第95話『昇華』

 



「――それはつまり、俺があいつとのパーティーを解散して、サラのところに入るということでいいのか?」


 懐奥深くにしまい込んだ大金の事もあった。

 ふと来た側を振り返るとセイラから注視もされている。


 何より赤い悪魔が現れて、家に居るユーラが心配だった。

 遭遇したら直ちに逃げるようによく言い聞かせてあるが、念を入れて。

 一刻も早くこの場を去ってしまいたい。



 しかし目の前のサラ一行からも、容易ならぬ空気を感じる。

 正面のゼントだけでなく周囲にも威圧を放つ。ほとんどは後ろの三人からだが。

 長くは時間を掛けないと言うので話を聞いてみれば、どこかで聞いたことある内容だった。



「そう。言いにくいけどあの子と一緒に居ると、辛い過去を思い出してしまうんじゃない?こっちは人数が多いから報酬は少なくなっちゃうけど、その分怪我することもかなり少なくなるし、どう?」


「どうって言われても、すぐには……」


 確かに、この時機にとてもありがたい申し出だった。

 ゼントは大きな稼ぎが欲しいわけでは無い上、もし怪我をすれば数日は稼げなくなるだろう。

 安全を優先するにあたって、人数は多いに越したことは無く、理にかなっているように思える。


 あの少女と一緒にいると辛い、というのもまた事実ではあった。

 名前に関しても、口調も、常識を飛び抜けた強さも、不意に頭の中で恋人と重なる。

 しかしある一点において黒髪の彼女は、救いともいえる要素が内在していた。


 それに、ゼント一人の了承でどうにかなるものでもないだろう。

 ライラに告げもせず、かつ一方的にパーティーを解消できるほど彼は悪辣ではない。

 サラも彼の性格は分かっている。合理的に、素早く追い打ちをかけるように捲し立てる。



「現に今日もゼントは傷だらけじゃない。今もこんなになっているのに、彼女は心配せず先に帰っちゃったの?見た目は全然大丈夫そうでもないのに、」


「いや、俺が足引っ張ったせいで疲れているようだったから、無理にでも帰って休むよう言ったんだ」


 それは紛れもない事実。ゼント自らの指示によるものだ。

 勢いがあったサラだったが、適切に反論されたので失速した。


 仕方なく、風前の灯が如く語気を強めて、最後の材料を取り出して説得にかかる。

 しかし、ゼントの中には既に僅かながらの希望が宿っていた。



「疲れていた?だとしても、負傷したのはゼントを放ったの?」


「色々あったんだよ。詮索しないでもらえると助かる」



「でも、とにかく、今の関係はあなたがなりたくてなったものじゃないんでしょ?彼女に言いにくいなら私から――」


「気遣ってくれてありがとう。まあ、あいつはかなり取っ付き難いし、連携とかも全然取れる気がしない。だけど……」


 脳裏に映るは、先程町の外で見た光景だ。

 感情の制御が出来ていないあの瞬間を思い出していた。

 完全だと思っていた少女の、不完全な一面。


 人間とはもともと不完全な生き物だ。

 仕事や人間関係でも、あらゆる場面で失敗や罪を犯す。

 感情も多くは邪魔な存在かもしれない。



 そう言った人間的な意味で、黒髪の少女――

ライラは完全から不完全へ昇華したのだ。

 当の本人は今、万死に値する失態と嘆いている頃だろうが、それは寵愛を受け入れる第一歩だった。


 ゼントは心の何処かでだが、はっきりと分かっている。

 朝の一連のやり取りも、どんな意図があったのかなども分かっていた。

 手を離すのはまだ早い。だから目の前のサラを真っ向から否定する。



「――だけども、よく分からないけど、あいつは俺と組みたがっているみたいだし、実力は確かだ。もう少しだけ様子を見てみることにするよ」


 一呼吸おいて全速力を添えて言い切った。

 なぜか全身には、どこからともなく汗が湧いていた。



 そして同時に、後ろの三人は胸を撫で下ろしたり、どこか落ち着きを取り戻した表情をしている。

 対称的に、サラは笑みこそ消え去ることはなかったものの、明らかに悲痛に泥む。

 しかし、まだ想いを諦めきったわけでもなかった。



「そう、それは残念……ちょっと意外だったけど、ゼントが言うならどうしようもないわね。でも有事の際、本当に困るのはゼントかもしれないわよ」


「今日のこの怪我は俺の指示のせいだから分からない。でも戦闘の自信はかなりあるみたいだった」



「……じゃあもし。もしもの話なんだけど、仮にあの新人が大怪我とかして、仕事が一人でどうしても続けられなくでもなったら、私のとこまで来てくれる?」


「あいつに限ってそんな事はないと思うけど、万が一の事態が起こった時は、お言葉に甘えてサラに頼らせてもらおうかな……」


 彼女は、ゼントに実力が備わっていなかったことを知っているはずだ。

 それなのに、ここまで親身に尽くしてくれる。


 今まで、特にこの半年、近づこうとしてくる輩は、ゼントの虚構に満ちた力を求めているのだと彼自身は思っていた。

 でもサラは違う。セイラも、ユーラもおそらく。


 彼女らは実力を求めているわけでは無かった。

 純粋にゼントを心配して声を掛けてきているのだ。

 僻んでいたのは自分の方だと気づかされた。



「ええ、もちろん。困ったらいつでも声を掛けて、全力でゼントを補助するから」


「いや、全力でなんて……してくれるだけで十分ありがたいのに……」



「見ていると歩きづらそうだし。なんなら私が家まで送ろうか?」


「大丈夫、これは自業自得だし迷惑はかけられないから」


 やんわりと作り笑いで断るも、

 彼女は笑顔を深めて、企みを注ぎ続ける。

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