推すか推さないかで迷う前に、推し過ぎで推しに心配されるくらい推し続けろ

森里ほたる

第1話初めて推す日

 現在、夜の十時半。


 ここ最近、ブラックコーヒーの苦みも、エナジードリンクのチャージも、目覚ましのツボ押しも、もう全然効果が効かない所まできた。


 先輩が京都土産で買ってきた辛すぎて涙が止まらなくなる香辛料もあるが、本題である仕事が進まなくなるので使えない。


 眠気覚ましも兼ねて、オフィスの窓の方へ行き、外を見た。気象予報士が言っていた通り、明日の朝には足が埋まるぐらいには雪が積もりそうだ。


 スマホの画面を見た。今日は十二月二十二日水曜日。


 そう、待ちに待った推しのクリスマスイベントまであと三日だ。


 本当に長かった。でも、ついにここまできた。


 それを思うと、体へ力が戻る。首をコキコキとならし、自席へ戻りPCとのにらめっこを再開した。


 さて、早く終わらせるか。




***




 彼女に出会ったのは二年半前になる。地方ローカルグループアイドルとして、地元の商店街のイベントで彼女の初ステージをたまたま見かけたのがきっかけだ。


 正直、顔がめちゃくちゃ可愛かったわけではないし、スタイルがそんなにいいわけでもない。歌唱力なんて残念な方だし、ダンスはぎこちない。


 ただ、彼女は本当に一生懸命だった。全然人も集まっていないようなステージだったのに、一生懸命体を動かし、自分にできる最大限のパフォーマンスをしていた。命を燃やし、心を燃やし、生きる火の玉のような熱量でステージを端から端まで駆けている。


 それが楽しそうで、羨ましくて、格好良くて、なんとなく気になってしまった。


 実はその日、前日に仕事で大ポカをしていたことが分かりテンションが低く何かの憂さ晴らしを探していた。


 俺は基本的にやる気がない。そんな俺だから、そもそも好きでもない仕事だし、俺にはこの仕事向いていないから、これを機に転職しようかとすら考えていた。いい大人がそんな子供みたいなすね方をしていた。



 そんな俺の琴線になぜか少し触れた。あまりにも正反対だったからかもしれない。



 ちょっとのつもりがなんだか魅入られてしまい、気が付いたら俺は最後までそのトークを交えたステージを見ていた。約三十分程だったか。物珍しさもあって、普段は全くしないが何人かの観客と同じようにスマホでダンスやトークを動画で撮っていた。


 ステージ終了後、俺は早速そのローカルグループアイドルを調べた。彼女の在籍するグループは六人組で、基本的には県や市のイベントに出て盛り上げているらしい。それと会場を借りて月に一、二回程ライブやイベントも行っているらしい。


 ネットで今後の活動予定が書かれていた。大きなイベントは無いが地道に活動している様子がわかる。


 丁度今度の週末も小さな交通安全イベントに参加するそうだ。すぐに自分のスケジュール帳に打ち込んだ。



 俺は何事にもすぐに飽きやすい典型的な三日坊主タイプだと思っていた。何か資格を取ろう勉強してはやめ、英語を勉強しようとしてはやめ、健康のためにジョギングをしてはやめ、小説なんてものを書いてみようとしてはやめ、やめ、やめ、やめ。


 だから、今回の事もいつものように飽きてやめるなと思っていた。


 だが、いつもと違った。彼女の所属グループの公式サイトをたまに巡回。彼女のSNSをフォローして、携帯をいじるたびに確認してしまう。彼女たちの曲はワイヤレスのイヤフォンからいつも流れてる。俺自身が無意識に鼻歌を歌っている事もあった。


 そんな日が一週間、二週間、一ヶ月、半年と続いた。その頃には俺は推しにどっぷりハマっていた。


 当初、顔はそんなに可愛くないと思っていた自分をふっ飛ばしてやりたい。


 見ろ、この愛らしい一重。眠たそうでこっちの父性を刺激する瞳。大好きな焼肉を食べる時の蕩けそうな表情。そして何よりもみんなを元気にする笑顔!


 それだけじゃない。あのダンスのたどたどしい動きも、高音を上手く歌えきれない残念さも、すべて愛おしい。最高じゃないか!


 だから俺はひたすらに応援した。声が掠れるまで声援を送り、次の日に腕が上がらなくぐらい振り付けを踊った。少しでも彼女に届くように体の中にあるエネルギーを全て使って。



 しかし運命は残酷と言う事も知る。


 もちろん分かっていた。メンバーが6人もいると他と比べられる。見た目やスタイル他のメンバーの方が映えるだろう。歌やダンスは他のメンバーの方が上手いだろう。


 そんなことは彼女が誰よりも分かっている。だからこそ他の誰よりも歯を食いしばり、もがきながら、ステージという戦場で戦っている。


 そんな健気で必死に踏ん張っている彼女を推したい、推さずにはいられない。


 そうして俺は自分の心の叫びに気がついた。



 なんだこれ、推すのすげぇ楽しいじゃねぇか。



 大げさと思うかもしれないが、俺はこの瞬間こそ、真に生きていると感じられた。この瞬間が永遠に続いてくれと。


 こんな風に人生を楽しんでいるとなぜだか仕事も上手くいった。今までダラダラしていた事をテキパキとやるようになったし、時間や生活にメリハリが出てきて、なぜだか最近変わったなと言われる事が増えた。出不精だったが、推しは美味しいものを食べることが大好きらしいので、紹介された店にも行って外出も多くなった。


 シンプルなことなんだが、意識して時間の使い方を変えた。理由は簡単。早く帰って推し関連の事に時間を使いたいからだ。


 だから、推し以外の事はさっさと終わらせる。数分数秒でも俺の時間を推しに使いたい。


 それに推しは健康的な人が良いと言っていたから、深酒もタバコもやめた。睡眠もちゃんと取るようにした。しっかり夜に寝る事でこんなにも生活が変わるとは思わなかった。


 不思議な事に、俺の生活態度が向上にするにつれて、なぜか推しのグループも人気が出てきた。ファンも増えてきて、段々とイベント出演が増えてきたようだ。そうして、テレビでも取り上げられるようになり、一気に知名度が上がって忙しいようだ。


 自分が幸せで、推しも推しのグループも人気になって、俺は勝手に運命を感じていた。幸せスパイラル。みんなで最高になろうぜ!と。


 このまま勢いに乗って今度は全国回るぞなんて冗談も、冗談ではなくなる日も近いような気がしていた。


 最高で幸せで熱くてなんでもできる気がしていた。そんな時に。そんな幸せの中で。









メンバーの一人が事故を起こした。交通事故。しかも飲酒運転。とどめで未成年。









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