悪役令嬢サンドラの憂鬱

暮伊豆

第1話 婚約破棄

「サンドラ! ただ今をもってお前との婚約を破棄する!」


時は年末。新年を前に多くの若手貴族が集まるパーティーで、ユムネホフ王国の第三王子ハインツは声高らかに宣言した。相手は国の重鎮たる公爵家の令嬢サンドラである。


「そ、それは一体……私に何のご不満がおありなのですか!?」


幼い頃から婚約者として仲良く育ってきた二人である。確かにここ一、二年ほどはギクシャクもしていた。しかし、もう二ヶ月もすれば卒業、つまり婚約は婚姻となるのだ。サンドラはその日を楽しみにしていたのに……


「黙れ黙れ! お前がフランソワにやったイジメの数々! 私はしっかりと確認しているぞ!」


「イジメ……? 私が……? フランソワさんに? 一体何をおっしゃっているのですか? 全く身に覚えがございませんわ……」


ハインツ王子の横にはぶるぶると肩を震わせて王子の腕にしがみ付く黒髪令嬢の姿が見える。彼女がフランソワなのだろう。


「まだ言うか! フランソワの教科書をズタズタに切り裂いたり! 彼女を階段から突き落としたり! しまいには街でならず者を使って襲わせたこと! 全て明白だ!」


「明白、と言われましても……全く身に覚えのないことですわ……」


「おのれサンドラ! 反省する気もないのか! 先週の月曜ヴァル日、お前は体育の授業を休んで一人で教室にいたな!? フランソワが切り裂かれた教科書に気付いたのはその直後だ! さあ、なぜわざわざ体育の授業を休む必要があった? 申し開きがあるなら言ってみるがいい!」


「そ、それは……」


これだけの貴族を前にして言えるはずがない。生理ピリオドが2日目なので辛くて休んでいたなんて。


「言えぬだろう! そして彼女が突き落とされた階段は美術室前だ! その時お前が美術室にいたことも分かっている!」


「一体いつのことなのですか! 私は放課後たいてい美術室におります!」


おしとやかに振舞っていたサンドラもいい加減頭にきていた。いわれのない濡れ衣、悪意。フランソワの顔が醜く微笑んで見えるほどに。


「校内だけでは飽き足らず! 日曜パイロ日までも! 彼女の純潔を散らさんと! 数人のならず者をけしかけたことも証言がとってある!」


「身に覚えがありません! かくなる上は『魔法尋問』を要求します! 私とその証人、そしてフランソワさんで『魔法尋問』を受け真実を示そうではないですか!」


この国、この世界には魔法が存在する。その中には黙秘を不可能とする尋問の魔法も存在した。偽証は不可能である。


「それには及ばん! その証人はすでに魔法尋問を受けている! 確かにサンドラから頼まれたと言ったぞ! そして、そのような危険な魔法をフランソワに受けさせるわけにはいかん!」


そう。尋問に使われる魔法は精神を壊しかねない危険な秘術。それを受けると言ったサンドラの勇気が、清廉さが賞賛されるべき場面であってしかるべき、なのに……


「殿下がそうお考えになることまで計算して魔法尋問を申し出るとはさすがにあざといな。」

「殿下のお優しい心根を利用するとはな。見下げ果てた女め。」


王国騎士団将軍の次男クライドと王国丞相の三男ラリーガだ。彼らは第三王子の派閥であり、フランソワの取り巻きでもあるのだろう。


「クライド様……ラリーガ様まで……」


心折れ倒れ臥すサンドラ。


「どうやら反省し謝罪する気はないようだな。ならば仕方あるまい。連れて行け!」


「ど、どこに……」


「決まっている! お前のような罪深い女が行く所など一つしかあるまい!」


「ま、まさか……」


「そうだ。バスティーユ修道院だ。神に祈り罪を償うがいい。」


バスティーユ修道院。修道院とは名ばかりの牢獄である。王族、貴族の表に出せない罪人を密かに監禁することでも知られている。入り口あって出口なし……一度入ったら最後、生きて娑婆に出ることはない……


「ハインツ様! お願いです! どうか聞いてください! 私は無実です! 身に覚えがありません!」


「この期に及んでまだ言うか! フランソワに謝罪の一つもなく! 己の保身ばかりを考えおって! お前のような女と婚約していた自分が恥ずかしい! 皆、聞いてくれ! 私はこのフランソワを婚約者とする! そして卒業を待って結婚する! さあ私達の幸せを祝福してくれ!」


会場では拍手の渦。一方、顔面蒼白とはこのことだろうか。サンドラは膝をつき、もう身動き一つできなくなっていた。何も悪いことなどしていないのに……小さい頃から王子の妻となるべく勉学に、礼儀作法に、そして魔法。あらゆる分野において切磋琢磨してきたのに……

勝ち誇った顔でサンドラを見下すフランソワの視線を睨み返すこともできない。もう何もかもが終わってしまった……

父が、兄が、このことを知ったなら……助けてくれ……るのだろうか……

王子の婚約者でなくなった自分にそのような価値を認めてくれるのか? いや、むしろ敢えてサンドラを犠牲にしておいてから政争を仕掛けるかも知れない。

つまりこの場においてサンドラを助け得る者は、もう……いない。


「連れて行け!」


王子の号令がかかり、数人の騎士がサンドラに近付く。


その時だった。


周囲を取り囲む人垣から、立派な体躯に粗末な服装の青年が現れこう言った。


「おいたわしやお嬢様……此の期に及んでは是非もなし。僕と共に参りましょう。」

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