第7話 名作

 イズミは読書嫌いな男だった。漫画は好きだが、活字のみの本は全く読まなかった。イズミの親は呆れ、こう口にすることが多かった。

「あんたそんなに漫画ばかり読んでいると頭悪くなるよ。」

これには決まってイズミは返す。

「漫画だって、日本の世界に誇れる素晴らしい文化だ。そもそも活字だけの本など読んでも眠くなってしまう。つまらない文章ばかり並べる作者が悪いんだ。」

「そんなのあんたの勝手な言い分だよ。」

「そんなことはない。学校の授業で生徒に寝るなと注意する教師に限ってつまらない授業をするもんだ。」

 イズミだって何度かは活字の本を読もうとはしたことはある。だが、小説、伝記、経済書などすべてにおいて、読み始めた数分後には眠くなってしまうのだ。


 イズミの言い分に呆れた親は、妙な提案をしてきた。

「そこまで言うなら、一回あんたが書いてみればいいじゃない。」

この提案にイズミはなるほどと思った。

「確かに、モノは考えようで、自分が眠くならない作品を自分で書けば、それはきっと面白い作品のはずだ。」


 早速イズミは自分の思いつく限りの面白い小説書き始めた。小説など読んだことはないイズミは、最初は苦労すると思ったが、書いてみるとこれがびっくり。3日で400ページの小説を完成させた。

 イズミはすぐさま原稿を大手出版社に持ち込んだ。受付を済ませると、一人の男性が降りてきた。

「イズミさんですね。持ち込みと聞いています。私編集者の者ですが、ぜひ読ませていただきます。」

イズミは少し緊張しながら、編集者の男に原稿を渡した。


 原稿を手に取った編集者の男は、原稿を読み始めた。目をこすりながらパラパラとめくっていく。やはり、編集という仕事は疲れるものなのだろう。しかし、パンと手をたたくと声高らかにイズミに告げた。

「この作品はいけます!とても売れますよ!この時代にも合ってる作品です!ぜひ弊社で出版させてください!」

イズミは編集者の声が少し大きすぎると感じたが、その反応に喜んだ。


 イズミが書いた本は編集者の言った通り、爆発的なヒットを記録した。その驚異的な売り上げが世界からも注目され、翻訳されて海外でも販売された。そして、とうとう世界一売れたとされる『聖書』の発行部数を抜いてしまった。イズミは自分の隠れた才能に驚きながらも、来世まで遊んで生きていける額の印税を手にし、満足しきりだった。しかし、なぜこんなに売れたのか、その理由も気になり始めていた。


イズミは自分の才能を見出してくれた編集者の男に聞きに行った。

「今ではホテルにも聖書の代わりに私の本が置かれるまでになりました。自分の才能が恨めしいです。」

「やはり私の考えは正しかった。一目あなたの作品を見たときから絶対こうなると思ってましたよ。」

「しかし、なぜここまで売れることになったのでしょう。今更ですが、私は活字だけの本を読んだことはありませんでした。読んでもすぐに眠くなってしまうからです。そんな私だからこそ、誰もを引き込める作品を創ることができたのでしょうか。」

 

 編集者の男は笑いながらイズミに言った。

「活字だけの本を読んだことがないとは、なるほど。あなたの作品はとてもひどかった。ありふれたストーリー、単純な構成、感情移入できない登場人物。冒頭の文章からつまらなすぎて、私も眠くなりました。」

「どういうことですか。面白いから売れているのでしょう?」

「違いますよ。あんな本誰も最後まで読み切れる人はいないでしょう。私だってあなたの作品の内容を全く把握していません。しかし、そんな本が現代を生きる、多くの夜眠れない人の目に留まったのですよ。私の妻も睡眠不足が解消されたと大喜びなんですから。」


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