第5話

「カウンセラーという職業は他人の治療を担う一方で、自身が心身ともに健康であらねばならない。治療者の揺れは、クライエントを曇らせる。カウンセラーにとってバランスは絶対条件なのだ」

A子は、Mがいつも講演で話す、説教めいたキメの言葉を、口をへの字に曲げて、真似した。

T美はクスっと笑って、「たしかに、たしかに」と顔を崩した。

「先生はそんなふうにいうけど、ほら、最後には、でもそれは建前で、なんて、オチつけるじゃない。私たちだって完璧じゃないよ。最初からベテランでもないよ。だからさぁ…」

いつもの、切り立ったチーフが、酔ってここまで変わってしまったのは意外だった。強そうに見えて、案外同じことを考えているA子の本音に安心し、ようやく心が開いていた。

「先生、奥様を亡くされてから、だいぶ気落ちされていた。この仕事をしてて身内を助けられない自分を思い切り蔑んだとかいってた。アイツ、だってねぇ、完璧じゃないんだよ、」

A子の口から、アイツなんて、仕事中には想像もつかない言葉が飛び出すにつき、T美の胸のうちにたまっていたどんよりしていたものが、ゆっくり開放されていった。そしてこの日、はじめて赤ワインのグラスに口をつけた。

「T美さんは、もっともっと良いカウンセラーになれるよ、私が保証する」

「ありがとうございます。光栄です」


………<僕も、驚いたんだが、面接場面の彼女は随分攻撃的だったらしんだ。亡くなったWさんね、僕の前でそう泣いて訴えたんだよ。T美さん、根ほり、葉ほり幼少期のことを聞いてはトラウマのシール貼りをしてね。家庭環境がどうのこうの、ありがちがラベリングだよ。(うちの父も警察官僚ですから、Wさんの息苦しさわかります。親が官僚だと、家の中が堅ぐるしくなって、トラウマが団子みたいに積もっていくんです…)

決めつけ、指導、やっちゃいけないことばかりだよ。彼女に受容の精神なんてない。まったく、僕が間違っていた。採用の時、気づくんだった>

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