5「私、コスプレしてみるのが夢なんです」


 夕方のラブホ。

 いや、この略し方は品がなさすぎるし、勘違い甚だしい。


 俺たちはラブラブキャットホテルカフェで猫と小一時間ほど戯れた後、札幌駅の目の前を歩いていた。


「いやぁ、可愛かったですねぇ……私、将来は猫飼いたいです!」


「そうかぁ……飼えばいいんじゃないかぁ」


 予想以上に楽しかったのか、頬が弛んでふにゃふにゃな顔になっている白瀬。期待を46度ほどの角度で裏切られた俺とは真逆の満足具合だった。


 返事をするのも億劫だ。

 適当に切り返すと彼女はむっとした顔でこちらに顔を向けた。


「あの、先輩‼‼ そういう顔をするのは猫に失礼だと思うんですけど、どうなんですか‼‼」


「……知らん。というか、俺に失礼じゃないのか、その言い方」


「先輩よりも猫の方が序列は上ですっ」


「俺、猫よりも下の生物なのか?」


「はい、先輩は自ら命を断とうとしたんですから当然でしょう? 大体、他の生物は自殺なんて考えませんからね!」


「何を自信気に……お前もあの時、あそこにいただろうがよ……」


 あ。

 勢い余っていってしまった。

 普段誰もいない屋上に側だけでも可愛い女子大生が来るわけないと——理由があるとするなれば俺と同じ理由だと。そう、自分の中で勘ぐっていたものが勢い余って口から漏れ出てしまった。


 焦って、頭が真っ白になった俺の目の前で同時に固まっている。

 すると、いかにも真面目な顔で白瀬はこう言った。


「先輩」


「はい?」


「あの時、私が手に持っていたもの。覚えていますか?」


「持っていた、もの……?」


 俺はすぐさま海馬に眠る記憶を叩き起こしながら走り回っていく。だが、あの時、まだ名も知らない初見の彼女が手に持っていたものなど全く分からなかった。


 うん、何も持っていなかった。恐らくだが、いや、記憶の中では確実に何も持ってはいなかった。


「見当もつかん。というか、何か持っていたか?」


「はい、しっかりと。というか結構重要なものを?」


「重要なもの……白瀬ってエネルギー学科だよな?」


「まぁ、そうですね」


「ということは——あれか、水力発電の模型‼‼」


「ぶっぶーー。まったくもって違いますね、まったくもって」


「なぜ二回言った!?」


「馬鹿な先輩には二度言うべきかと?」


「貴様ぁ……つくづく失礼極まりない奴だなっ」


「事実です‼‼」


「何も言えないのが悔しい……」


「はぁ、まあそこまでなら言っちゃいますけど、私、あの時ジョーロ持っていたじゃないですか? ほら、私、もう研究室通いしているんですけどね、エネ研の志村教授がすっごいお花が好きで、下にたまった植木鉢の水を捨てに行っていたんですよ」


「そ、そうだったのか……」


「はい、だから——そういうつもりは微塵もありませんっ」


 ででーん。

 なんて効果音が出そうなほどにパツパツに服の生地を引き延ばしている胸を張る白瀬。危うく地雷を踏みそうになったが、当の本人がこれなら大丈夫だろう。


「まぁ、でも。そうですね……」


「何がそうなんだよ?」


「先輩、私が今から先輩の心情を読み取って差し上げるので私の夢、一つくらい叶えてくれませんか?」


「夢? は、はぁ……何を言い出すかと思ったら……別にいいけど、高い時計を買ってほしいとかそういうのは無理だぞ?」


「お、じゃあ、良いんですね? 賭けに乗ってくれるんですね?」


「さっき言ったやつ以外なら乗ってやろう」


「よしっ。じゃあ先輩、答え合わせです! 先輩は明日、死のうとしています‼‼」


「——え?」


「え、ってどうなんですか? ほら、合ってますよね?」


 合ってはいる。

 それも、しかと明日には死のうと思っている。俺は早く死にたい。これを一週間、二週間も続かせて、白瀬梨乃という女に好意を抱きたくはないし、その逆も然り。だからこそ、死のうと思っていた。


「あ、合ってはいる」


「はは~~ん、やっぱり。これで夢、叶えてくれるんですよね?」


「え、あ、あぁ」


「いえ~い」


 なんて呆気ない。

 突然、始まって。突然、終わった。このミニゲーム、こいつは何をしたかったんだ?









 しかし、その理由もすぐに明白となった。





「にゃんにゃん?」


「なんのつもりだ……」


「にゃーんにゃんっ!」


「……っ貴様ぁ」


「獣姦ぷれいにゃんっ!」


 黒髪変態天使の名は伊達じゃなかった。

 

 数日間見てきたいつもの黒髪ロングに真黒な猫耳を取り付け、手にはふわふわな猫の手、お尻にはどこから生えているのかも分からない黒い尻尾。


 色白な肌が丸見え、おへそ丸出しの露出度の高い人型の猫が俺の目の前に立っていた。


 圧倒的なエロさ、美しい脚線美。

 想像以上の大きさの巨乳。


 妖艶な猫が俺目掛け、手をこまねいている。


「獣姦プレイ……って、俺が騙されるか!!」


「なんだ、お前‼‼ 俺がこんなんで喜ぶとでも!? 自分の夢と称して俺へのサプライズがこれなのかっ⁉」


 しかも、だ。

 

「おい、値段がえげつないんだが? 二時間コスプレし放題コース……3万円だとっ⁉」


「そうだにゃん?」


「っく……後輩よ、俺のおちょくっているのではなかろうな? 俺が、明日死ぬことを見かねて……バイトで貯めたお金を使おうとしているのではっ、なかろうな?」


「へへ~~ん、それもそうだにゃんっ」


 猫の手を頭に付けて、片足を上げてテヘペロっ——じゃねえよ‼‼


「……はぁ。なんで俺は昨日、死ななかったんだ」


「それがシュタインズ・ゲートの選択ですよ、先輩にゃん?」


「にゃんにゃんうるさい」


「いいですにゃ~~ん」


「うるせえから、黙っとけ!!」


 ここでシュタゲなんて出されても嬉しがるかっ。この前友達に勧められて見たけど面白かったですよ‼‼


 って、そうじゃない。


「はぁ……もう、いいよ……」


「?」


「遊べるだけ、遊べ……」


 そうして俺たち二人は——夕陽も沈んだ夜7時。

 すこし危うい店の一室でコスプレを楽しんだ(白瀬だけ)。


 まったく、こんな風にされたら……逆に死ねないな。




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