第03話 学校に入ってしまった。

 サンディエゴの病院で更に一週間過ごした私は、ようやく退院となった。とは言え、拒絶反応を抑制する薬を毎日飲まなければならないのは、移植患者として生きる為に必要な日課となる。


(もし、私が日本へ行きたいと思っても、まず病院探しから始めないと前に進めない。元住んでいた町は、かなりのど田舎だから、車でも一時間は掛かる大学病院になるだろう。)


「はぁ…。」

『(※英)シェリー、どうしたの?ため息なんかついちゃって。』


 母親がベッド周りを片付けながら私に問いかける。


「(※英)なんでも無いわママ。ただ、落ち着いたら学校なんでしょう?ついて行けるか心配なのよ」


 正直、問題がありすぎる。彼女は学校でイジメに遭っている。しかも、長期の通院と入院で学校に通えておらず、今は体力も無い。

 私が持つ記憶は、どちらかと言えばと言うべきだろうか、思い出の記憶が多い。日本語で思考できているのに日本語は全くダメで、以前文字を書こうとした時、文字の形は出てくるのに、書き順を思い出せなかったのです。


(まぁ文字に関しては、英語主体だから問題無いとして、学力に関しては確認が必要だな。例えば教科書とか参考書といったものがどれだけ理解できるかで、彼女の学力が分かるのだが…)


 退院手続きが終わり病院のロビーから外に出ると、そこには一台の車が止まっており、スーツに身を包んだダンディな男性が立っていた。彼女の記憶から、男性は彼女の(今は私の)父親であると認識させる。


「(※英)パパ!」


 そう言って私は、父親の胸に飛び込んだ。


『(※英)シェリー、ああ、元気になったんだね。死んだと聞かされていた時は、どうして良いか分からず、教会に行ってずっと神に祈っていたよ。本当によかった。』


 父親はそう言って私を強く抱きしめる。


「(※英)パパ、痛いよ。帰ったら色々説明するから、ね」

(本当に心から家族想いの父親なんだな。)


 父親が運転する車に乗り、私はついに今生の自宅へと向かう事に。そこは病院から少し遠い郊外の住宅密集地。ちなみに”ベッドタウン”とか日本で言う人がいるけど、アメリカでそれはラブホ通りと同じ意味なので、気をつけましょう。


(へえ…。やっぱり政治家の娘ってホントなんだな。)


 庭にプールがあり、数台は停められるであろう駐車スペース、平家なのに正面からは奥が分からない広い邸宅。お金持ちの代名詞とも言える装備が整った家。それが私の新しい住居だった。


『(※英)シェリー、先にお部屋で待ってなさい。私達も荷物を片付けたら呼びに来る。』


「(※英)はい…。あの…。手術…。ありがとうございます。」

『(※英)何を言うシェリー。私こそ礼が言いたい。無事に帰ってくれてありがとう。』


 父親は私の頭を優しく撫でていった。


 兄弟達もいるはずなのだが、妹の帰還に誰も顔を出さなかった。


(兄弟間で亀裂があるのは間違いない…か)


 私は部屋に入ると、なんだか懐かしい気分になった。


(女の子らしい部屋。所々にディズニーのぬいぐるみも飾られ、整理もしっかりされているな。)


 彼女はとても几帳面であった事が伺える。そして、何より書籍の多さだ。運動ができない事を、書籍で補っていたのだろう。日本の私とは真逆で、そのほとんどが参考書や勤勉に繋がるものでした。


(マジか…。)


 書籍の一人を手に取った私は、もう一つの事実を知った。


(これ…、スペイン語の本じゃねーか。しかも読める…。彼女はスペイン語もできるのか。)


 カリフォルニア州の教育では2ヶ国を習う事が多く、そのほとんどが母国語である英語と、移民時代の象徴とも言えるスペイン語を専攻するようだ。【ちなみに日本語や韓国語など、アジア系を習う事もできるようです。】


(マジかよ。私って実は天才?いや、日本語みたいに【ひらがな】【カタカナ】【漢字】を習うような感覚か。)


 私はもう一度、日本語を書くとかができないか試してみる。


(字としては無理でも、絵としてなら…)


 机に置いてある紙とペンを手に取って、ゆっくりと記憶している文字を【絵】として書いていく。


(でき…た。のか?)


 書き順は多分違うのだろうが、とても大きな文字で【正月】と書いてみた。幼い頃に学校で書く習字でよく使われる文字だ、たったこれだけでも、私が元日本人であった名残りであり、少し懐かしさも感じる。


(英語もスペイン語も完璧なら、日本語の読み書きくらい行けそうだな。)


 次は発音だ。日本語の発音は英語でも再現可能だが、微妙なニュアンスの違いがある。これが恐らく日本人が英語を話せない理由の一つだ。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ…うん。」


(もしかして、これも歌にしたら上手くいうかな?)


「トマーラァーナァァイーミライヲーメザシテェー…」


(前の肉体では、アニヲタだったからな。覚えている歌ってほぼアニソンなんだよね)


 歌のドレミ。つまり音階も世界共通の言語と言える。歌も同じなら、日本語でも歌えるのでは無いかと思った。私の想像は正にその通りで、多少の発音違いは出るものの、最後まで歌いきる事ができた。


「ヒカリニカザソォー。」


 その時、いきなり部屋のドアが開いた。


『(※英)シェリー?まぁ今の歌は日本語の歌?私は聞いたこと無いわ。貴女、日本語の勉強はしたことないわよね?どう言うこと?』


「あ…。」


(しまった!迂闊にも全力で歌いきってしまった。)


 入って来たのは母親。私を呼びに来た時にドア越しに歌声を聞いてしまったのだ。


『(※英)それにシェリー、とても綺麗な歌。貴女、歌も上手なんてお母さん知らなかったわ。』


「(※英)ママ、えっと。私にもよく分からないんです。やっぱり、手術の影響…かな?」


(こんなので誤魔化せるのは無理があるだろうけど…)


 私の笑顔に、母親はどんな事を思っているのだろう。

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