自殺しようとしたら、黒髪天使な後輩に「今夜、しよ?」って言われたせいで中々死ねません。

藍坂イツキ

黒髪変態天使との出会い

0「死にたいをシたいに聞き間違える奴がいるか?」


「先輩。私と……シたいんですか?」


「俺は、死にたいって言ったの!」


「あら、おかしいわね。空耳でしょうか……」


「難聴じゃないのか?」


「まさかぁ、私、聴力Aだし!」


「Aってなんだよ……視力じゃないんだから」


「——まぁまぁ、面倒なことはそこまでで……ほら、行きますよ!」


「は、え——どこに!?」


「どこって……ラブホに決まってるじゃないですか?」


 一体全体、このヤリたがり美女はなんなんだ?

 


――――――――――――――――――――――――――――――――――






 夏の兆しが見えてきた六月のある日。


 もうすぐ暑い暑い夏が来るのか、とそんな絶望に駆られながら。


 今日も今日とて大学に行き、いつも通りの講義をこなし、友達とやれつまらないだの駄弁って何も変わらない日常を過ごしていた。


 

 そんないつも通りの一日、お昼の休憩時間。

 俺はふと魔が刺した。


 魔というかなんというか、別に悪いことをしようとしたわけじゃないけど。



 一般的には部類に入ると思う。

 


 きっと、これをSNSであげれば瞬く間にいいねとリツイートが1000件を超えて、一躍有名人——になれるかもしれないくらいには深刻なことではある。まぁ、なるつもりはさらさらないけれど。


 最後の最後くらいは、この世界に名前を残しておきたいじゃない? って感情が湧き出てもいた。


 結局、俺は。そんなちっぽけな承認欲求に駆られるほどに小さい人間なのだろうって思うと余計に体が動いてしまう。


 大学は田舎の滑り止め三流大学に入学したし、おかげでやる気もなくなって一年留年してしまったし、生まれてこの方彼女すらできたことがない。


 もはや行先真っ暗の自分に今後生きていける自信すらもない。


 就活に疲れて死ぬくらいなら、いっそのこと今やったほうがいいと思うし。


 厳格な親にも見捨てられ、義母に引き取ってもらうもいつもいい顔していなければいけないという制約に縛られて、俺はもう耐えることができなくなっていた。


 それももはや、崩壊してしまったがな。俺が三流私立大学に入学したとこで何もかも破綻したし、もう俺にはやりたいことは一つもない。


 ははっ。

 今のは嘘。


 やりたい事と言えば、せめて一回だけでもよかったから美女とセックスでもしておきたかったなぁ。








 まあ、ほんと終わるんだし、もういいかな。

 じゃあ、ここまで。


 さようなら、僕の童貞。

 さようなら、僕の夢。

 さようなら、全てのエヴ〇ンゲリオン。なーんて。


 




 気を取り直して。


 さようなら、世界。




 飛べる、空を飛んで、三途の川まで駆けていく。


 そう思って、俺は建物の淵から足を離しかけた——————













―――――――――――――その時だった。




「ねぇ、そこで――――何してるの?」



 驚いた。

 なんなら、その驚きで足を踏み外してしまいそうだった。


「え」


 おっと。

 危ない。


 揺れた体にバランスを崩しそうになるも何とか立て直した俺は淵から一旦降りる。


 漏れた一文字を置き去りにそのまま落下することはなかった。


 いやしかし、誰の声だ。


 ここは大学の工学部の第一棟。声からして女性のようだが、工学部にまず女子学生がほとんどいない。男の匂いが溢れるこの棟に足を踏み入れる女性など一人もいないはず。


 そう思っていたのだが、聞こえてきた声は紛れもない女性の声だった。


 それも。


 透き通った綺麗な声、高めだがハスキーさも残るかっこよく、そして明るく、極め付けに可愛い感じの声だった。


「ねぇ、そこで何してるの?」


 さらに、リピート。

 まさかのリピートだった。


 振り向くと、そこに居たのは超絶美女。

 女優にも顔負けしないほどの美しい女性が目の前に立っている。


 風に靡かれた綺麗な黒髪に、俺を見つめるまっすぐな黒い瞳。


 桃色に光った唇と、ファンデーションのせいか色白な肌。身長は僕よりは小さいが、女子の中ではそれなりに大きいくらい。


 しかも、背中に羽がはいてそうなくらいに可愛い。美しさと可愛さを兼ね備えている天使様か何かなのか?


 加えてお洒落で女の子らしい服装が可愛くて、思わず俺の視線を独り占めしていた。


「……聞いてる?」


 あぁ、見惚れていて何も返していなかった。


 ぎゅっと目尻に皺を寄せて、こちらを睨む姿に少し背筋がギョッとしてしまったが恐る恐る喉を震わして問いに答えた。


「え、あ……まぁ、聞いてる」


「ほんと? じゃあ、答えて?」


「————えっと、んと……」


 正直、あまり聞いていなかった。


 声色、声の質、そしてその美しさだけに目が言ってしまっていて、内容なんて別に聞いてはいなかった。


「聞いてないじゃん……」


「あははは……」


「ていうか、君、リュックとかは?」


「リュック……あぁ、講義室に置いてきた」


「——え、じゃあ今講義中なの?」


「うん、多分そうだと思う」


「それじゃ、単位取れなくなるよ?」


 そっか、単位か。

 全く考えていなかった。


 でもまぁ、俺、死ぬんだし、別にいいだろう。


「……単位ね、まぁ、いいよ。どうせ俺、死ぬんだし」


「————え、なんて?」


「だから、死のうかなって」


「……」


 ははっ、見ろよ。

 この驚きっぷり。


 こんな綺麗な女子大生を抱けたらどんだけ良かったか。なんて、邪な思い冴え湧いてくるが、決めたことは曲げない。


 俺はやるんだ。


「——まぁ、いいや、とりあえず、死ぬから」


「え、は?」


「は? って……俺、死ぬし」


「なんで?」


「死にたいから」


「シたいから? そこから飛んでもヤることはできないよ?」


「……死にたいって言ったんだよ。誰がシたいなんて…………」


「え、あぁ、そっか……」


 何を考えてるんだ、この美女。

 もしかして、天然ってやつだろうか。

 そんな考えが頭の中を巡る。


「そうだ、それならさ……この後、死ぬんでしょ?」


「うん、そうだけど?」


「なら、さ——」


「……?」


 彼女は真顔だった。


 俺の目をまっすぐに見つめながら、何のブレもなく、何を恥じるわけもなく、こう言った。


「—————―今夜、シてあげるよ?」

 

 まるでさも当然かのように。

 何を言っているんだ、この美女……。


 もしかして、所謂ビッチってやつか? 


「……は?」


「だから、死ぬんでしょ? それだから、私がヤらせてあげるよって」


「なんで」


「なんでも。だって、君。童貞でしょ?」


「……なんで知ってる」


 ちょっとムカつくが、ここまで言われると流石に彼女は処女ではないだろう。


 言動がビッチだしな。


「何でも知ってるからね」


「……何がしたいんだ」


「秘密ぅ~~」


「……意味が分からん」


「ははっ、まぁ、そうかもね」


「IFどころか、まじで分からないけどな」


「いいじゃん、してあげるって言ってるんだし」


 確かに、最後の最後。

 卒業して終わるのもありかもしれない。


 警察に呼ばれそうになったら、自殺すればいいし俺にとってはメリットしかない。


 不思議ちゃんではあるが、ここは乗っておくべきだろうか。


 でも、倫理的に……少しだけ。


 そんな頭の中で善と悪が犇めき合った言い争いを始める。


 しかし、そんな戦いも束の間。


 俺の手は彼女の色白な手に掴まれた。


「——よし、じゃあ、行こっ!」


「え、うわっ――!」


 そう、そうして俺は瞬く間に、名前も知らない美女大学生の手に引かれ、大学の敷地内を後にしていくのだった。





<あとがき>


 新作です!

 自殺主人公×救済ヒロイン美女のラブコメです!


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