第31話 素敵なキスをしてみよう
(う~ん。葵の乱入で久しぶりのSXXができなかったなぁ…)
その夜私は、恥ずかしさのあまり寝付けませんでした。もちろん、母からはいつも通りコンドームをもらっていましたので、万全を期するようにはしていました。
(よく考えてみれば、私はそんなに軽々とSXXして良い体じゃあないんだよね…)
私は自分の胸の谷間にある手術痕を、指で触れながらそう思いました。初めてこの傷痕を竜也に見せた時、嫌な顔ひとつしなかった彼を、好きになるのに時間は掛かりませんでした。
移植した心臓には神経が繋がっていないため、自分の高鳴る鼓動を感じ取るには、直接胸に手を押し当てて、手からその振動を感じ取らなければなりません。
それはすなわち、自身の心臓に何か異常が発生しても、すぐに気づくことが出来ない事でもあります。
(今日も私の心臓は元気です。)
「I thank God that I am still alive today.」
毎日のように呟く言葉。今日はその言葉が更に重く感じられます。一瞬でもホームシックになってしまった事。それは私の気力が落ちている事と同じです。
(日本には"病は気から”という言葉があると辞書で見た。私がこんなんじゃ、すぐ病気になっちゃうね。これ以上”流行り病”に
私は気持ちを落ち着かせるため、リビングに降りてホットミルクを作りました。
(はぁ…。落ち着くわ…。)
留学してから久しぶりに飲むホットミルクは、食道から胃袋までを包み込むように温めてくれます。私は自分の指で唇を軽くなぞりました。
(最後に竜也とキスしたの…。いつだったかな…。)
学校生活が始まってからは葵との仲もあってか、私自身少し遠慮気味になっているような気がしていました。
(このままじゃダメね。私らしくない。葵もそうだけど、日本人はとても周りに配慮している。急にやってきた異国の人間に好きな人を奪われたら、私ならきっと耐えられない。友達なんて言って引き下がる事はできない。)
「I live my life.(自分らしく生きる)」
飲み終わったカップを洗って、私は自分の部屋へ戻ろうと階段を登り始めました。
『あ…シェリー…。』
180度回転する日本独特な階段の途中で、私は竜也とすれ違う事になりました。
「あ…竜也?どした?」
『いやぁ…トイレ…したくてね。シェリーは?』
「久しぶり、ホットミルク飲んでた」
『懐かしいな。初めて会った時も作ってくれたっけ…。』
「イエス…。覚えてて、くれたですね。」
『ああ、シェリーのホットミルク、美味しかったからな。また夜中に一緒に起きたら作ってくれよ。』
「…イエス。」
私は小さく頷きます。
『シェリー…。まだ…その…、ホームシックなのかい?』
つい数時間前の出来事を、竜也はまだ心配してくれています。
「竜也、ハグしてくれた。元気出た。ホント、あ、でも…。」
日本語の接続語は少し難しい。私は言葉に詰まりながらも、もう一度お願いしてみることにしました。
「葵が来た、ハグ、少しだった。もう…少しだけ…いいか?」
『ああ、シェリーが元気になるなら、それくらいお安い御用さ』
「ふふっ…なにそれ、どういう意味ですか?」
『ん~安い…だからIt's cheap?』
「なにそれ、ふふふっ」
竜也の日本語翻訳に、私は思わず笑ってしまいました。
(あ…でもこれって、良い雰囲気…?)
と思っている矢先、まだ階段の踊り場にいるうちに、竜也の方から私にハグをしてきました。2年の間に私の方が身長が伸び、どちらかと言えば私の方が竜也を包み込んでしまうような形なのにとても自然なハグ…。
(ふふっ…まるで親子が抱き合ってるみたい…。あ、間違いでもない…か…。)
どのくらいハグをしていたでしょうか。私の気持ちの高鳴りはもう最高潮に達していました。
『シェリー…階段、一段降りてくれますか?』
「あ…イエス…」
竜也の一言に、私は素直に階段を一段降りました。すると、二人の身長差が少しだけ逆転し、竜也が私を見下ろす形になりました。
(あ…。)
竜也が私を見つめるその表情は、まさに私と同じ気持ちなのだと分かりました。徐々に近づく彼の顔に、私はゆっくりと目を閉じて応じました。
もうホームシックなんてどこへ行ったのか。階段の中央で交わす素敵なキスに、この時間が止まってくれたらいいのにと思えてしまいます。
ゆっくりと二人の唇が離れ、その余韻が残ったまま、竜也は少し微笑んで階段を降りていきます。
(そうだ…竜也ってトイレに行く途中だったんだ…。)
私は頭がポーッとしたまま、竜也の方を振り返ります。
「Good night(おやすみ)…竜也」
『うん。Good night…シェリー』
私は自室へ戻ると、ベッドにそのままダイブしました。
(キス…。しちゃった…。)
2年前にキス以上の事を既に経験済みとはいえ、留学して初めて交わしたキスの方が断然私の心を満たしてくれました。
(母国では当たり前のように家族とキスしてたけど…。やっぱり好きな人と交わすキスって…。こんなにも素敵な事なんだぁ…。)
もうこれ以上は何も考えられませんでした。そして次に気がついた時には既に、目覚ましのアラームが響いていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます