第6話 ソフトバンク
ツチヤは名門高校の野球部でエースとして甲子園出場した。その活躍もあってか、ソフトバンクからのドラフト1位指名を受けプロ野球入りを果たした。
ツチヤの地元の星として、その活躍を期待されていたが、やはりプロ野球は甘くなかった。簡単に活躍できるほど甘い世界ではなく、2軍で7年間を過ごした。
プロ野球がシーズンオフのある日のことだった。ツチヤは高校時代にバッテリーを組んでいたモトキと久しぶりに会っていた。地元の居酒屋で呑みながらモトキ聞いてきた。
「ツチヤよ。最近の調子はどうだい。」
「やっぱりプロ野球は甘くねえよ。しかし俺のことを応援してくれる人がいるんだ。絶対に活躍してやるよ。地元の皆のためにもな。」
そう答えたツチヤにモトキはため息をつき言った。
「ツチヤよ。正直言うともうそんなにお前のことを応援している奴はいないぞ。」
いきなりの告白に、ツチヤは驚きを隠せなかった。
「いきなりどうしたんだ。酔っぱらっているのか?」
「お前がソフトバンクから1位指名を受けてもう7年だ。ニュースでもすっかり取り上げられることはなくなって、お前を忘れている奴の方が多いさ。」
「おい、言い過ぎじゃないか。」
「しかもお前は、『本格派左腕』とか言われて天狗になっていただろう。契約金で外車を買いたいと言ってたしな。言いざまだ」
「なんだと!」
ツチヤは激怒した。
「お前、自分がプロ野球選手になれなかったから嘘を言っているんだろう。自分が僻んでいだけじゃないのか!?」
モトキは呆れながらツチヤに言った。
「確かに俺はプロ野球選手になれなかった。落ち込んでいたときもあったよ。でも俺は天狗になっているお前を観て、お前より立派な大人になろうと必死で生きてきたんだ。」
モトキに押され気味のツチヤは話をそらすように聞いた。
「…そういえばモトキは、高校卒業後、何をしていたんだ。」
「今まで何回も会っているのに、俺が何をしているか聞いてこなかったのが天狗の証拠じゃないか。俺らのこと内心下に見ていたんだろう。」
「いや、そんなことはないが…。」
「まあいいさ。ツチヤがソフトバンクに入団した後、俺も入ったんだよ。」
「”俺も”とはどういうことだ?」
「俺も『softbank』に入ったんだよ。」
「ソフトバンクに入った?トライアウトでも受けたのか?」
「違う。『softbank』だ。あの後必死で受験勉強して一流大学卒業して、softbankに入社したんだよ。」
「なんだ。そっちか。」
ツチヤの口から嘲笑が漏れた。しかし、それを見たモトキは全く取り乱さない。逆にツチヤを笑いながら見て、こう言った。
「ツチヤよ。俺はお前が2軍でくすぶっている間にも営業成績を上げて、今じゃ本社に勤めているさ。」
「それがどうした。こっちは2軍だがそれでも強豪の2軍だ。去年は新しい変化球も覚えた。それが評価されて今でも年棒2000万円だぞ。」
「こっちは、新しい料金システムを考案し採用された。それが評価され年収5000万円だ。」
ツチヤは驚いたが、負けじと続ける。
「だが俺は、来年は1軍の先発ローテーションに入れるかもしれないと言われたぞ。」
「こっちは、もう5年すれば役員に入れてもらえると話がきている。」
ツチヤはまだまだ続ける。
「俺が来年活躍すれば『本格派左腕・復活』とニュースで騒がれるさ!」
「こっちは、もう『孫さんの右腕』として社内じゃ有名だよ。」
ツチヤはモトキに完全に言い負かされた。そして立場が逆転していることに泣きながら、かつての恋女房に言った。
「モトキ、見とけよ。俺がソフトバンクのエースになって、皆から応援される選手になってやるからよ!」
それを聞き、モトキはまた笑いながら言った。
「ツチヤよ。オフに地元に戻ってきて呑気に呑んでいるお前がそんな大きなことを言える立場か?」
「くそ!」
ツチヤはすぐに帰り支度を始めた。モトキはまだ笑いながら言った。
「ここのお代は俺が払うか?」
「うるせえ!」
ツチヤは財布の万札を全部テーブルに叩きつけ、店を出ていった。
ツチヤが出ていき、一人になったモトキの元に一人の男が入ってきた。男は入ってくるなりモトキのいる席へ座り、話しかけてきた。
「ツチヤ君に激をいれてくれたようだね。」
男の言葉に、モトキが答えた。
「あいつがいつまでもくすぶっているのは昔の相棒から見ても悔しいものがありましたからね。無論ツチヤは、今でも地元の僕らにとってのヒーローなんですから。」
「かつての恋女房からの激とあって、相当響いたんだろうね。後はツチヤ君次第だ。」
「そうですね。」
モトキは、持っていたグラスの酒を飲みほして言った。
「しかし、あなたから協力してくれと言われたときは驚きましたよ。工藤監督。」
「これがソフトバンクが育成がうまいと言われている由縁だ。ツチヤ君が育ってくれればまだまだソフトバンクが日本一の時代が続くだろう。」
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