感情を知らない女6
「あぁ、約束だ。指切りげんまん嘘付いたら針千本飲ーます。指切った!」
竜二は美玲の小指に絡めた小指を、笑顔で振り払った。
「嘘付いたら針千本など飲まぬぞ。針には栄養素などない事は学習済みだ。それ以前に、私は嘘など付いた事はない」
美玲は真っ直ぐな視線を竜二に向けた。
「そうだな!美玲の言う通りだ!針なんか飲まさないぞ!」
竜二は幸せを噛み締めるように、何度も頷いた。
「時に平山竜二。私は腹が減った。妊娠中の女を介護するのは、種主の役目だと私は学習済みだ。飯をくれ」
パジャマの下に隠したノートを取り出すと、美玲は腹を擦った。
「あぁ、今何か作るよ。待っててくれ」
竜二は腕捲りしながら部屋を出て行った。
美玲は机から離れると、近くにあるベッドの上にゆっくりと身を沈めた。そして、腹の中にいる胎児に向かい話し掛けた。
「今から腹を満たす為に飯を食う。私が体に吸収した栄養素は、へその緒を伝い、お前の生きる糧になるだろう」
美玲は妊婦教室で学んだ胎教を、彼女なりの解釈で実践している。
「お腹の中の子に優しく語り上げてください」
これは妊婦教室の講師の言葉である。しかし美玲は、優しさというものを完全に理解していない。彼女は自分なりに解釈し、子宮の中にいる我が子に話し掛けているのだ。
「お前の性別は女だ。女というものは男に比べ不便な体をしている。お前はまだ知らないだろが、女には生理という男にはない現象がある。生理とは、月に一度膣から出血する現象だ。この現象が何日も続く。生理になると体が重くなり、乳房に触れると、痛みを感じるのだ…」
美玲は、お腹の中にいる我が子に向けるには相応しくない話しを続けた。
「美玲できたぞ!」
部屋の外から竜二の呼ぶ声が聞こえた。
「飯を食べてくる。胎教は終わりだ」
ベッドから起き上がった美玲は、ドアを開けた。
ドアの先には、テーブルに座る竜二の姿がある。
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