薄明のブザービート

観葉植物

第0話 終わりの始まり

【2019.08.05 12:45pm】


もう嫌だ、無理だ、逃げたい、耐えられない。


誰かいっそ俺をこのまま殺してくれ。



第4クォーター、85-87。


残分、約15秒。



フリースローの投球権を得た俺はボールを受け取りたいのだが、


膝に着いた手がなかなか剥がれない。


首元から流れ落ちる生ぬるい汗がユニフォームの背中を湿らせた。


監督の扇動が脈拍を更に狂わされる。


頭をハンマーで殴られている様な不快な脈打ちが延々と続いている。



歯を食いしばり何とか上体を起こし、腰に手を着きボールを受け取った。


このフリースローを二回決めれば同点で逆転のチャンス。


せめて一投だけでも入ってくれれば、それでいい。



「一球入魂。落ち着いて打とう」



二年生のキーマンである先輩が息の上がった背中を軽く叩いてくれた。


ルーティンを繰り返し呼吸を整える。


息をクッと止め、左指先から放たれたボールはブレのない美しい弧を描き、ネットを揺らした。



86-87。


「「ナイシューー!!」」



拍手の音が次第に耳に入ってきた。


いける。今の俺なら、大丈夫だ。同じことを、繰り返すだけだ。


シュートフォームを構え、投げ込んだ。



指の腹に当たる感覚が


リングに跳ねたボールが宙を舞うと同時にタイマーがカウントダウンを始める。



「リバウンドォォーーー!!!」



先輩の大声で我に返り次の展開に備えた。


リバウンドボールを奪い、残りの十秒で陣形を立て直す。


あとワンゴールで。



「出せッ……!」



残り二秒でペイントエリアに切り込みパスを受け取った。


確実に入る射程圏内に俺は立っていた。


これで、初の全国大会出場だ。



得意のジャンプシュートでリングに放つと同時にけたたましいブザーが体育館内に鳴り響く。


しばらくしてボールが床に落ちる音だけが反響した。




――歓声が沸いたのは対戦校だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る