第3話 神様、はじめまして

 目の前に広がるのは雲一つない青空と白い大地。

 まるで雲の上にいるかのような光景だった。


「ここどこだ……?」


 一人呟きながら辺りを見回すも延々と同じ景色が続いている。

 綿あめのような地面は風のせいか少しずつ形を変えており、煙のようにわずかに舞い上がっては青空に溶け込んでいく様子が見えた。

 足元に確かな感触は感じられず、不安定さを感じる。


「なにこれ雲の上? 落ちたりしないよな……?」


 昨日はタックと食事をして、ちゃんと自分の家に帰って寝たはず……。

 理解できない状況と不確かな地面を前に身動きすら取れないでいた。


「ふぉっふぉっふぉ」


 突然笑い声が聞こえ、驚きのあまりヒッと声が漏れた。


「怖がらなくても落ちたりせんから大丈夫じゃよ」


 目の前には、髪の毛はないものの豊かな白いひげを蓄え、柔和な顔つきをした老人が立っていた。

 光沢のある白い生地で作られたローブをゆったりと着て、左手には先端が拳大に大きくなった木製の杖を握っている。

 見渡す限り空と雲(?)しかなかった空間に、初めからそこにいたかのように突然現れた。


(なんなのこれ?? どういうこと???)


 老人を見つめたまま声も出せず、頭の中ではハテナが増えていく。


「驚かせてすまないね。ヴィト君だね?」

「そ、そうです、けど……。あなたは?」


 オレの事を知っているようだが、あいにくこちらは見覚えがない。


「儂はこの世界、ミリテリアの神アガッシュじゃよ」


 老人が穏やかに答えた。その答えを聞いて一瞬言葉が詰まったものの、徐々に理解し始めた。


「あー……なるほど。なんだ、夢か」


 どうせ夢なら爺さんよりかわいい女神の方がよかった。


「ふぉふぉふぉっ。女神じゃなくてすまんのぅ」


 声に出していない内容に回答が来て驚いた。

 さすが夢だ。


「夢と言えば夢みたいなものなんじゃが、君が考えているような睡眠中に見る願望を示したり情報整理をしたりという意味合いの夢ではないんじゃ」

「え? どういうこと?」


 夢じゃないならなんだというのだろう。

 神様とやらは右手で髭を触りながら穏やかに話を続けた。


「ミリテリアの人々に伝えなければならないことがあっての。各個人の意識に直接働きかけてこういう形で話しかけているんじゃ。」

「え、本物の神様??」

「うむ。本物じゃ。突然で驚くのも無理はないがな。ふぉっふぉっふぉっ」


 ミリテリアにはいくつか宗教はあり、最も信仰されているのはこの神様と同じ名前の創造神アガッシュだ。

 はるか昔にこの世界を作り出し、人々に勇気と希望を与えて悪を打ち払ったという神話や、世界が滅びる時に救済しに来るというような話は、信仰がなくとも殆どの人が一度は聞いたことがある話だ。

 各地に教会があり、毎週礼拝に通う敬虔な信者も多い。


 オレ自身はあまり信心深い方ではないので、言ってみれば困ったとき、都合のいい時だけ神頼みするようなタイプの人間だ。

 そんな人間のところへなぜ神が……?


「なぜ神様がオレ、いや、私なんかに……? すみません、何かしてしまったんでしょうか……」

「いやいや、ヴィト君が何かしたから懲らしめにきたとかそういうわけじゃないぞ。心配せんでも大丈夫じゃ。先ほど言ったように、君だけじゃなく、世界の人々に伝えなければならないことがあるんじゃよ」

「な、なんでしょうか?」

「実はな、この世界<ミリテリア>とは別の次元に<フォーステリア>という魔族の世界があるんじゃ。普段は特に影響はないんじゃが、時折、次元の乱れにより偶発的に<ワームホール>という穴ができてミリテリアとフォーステリアが繋がってしまうことがあるんじゃ。その際、その乱れに巻き込まれて、互いの住人が世界を移動してしまうことがあるんじゃよ」


 理解が追い付かず、黙ったまま話を聞いていると神様は続ける。


「ドラゴンや悪魔などの話を聞いたことはあるじゃろう? 他にもミリテリアで神話や伝説などとして語られている怪物や魔物などの多くは、ワームホールを通ってこちらに来たフォーステリアの住人に関連することが多いんじゃ。また、神隠しと呼ばれる現象も向こうに引き込まれてしまったミリテリアの人であることが多いのう。そもそも儂が人を隠すわけなかろうて。プンプン!」


 突然プンプン言われてもさすがに神様には突っ込めない。

 聞こえなかったフリをして疑問を投げかける。


「別な世界に行ったり来たりできるということですか?」


 スルーされてちょっと照れ臭そうにしながら神様は答える。


「そうじゃ。ただ、これまでは偶発的なもので繋がりも一時的なものじゃったから、ほぼ一方通行のようなものじゃったんじゃ。しかし、現在、フォーステリアの魔族が意図的にワームホールを維持、作成する方法を研究し、こちらへ侵攻しようとしているじゃ」

「そうなるとどうなるんです?」

「人類は滅亡する!」

「な、なんだってェー! ヤバいじゃないですか」


 確かに神話のようなドラゴンや悪魔などがワラワラ出てきたら人類は絶滅するかもしれない。

 こりゃ大変だ!

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