夕暮れ
半分だけ開けた窓から吹き込む風は、いつの間にか湿気を含み始めていた。薄いレースが揺れたからやっと気付いた。意識が目の前の数式から逸れると、それまで気付かなかった、気にしていなかったあれこれが五感を刺激する。
部屋の中は薄暗かった。けれど電気をつけるほどではない気がする。薄い布を通り抜ける夕陽が目に刺さる。薄暗さに慣れた目には少々暴力的だった。窓の向こうの空は紅い。
半開きの窓から感じる風は湿っていたけど、蒸し暑くはなかった。かといって肌寒くもない。過ごしやすいくらいだった。遠くから近づく電車の音は少し手前で停止した。近所の子どもたちの笑い声が耳をすり抜ける。どこかの家から漂う夕飯の匂いに空腹を思い出した。窓を開けているのだろう、そう遠くないところの家から夕方のニュースの声が漏れ聞こえる。音としては聞こえるのに言葉としては捉えられない、そんな状態が心地いい。
頭の中が緩んでいくのが何となくわかった。ずっと同じ体勢でいた身体が凝り固まっていたから伸びをする。腰や肩からポキポキと小気味いい──けれど不穏な音が聞こえる。首を回すとさっきより近くから音がして驚いてしまう。ぱちぱちと瞬きを数回繰り返す。乾燥した目に涙が滲んだ。しばらく瞬きしてなかったから。誰も見ていないのに、聞いていないのに、言い訳するように独り言ちた。
陽がある時間は伸びてきたけれど、そろそろ明かりが欲しくなってきた。蛍光灯を点けると白い光が部屋を満たす。やっぱり、急に目を射る光は暴力的だった。眩しくて目を細める。空いている窓を半分だけ閉じてカーテンを閉ざした。ほんの僅かな隙間から、夕陽の終わりが床に線を引いていた。
ベッドに放り投げていたスマホのランプが光る。ロックを解除してアプリを開く。届いたメッセージに初めて目を通して、ロック画面で通知を確認しなかったことを後悔した。相手の画面では緑色の吹き出しの横に既読の二文字がついてしまったことだろう。何も返さないわけにはいかなくなってしまった。
幸いにもyesかnoで答えられる内容だった。いいと思うよ、簡単な言葉を送った。あまりにも素っ気なく返してしまった気がして、ちょっと間をおいて可愛げのあるスタンプも添える。彼女のことが嫌いなわけではない。ないけれど、ただ、今はそんな気分じゃなかっただけだ。ごめんね、心の中で軽く謝る。本人に届かないから意味はないけど。
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