覗かせる。

 まさか、自分が時間をとられている間に、危険が――



「――おかえりなさい。お兄ちゃん、随分と遅かったね」


 しかし、入るや否やユーラの元気な声が頭の中に入ってきた。

 部屋を見て放心しているゼントを笑顔で迎え、同時に正面から抱き着いてくる。

 幻聴や幻覚でないことを確認しつつ、それでも動揺は収まらない。



「これは、一体どういうことだ?なんで家具が……」


 見るとユーラの部屋から持ってきた家具が、大雑把だが全て収められている。

 まだ生活に足りない家具はあるものの、片付けて広くなった部屋が少し手狭に感じた。

 ぼんやりと見据えるゼントには構わず、抱き着いたまま説明を始める。



「暇だしどうせ後でやるんだから、お兄ちゃんが帰って来る前に頑張って運んだんだよ」


「頑張ったって……ユーラのその腕で、どうやって重たい物を……?誰かに手伝ってもらったとか?」



「それは内緒。でも私一人でやったんだよ。お兄ちゃんが心配するようなことは何も無かったよ」


「あ、あ、ああ。ま、まあなんにせよ、助かったことは確かだし、ありがとう」


 疑問が晴れたわけでは無いが、どもりながらもしっかり感謝は伝える。

 それにしてもゼントは目を丸くして驚いていた。

 ここまで一人でやってくれたことは、疲れていた彼にとって本当にありがたい。



「そういえば気になったんだが、さっき“随分と遅かった”っていったよな?早めに帰るように努力はしたんだが、そんなに遅かったか?」


「違うよ。思ってたより時間が掛かってるなって感じただけ、特に深い意味は無いよ。帰ってきてくれただけで嬉しいから」


 そうか、と下を見ながら不思議そうに首を傾げる。

 ところで、ユーラがずっとゼントに抱き着いていた。

 色々驚いていて、反応し忘れてしまっていたのだが……



「ユーラ、悪いんだけどそろそろ放してくれないか?」


「あ、ごめんなさい。でもこうしていると、とても幸せな気持ちになってくるの」


 彼女は一方的に、最後には深く抱きしめて、名残惜しそうにゆっくりと離れてゆく。

 一歩引いて見ると恍惚を帯びた表情、はっきり言って幼い少女が見せていいものではなかった。

 今朝の出来事で、溜まっていた想いが吐き出せたからだと信じたい。




 なんとなくだが、ゼントは家に帰ってからずっと、どこかに引っかかる気持ちがあった。

 部屋に新しい物が増えたからだけではない。ユーラから感じる謎の浮ついた佇まい。


 例えば――ゼントが全身傷だらけになっているのに、一番に反応しないところ。


 彼自身も違和感の正体が掴めないまま、とりあえずは部屋に置かれた椅子に腰かけた。

 日は夜に向かって傾いている最中だが、外はまだ十分明るい。

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