第13話

「A子さん…ですね」


Mの文字が耳に入ったとたんに、A子はビクッと背中をひきつらせ振り返った。


「M研究所…」


1週間、食事が喉に通らず、ようやく近くのコンビニにミネラルウォーターを買い出しに来たところだった。

その初老の男は柔らかい声とは裏腹に、射貫くような鋭い目つきをしていた。

しばらく誰にも会っていなかったために、言葉がでない。目つきに圧倒されて、袋を持ったまますくんでいた。背中から拳銃でも突きつけられたかのように、A子は自分のマンションまで男を招き入れざるを得なかった。


「驚かせてすいません。私はT美の父親で」


A子は唐突に泣き崩れた。涙がとまらず、激しい動悸のせいで、胸元が苦しくなった。数日の絶食のせいで吐き出すものは何もなかった。


「真相はわかっています、A子さん、あなたは利用されただけです。あなたをとがめるつもりはない。悪いのはあの男です。あの男だけは許してはいけない。いや私だけではない。あの悪魔は多くの無垢な人々を死に追いやったのです。あいつを法律で罰することができない以上、わたしはもはや鬼と化して対決するしかない」


A子は重い頭を持ち上げて、男の話をきいた。


「…つまり、日記や記録を探し出せばいい、と」

「そうです。必ず記録に残しているはずなんです。それが勲章だから。あいつは記録を読み返す度に興奮しているはずだ。もしかすると殺人の証拠がみつかるかもしれない。しかし私は法律はつかわない。あいつには同じ罰、いやそれ以上の罰を与えなければならない」


「どうしてM先生が犯人だと」

「最近また犠牲者が出たのですよ。その人の父親は私もよく知っている法医学部の教授なんです。息子さんが自死した際に受け取った遺留品の中にあの男の手紙が入っていました。私はそれを読んで直感しました。あいつの手口はまさにこれだと。

教育熱で溢れていた息子が、他人を傷つけるはずがないとその方は申しておりました。


私はその方に提案したのです。

もし犯人だと確信できるものがみつかったら、復讐の手助けをしてくれないかと。

打ちひしがれた顔で私の話を聞いていたその方は、はっきりとした声で了解してくれました」

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