逢魔ヶ刻

 カナカナとひぐらしの鳴き声が辺りに響く。ジワジワと鳴き声の雨を辺りに降らす他の蝉の声に混じっても、蜩の声だけは掻き消されることはなかった。紅い夕暮れが、長い影を道の上に落とす。光が強ければ強いほど、闇はより暗く、黒くなる。物が見えにくい傾いた夕陽が、物の色を輪郭をぼやけさせ、影の色をより濃くしていく。蝉時雨の降る中では静かではないはずなのに、不気味なほどに静まり返っていた。遠くの空に浮かぶ綿雲が黒い。西側は地平線に近付けば近付くほど明るくなっているけれど、東側に行くにつれ、世闇の色のグラデーションが広がっていた。紅と黒が混じる時間。境目が酷く曖昧になる瞬間。西陽の鋭さに目を細めた。つぅ、と背筋を汗が伝った。すぅ、と一筋そよいだ風が髪の毛の先と汗を纏った首筋をほんの少しだけ撫ぜていった。湧きあがったこめかみの汗を制服の袖で拭って、ようやく一歩を踏み出した。重たい足は僅かにしか上がらず、踏み出す一歩も普段より小さい。はやく、はやく。この道を、抜けなければ。嫌に鼓動が早まっていく。焦れば焦るほどに身体は重くなり、なかなか前に進めない。口の中が渇く。粘着きのある渇き。なんとか喉を動かして、生唾を飲み込む。喉に張り付いたような感覚が、いつまで経っても取れなかった。握った手の平が、じんわりとした湿り気を帯びていた。あ、と気付いてそっと手を緩めた。外気が触れて、ちょっとひんやりとした。

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