第21話 現実とはこんなものでして

 自宅に帰ると、兄姉きょうだいがとても心配そうに出迎えてくれました。


『(※英)シェリー、おかえり!その…災難だったみたいで…。』

「(※英)ただいま、姉さん。大丈夫だよ。私もう大人に…なってないけど、大きくなったんだもの」


 マイク兄さんの姿は当然ありません。しかし、弁護士を通じて私に手紙を書いてくれていました。


『(※英)シェリー、すまなかった。私の出来心と不注意で、君にまで迷惑をかけてしまった。日本は満喫できただろうか。私の事を心配して、そんな気分ではなかったのなら、後日きちんと謝罪させて欲しい。マイク』


(兄さん…。入院したって割には、しっかりと文章書けているじゃない。)


 父は仕事でしたので、帰宅を待って挨拶をしました。


「(※英)パパ、ただいま帰りました。そして、心配を掛けさせてごめんなさい。」

『(※英)おお、シェリー…。おかえり。無事、戻って来られただけ、パパは安心して明日からも仕事に励めるというものだ。』


 父はどことなく疲れている雰囲気でしたが、むすめの前では微かに笑みを浮かべる姿が印象的でした。


(こんな状況で、2年後の留学を話して良いものだろうか…。)


 帰国してから数日。私は両親に婚約と留学の話を全く切り出せずにいました。


『(※英)シェリー?悩み事?』


 最初に私の気持ちに気づいたのは姉さんでした。


「(※英)キャシー姉さん…。」


 私は両親よりも先に、歳の近い姉に相談してみることにしました。


『(※英)わ~お。美男子イケメンじゃない。やるじゃん?シェリー。で?彼のために日本へ留学したいって?』


「(※英)はい…。ママは…、パパは…、許してくれるでしょうか。」


 姉はしばらく考えているようでしたが、私の真剣に悩む姿を見ると、何か想うところがあるようでした。


『(※英)シェリーがあと2年頑張ってお金を蓄えれば、みんな文句言わないんじゃやない?大人気YouTuberさん。でしょ?』


 姉の言うことにも一理ありますが、私の収入管理は、デイブ兄さんと父とが共同で行っています。(兄一人だと色々疑わしい事が起こりそうなので…)

 そのため、私に入ってくる収入に関しては、年間通して税金が私自身に掛からない程度になっているのです。


(今のままだと、日本に渡って学校関係の諸費用を支払うと、ほぼ使ってしまうかも…)


 既に前回行った渡日で、かなりのお金を消費しています。留学なら片道切符で済みますが、学費については不透明。更に学費以外で通院費用もかかってくるため、毎月の支払いはとんでもない額になる可能性がありました。


「(※英)姉さん…。私の…手術っていくらかかったのでしょうか…」

『(※英)え?私は知らないわよ?でも、高いんでしょう?』


 試しにインターネットで検索してみることにしました。


「(※英)…嘘…。100万ドル…以上?」

『(※英)え?ホントに?ってうちにそんなお金あった?』


 私は手術後、決して家族からお金も貰うことは無く、自分の力で得たお金だけで生活してきていると思っていました。しかし、私一人の費用が軽くなったところで、現実はあまり変わっていない可能性がそこにありました。


『(※英)不思議…。パパの収入もいくらか分からないけど、こんな手術費用を出して、生活して、誕生日にプレゼントまでくれるのよ?おかしいでしょ。』

「(※英)うん…。やっぱり、言えないよ…。私のせいでママもパパも苦しいのに、またわがまま言ったら…。」


 姉は私をそっと抱いてくれました。そしてそんな温かい姉の胸で、私は涙を浮かべました。


『(※英)とにかく…シェリーのためにも、全部聞いた方が良いよ。そのうえで、シェリーの気持ちを全部話せば良いと思う。』

「(※英)うん。姉さん…ありがとう。」


『(※英)…やっぱり、あんた変わったよ。』

「(※英)何が変わったの?」


『(※英)以前のあんたなら、そんなに悩まなくてもママに我儘を言ってたわ。なのに今は、ひとっつも我儘言わないどころか、こんなに大人しくなって、一人で悩んで…。見てらんないのよ。生意気言ってた頃の方がまだ怒れたし喧嘩もできたのに、あんたがそんなんじゃ、助けたくなっちゃうじゃない。』

「(※英)そうね…。そう…だよね。なんだろう…。姉さんにも言ったけれど、私がもらった心臓に残っていた日本人ドナーの記憶が、私を変えたんだと思う。」


 姉さんも今、付き合っている彼氏がいるみたいですが、私とは違って同じアメリカ人同士、会うのは簡単です。

 私の場合、相手は遠い異国の地。時間とお金の余裕が無ければ会うことも出来ませんし、それは相手も同じ事でした。


『(※英)でも、いくらシェリーが収入あっても、LINEで繋がっていても、ずっと会わないで平気で居られると思う?私は無理ね。』

「(※英)分かってる。彼にだって近所に幼馴染がいて、家族ぐるみの付き合いなのも知ってる。だからって、私…負けられないの。」


 私にだって、私の矜持プライドがあります。ただ姉にズバリ言われると、その自信が揺らいでしまいます。


(竜也…、ホントに待っていてくれるの?)


 結局、私は日本行きの話を、姉以外に話す事が出来ませんでした。

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