第102話102「決勝トーナメント一回戦(12)」



「そ、そんな⋯⋯。こんなバカげた⋯⋯ことが⋯⋯ハアハア」


 リリアナは肩で息を切らしながら、顔面蒼白で目の前の現実を受け止められずにいた。同様に周囲の観客もまたカイトの強さの異常性に言葉を失っている。そんな中、


「あ、あれ? な、なんか、妙に静かですね⋯⋯たはは」


『自重』を何処かに捨ててきたようなセリフを吐くカイト・シュタイナーの姿がそこにあった。


「⋯⋯強い。いや、正直、私とあなたとでは、もはやレベルが違いすぎるのですわね。まるで、大人と子供。いや、それ以上⋯⋯」

「リリアナ様?」

「カイト・シュタイナー、前言を撤回させていただきます。いや、謝罪させてください。試合前、あなたの実力を見抜けず、失礼な言動をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 そう言って、リリアナが丁寧に深々と頭を下げた。


「い、いえ、そんなっ!? お顔を上げてください、リリアナ様!」


 カイトが慌てて、言葉を掛ける。


「いえ。謝罪は当然です。だって、それだけあなたは強いのですから。見抜けなかった私の不徳の致すところ。これは私にとっても必要なことですので。単なる私のワガママの謝罪です」

「は、はあ、わかりました。では、試合はどうしますか?」

「そうですね⋯⋯⋯⋯あ、ところで、あなたのこと『カイト』と名前で呼んでも?」

「え? あ、えーと⋯⋯その⋯⋯は、はい」

「ありがとうございます! では、私のことも『リリアナ様』ではなく『リリアナ』とお呼びください。さて⋯⋯」


 リリアナは自然な話の流れから、カイトの一瞬の隙をついて『お互いの名前呼び』を確立させた。「ついでですが⋯⋯」くらいに自然な流れでカイトに『お互いの名前呼びOK』の言質・・を取ると、カイトに『名前呼びの言質を取ったこと』を意識させないよう、すぐに話を本題へと戻すというスゴ技・・・を展開。


 そして、そんなリリアナのスゴ技に気づいた者が若干⋯⋯二名。


「ぬ、ぬぐぅぅ⋯⋯リリアナの奴め! なんと自然な! さすが、ハルカラニ家といったところか!」


 リリアナの手腕に脱帽するレイア姫こと、レイア・クラリオン。そして、


「す、すごい! 自然な話の流れの一瞬の隙をついて『お互いの名前呼び』の言質を取るだなんて!!!! ハルカラニ家の女性ってすごいです! ていうか、あれ? なんか好敵手ライバル増えていってない?! それってまずくないっ!?」


 顔を紅潮させながら、絶賛プチ混乱中のレコ・キャスヴェリー。そんな場外の『ラブコメの波動』はさておき、舞台ではリリアナが話を続ける。


「試合は⋯⋯⋯⋯続行させていただきます」

「え? リリアナ様⋯⋯?」


 カイトはてっきり『リリアナが降参する』と思っていた為、まさかの「試合続行」発言に拍子を抜かれる。


「リリアナ⋯⋯ですよ、カイト?」

「あっ?! す、すす、すみません!」

「フフ、気をつけて、く・だ・さ・い・ね!」

「(ドキっ!)」


 カイトはリリアナの上目遣いのその一言に顔を赤らめる。


「ということでカイト、私も⋯⋯⋯⋯本気を出させていただきますわ」

「え? え? え?」


 そう言うと、リリアナはゆっくりとカイトに近づいてくる。その顔は紅潮し、呼吸がわずかに荒くなっている。


「リ、リリアナ⋯⋯?」

「私の⋯⋯本気、受け止めてください」


 え?⋯⋯⋯⋯えぇぇぇぇぇーーーーっ!!!!


 何、なに、ナニ!? 何なの、この展開ぃぃぃぃぃぃーーーー!!!!


 え? 今、試合中だよね?『放課後の体育館裏』じゃないよね?『伝説の樹の下』でもないよね?


 で、でも、でもでもでもーーーー! リリアナはん、顔めっちゃ赤いやーん! そして、めっちゃ近いやーん!


 こ、この流れ、これって絶対に⋯⋯⋯⋯『告白』だよね?


『KOKUHAKU』ダヨネーーーーーー!!!!!


 カイトの心の中はすっかり『童貞祭り』がワッショイ、ワッショイしていたが、もちろん、ただの勘違い童貞こじらせで、これは、れっきとしたリリアナの⋯⋯⋯⋯必殺攻撃・・・・だった。


「ハルカラニ家相伝魔法『愛ノ奴隷ラブ・スレイブ』!」


 トゥンク!


 そう言って、リリアナがカイトに抱きつくと、その瞬間——リリアナとカイトの体からハート型のピンクの光が溢れ出て、同時に『トゥンク』という謎の音が発せられた。


「なっ!? ななななな、なんだぁぁ!! 今の、忌々しいハート型のピンク色の光はぁぁぁーーーーっ!!!!」

「何よっ!? 今の『トゥンク』というやけに嫌な予感のする音はぁぁぁーーーーっ!!!!」

「⋯⋯え?」

「⋯⋯え?」

「「⋯⋯あ」」


 二人⋯⋯レイア・クラリオンとレコ・キャスヴェリーが大声を上げると、二人とも隣から『聞き覚えのある声』に気づき同時に振り向いた二人は目が合った。その瞬間——これまでの『カイトへの声援』を相手に聞かれてしまったと知り、硬直。


「お、おや? レ、レコ・キャスヴェリー⋯⋯先生⋯⋯」

「あ、あら? レ、レイア⋯⋯姫様⋯⋯」


 二人とも何とか声を絞り出して『ごまかそう』と必死に自然な(つもりの)笑みを浮かべて挨拶をする。しかし、その後の言葉が続かず二人が「どうしよう⋯⋯」と困惑していると、


「お、おい! あれ見ろ! カイト・シュタイナーが⋯⋯っ!!!!」


 周囲の声にハッと我に返った二人は、すぐに舞台にいるカイトへと視線を向けた。すると、


「カイト。私のこと好きですか?」

「はい。リリアナのこと⋯⋯⋯⋯大好きです」

「「な⋯⋯なんですとぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!!!」」


 リリアナの横で目を半目にし、虚な表情で棒立ちになっているカイトの姿があった。

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