第30話 ホームシックはこう直そう

「ふぇぇ。」


 私が情けない声を上げている理由。それは毎日の日課になりつつある書き取りの予習中だからです。日本の授業の良いところは、教師が黒板に書いた授業内容のメモが、おおよそのテスト範囲であり、クラスメイト全員がほぼ同じ内容で書くことになるため、照合がしやすいという点です。

 そのため、私はその日の授業が終わると、自宅で竜也と共にその内容を確認することで、予習を行うことができました。案の定、私の書き留めた内容は、竜也のものとは若干のニュアンスの違いが出ていました。


『シェリー、アーユーオーケー?』


「うん。大丈夫…と言いたいよ。日本語の書き。難しい」

『まぁ…俺は日本人だから、その苦労が分からないんだよねぇ…。こっちから見れば、英語の方が難しいから…。ま…お互いに頑張ろうぜ?』


 竜也はいつも私を励ましてくれます。日本での授業はまだ始まったばかり、その上、YouTuberとしての活動予定も立てなければならず、私は一人で悶々と悩みを抱えていました。


『(※英)動画撮影の手伝い?』

「(※英)はい…。手伝いなんですけれど、引っ越したばかりで、環境も整っていないんです。」


『あーそんなに長文だと、ちょっと分からない。えっと、ヘルプって事だよな。』

「イエス。シンセサイザーは日本のヤマハだから、すぐ使えると思う。あと照明、背景、どうするか。」


 竜也パパの部屋は壁紙が青く模様も入っているため、照明の当たり具合があまり良くはない。その他、大量のCDを格納した天井まで届く棚も気になってしまいます。


『んー。照明は蛍光灯だからなー。LEDに換えたら良いか?』

「あ、イエス。お金、私出す。ただ、私、付けられない。」


 家の内装は兄が担当していたので、見てはいたものの、日本の規格が分からないため、自分では何も出来ませんでした。


『大丈夫!俺の爺さん大工…。えっと、家作る仕事の人だったから、頼んでみるよ。』

「(※英)ホント!?是非お願いしたいわ。」


 私は竜也の祖父母には会った事がありませんでしたが、聞いたところによれば、元々この家を建てたのも祖父で、今は竜也から見て曽祖父にあたる人の家に住んでいるそうです。


(これでようやく兄達に、日本での活動報告ができる)


 そう思うと、なんだか急に寂しくなってきました。来日してから2週間のホテル待機、引っ越し、入学手続きと慌ただしい毎日ですっかり忘れていた故郷への想いが、ここに来て強くなっていきました。


『(※英)シェリー?どうした?』

「(※英)ごめんなさい。なんでもないんです。けど…」


『いや!なんでもなくない。シェリー、泣いてる。』

(え…?)


 私自身、私の目から大粒の涙が出ている事に気づいていませんでした。涙は拭っても次々に溢れてきてしまいます。


(ああ…、これが母が言っていたホームシックって事なのかな)


 竜也も心配そうな目で私を見ています。私は竜也に自分の胸の内を正直に話しました。


『あ~…。だよな…。もうすぐ17歳とは言っても…まだ俺らは子供だから、そりゃまぁホームシックになるわ。』


 竜也は少し困ったような表情で私の告白を聞いていました。私もようやく落ち着いて、来日前の母に教えてもらった事を思い出しました。


「竜也、お願いがある」

『なんだ…。俺ができることなら何でも言ってみてくれ。』


「抱いてください!」

『え?いやいやいや、確かに俺らは昔…そうなったけど、いや、今はまずくね?』


 少し私のニュアンスが間違っていたらしく慌てる竜也。


「ママから教えてもらった。ホームシックになって落ち込んだら、好きな人とハグすると良い…と」

『あ…ああ~ハグね…うん。大丈夫。ハグなら…ハハハハ』


 そう言うと、竜也は私の顔を自分の胸に押し当てて、優しく両手で包み込んでくれました。私の鼻から竜也の程よい汗の香りが感じられ、とても心地よい気持ちになっていきます。ついでに視線が下向きになった事で、竜也のが少し膨らんでいるのも見えてしまいます。


「ふふふ。竜也…やっぱり…?」


 私はそう言ってブラウスのボタンの上から二つを外してみました。


『ちょ…シェリー…。いや、これは…男の性って言うか…。いや…母さん帰ってきちゃうし…』


 竜也の慌てる姿もまたかわいいと思ったその矢先でした。


ピンポン、ピンポン、ピポピポピポピポ!!!!!


 ものすごい勢いで、インターホンが連打されます。


『あ!…お客だ!』


 竜也はそう言って玄関へ向かっていきました。


(もう…誰よ…。)


 私も少しがっかりしましたが、竜也がハグをしてくれたおかげか、気力が少し回復してきたので、外したボタンを一つだけ戻し、竜也の後を追って玄関へ向かいました。

 竜也が慌てて玄関の鍵を開けると、ドアのガラス越しに写るその姿は葵のようでした。葵は玄関を開けるなり、凄い形相で雪崩込んできました。


『なんんんんんか嫌な予感がしたけど…・なんにもなかったよね!!!』

『葵、なんもねぇって…。』


 竜也の胸ぐらを掴んで、まるで刑事ドラマでもやっているかのような展開がそこにありました。


「ふふふ。葵、いつも元気。」

『あーーー!シェリーちゃん。なんでボタン外れてるのさ!くぅ。やっぱりおっきいっていいなぁ…』


 葵の言葉に思わず自分の胸元を見ると、ボタンが一つ外れているだけで、私の豊満なバストは完全に谷間まで閲覧できる状態になっていました。


(あ…。しまった…。)


 私は誤魔化すように葵に背を向けて、ブラウスのボタンを閉じました。


「葵、ハロー!」

『ハローって…。さっきまで学校にいたでしょう…。』

「ハハハ。」


 さすが私の好敵手ライバル。下手な誤魔化しはできません。


『やめろよ葵…。』

『だって~』

「いいの竜也。私が竜也に悪ふざけ(joke)した。謝る。」


 そう言って、竜也にウィンクをすると、竜也も察してくれたようでした。


『あ…ああ。た…たまにあるんだよ。葵。アメリカンジョークさ。』

『むぅぅぅ』

「ふ~ん。やっぱり、二人、一度、エッチすると良いよ。」


 私が悪ノリしてみると、葵は耳まで真っ赤になってしまいました。


『も~なんでそうなるんですかぁぁぁぁぁ』


 その日は…何も無かったです。


(竜也、ありがとう。おかげで元気出たよ…。)

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