異世界転生課女神課長の一日

菜花村

第1話

 ここ数年で出来た部署、【異世界転生課】。

 私はそこの課長をしている。


 なんでか分からないけど、最近やたらと『異世界転生』をしたがる人間、特に日本人が殺到していて、【輪廻転生課】として扱うには仕事量に偏りが出過ぎている。


 という訳で新設された訳だけど、今一番顧客が多い部署のくせに神の数が足りず、担当員は私を含めて三柱。

 当たり前だけど足りないの極み。

 しかも、二柱の部下は片方は仕事もせずに天使にセクハラばっかして左遷されたゲスジジィ、もう片方は神になってまだ二年目で尚且つミスが滅茶苦茶多いポンコツ新米小娘。


 なんで【神事課じんじか】は現在天界一忙しい部署にたった二柱(しかも仕事出来ないヤツら)しか人材をよこさない!?

 ゲスジジィのせいで女性天使からの評判は圧倒的に悪いし、男性天使はボンコツ新米小娘を囲って逆ハーレムを作って仕事しないし。

 せめてもっとまともな神をよこしてよ!

 【日本神課】とか【ギリシャ神課】とか神余ってんでしょうが!




 さぁ、今日も時間前出勤で開始準備を始める。

 もちろん、ゲスジジィとポンコツ新米小娘は安定の定時出勤。

 ポンコツ新米小娘に至ってはよく寝坊をして遅刻をしている。

 そのツケは誰が払ってると思ってんのよ?


 今日の来客数の確認と担当神への配分、受付可能な転生先やスキルの在庫確認等。

 本当はこれ、前日に用意しておく作業内容なのよ?


 就業時間ピッタリにタイムカードを押してゲスジジィが出勤してきた。

 いや普通就業時間から仕事開始よ?

 なんで毎日一分の誤差もなく時間ピッタリにタイムカードを押す?

 五分前に来い!

 

 で、ポンコツ新米小娘は今日も遅刻かしらね。

 朝礼が遅れると営業時間に支障が出るんだから。

 仕方なく、先にゲスジジィに今日の分の資料を渡しておく。

 は?【チートスキル】が少ないですって?

 テメーが月初めに美人の人間共に【チートスキル】ばらまいたせいでしょうが!

 【チートスキル】とか【前世の記憶百パーセント残し】とかみたいな貴重なレアスキルはね、前世で徳を積んで来世でそれを必ず有用して世界に良い影響を与える人物に限って渡していいスキルなのよ!?

 自分好みの女にいいカッコ付けるために使われるような陳腐な代物じゃないんだよ!


 やっと来たか、ポンコツ新米小娘。

 三十分の遅刻よ。

 は?昨日彼氏に振られて傷心で夜も眠れず寝坊したですって?

 寝たのか寝てないのかどっちよ!

 いいか!?神の恋愛っつーのはね、世界に多大な影響を及ぼすのよ!?

 そう易々とくっつきゃ別れと節操なしな事を繰り返してたら、地上での神の評判はだだ下がりなのよ!

 信仰心が薄れたら、我々の給料にだって関わってくるんだから、もっと慎重に行動しろ!


 ああもう、朝礼で怒鳴りすぎたから喉が痛い。

 無駄にグダグダした朝礼のせいで、開店準備がギリギリになってしまったわ。

 はぁーーーっ!

 深呼吸して、ここからは気持ちを切り替えて接客モードにチェンジしないと。



 『只今より、【異世界転生課】開始致します』



「先頭の方どうぞ」


「あ、あの、ここはどこですか?」


「こちら、【異世界転生課】でございます」


「【異世界転生課】?」


「はい、前世で何らかの未練を残しながらお亡くなりになり、尚且つ【異世界転生】に興味を持った方々が訪れる所でございます」


「え、僕、異世界転生出来るんですか?」


「はい。転生先や転生後の保持スキルに関しましては、顧客情報をお調べの上選択して頂くようになります。」


「えっと、じゃあ僕にはどんなスキルを持ってどこに転生出来るか教えて貰えますか?」


「畏まりました、少々お待ちくださいませ」


 顧客情報を調べてみた。

 お、この人間は中々いいじゃない。


「お待たせ致しました。お客様の場合善人ポイントが高めでいらっしゃいますので、お選び頂けるものがいくつかございます。」


「善人ポイント?」


「はい、善人ポイントが高ければ高いほど、転生先の細かな設定やスキルの選びしろが増えてまいります。」


「へぇー」


「転生先は『魔王と魔族、魔獣に支配されそうになっている剣と魔法の世界』『生活魔法を駆使する平和なスローライフの世界』『聖女のいる中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界』『超能力とハイテクノロジーが蔓延る近未来風の世界』の四つからお選び頂けます」


「そうですかー。

 うーん……じゃあ、『スローライフの世界』でお願いします」


「畏まりました。

 こちらの世界ですと、付与されるスキルは『前世の記憶八十パーセントで体力、力が二倍のスキル』『前世の記憶五十パーセントで生活魔法に加え聖属性の魔法が使えるスキル』『前世の記憶三十パーセントで健康な身体で錬金術が使えるスキル』の三つからお選び頂けます」


「なるほど。

 じゃあ、『錬金術が使えるスキル』にします」


「畏まりました。

 転生後の年齢は0〜15歳まで、性別は男性、女性どちらもお選び頂けます」


「どうしようか……じゃあ、10歳男性で」


「畏まりました。

 では只今から転生準備に入ります。

 このまま五分ほどお待ちくださいませ。」


 顧客情報設定の転生先欄に『生活魔法を駆使する平和なスローライフの世界』、スキル欄に『前世の記憶三十パーセントで健康な身体で錬金術が使えるスキル』、年齢、性別、種族欄に『10歳人間男性』と入力。

 実行させると、処理待機中になった。


「大変お待たせ致しました。これで、全ての手続きが完了致しました。

 それでは、【異世界転生】存分にお楽しみくださいませ。

 ご利用誠にありがとうございました」



 こうして目の前の男性は転生していった。

 いやー、今回の人間はとても対応しやすい大変良い人間だったわ。

 一般的な接客時間も短くスムーズだったし。

 きっと転生先でも自分の力に自惚れず、家族や仲間を大切にしながら天寿を全うするんでしょうね。

 はぁ、毎回こういう人間ばっか来てくれればいいんだけどなぁ。



「次の方、どおぞ」


「ここは?」


「こちら、【異世界転生課】でございます」


「え、何!私異世界転生できるの!?」


「はい、そうです」


「じゃあさ、『天を司るラピスラズリ』の『ダイアナ・ハンスウェイ』になりたい!

 あ、『天を司るラピスラズリ』ってのは私がやってた乙女ゲーなんだけど、攻略対象が全員超カッコよくって!

 『ダイアナ・ハンスウェイ』はそれに出てくる悪役令嬢で、破滅フラグをバキバキ折ってくみんなにモテモテの無自覚系令嬢って立ち位置でよろしく!」


「……少々お待ちくださいませ」


 出たよ、最近多い『破滅フラグ破壊系乙女ゲー悪役令嬢』希望者が。

 まぁ、善人ポイントがめっちゃ高ければ不可能じゃないんだけど、どう見ても足りないのよねぇ。


「お待たせ致しました。

 申し訳ございませんが、お客様の善人ポイントではご希望先への転生先は出来かねます」


「は?善人ポイント?」


「善人ポイントが高ければ高いほど、転生先の細かな設定やスキルの選びしろが増えてまいります。

 お客様の場合ですと、『剣と魔法の乙女ゲームの世界』への転生可能なキャラクターは『物語に一切関与することのない一般生徒』、良くて『ヒロインを陥れるために悪役令嬢から虚言を強要される女子生徒』となります」


「はぁ?何それ?

 じゃあもういいわ、他にどんな所に転生出来んの?」


「お客様の善人ポイントでしたら、『もふもふ癒し系動物が溢れる世界』で『もふもふ動物を主食とする民族の年頃の娘』、『人間のいない魔物の世界』の『オーガクイーン』、『ボーイズラブの漫画の世界』で『彼氏を元彼に寝盗られる女性』の三つからお選び頂けます。

 前世の記憶は、いずれも二十パーセントになります」


「ちょっと、それマジ!?そんなのしかないの!?」


「そうですね、【異世界転生課】で対応可能なものは、先程申し上げたとおりです。」


「えぇー、即決じゃないとダメ?」


「一週間以内でしたら、再度お越しいただいても構いません。

しかし、一週間が過ぎてしまいますと、あなたの魂は消滅して、二度と生まれ変わることが出来なくなってしまいます」


「マジで!?それはイヤかも……

 んー、じゃあもう『もふもふ動物主食民族の娘』でいいや。食べる前にもふもふすればいいんだから」


「畏まりました。

 では只今から転生準備に入ります。

 このまま五分ほどお待ちくださいませ。」


 顧客情報設定の転生先欄は『もふもふ癒し系動物が溢れる世界』、スキル欄は初期設定、年齢、性別、種族は『もふもふ動物を主食とする民族の年頃の娘』で。

 実行させると、処理待機中になった。


「大変お待たせ致しました。これで、全ての手続きが完了致しました。

 それでは、【異世界転生】存分にお楽しみくださいませ。

 ご利用誠にありがとうございました」



 はぁ、何とか無事に終わった。

 注文や文句が多かったけど、まだ聞き分けの良い方で良かったわ。

 「絶対これじゃなきゃダメ!」って融通がちっとも聞かない人間も最近よく来るから、マシだったとだけ言っておこう。



「次の方、どおぞ」


「はっ、ここどこだ?」


「こちら、【異世界転生課】でございます」


「えっ、異世界転生!?

 キター、俺の人生勝った!!

 早速、チートスキルちょうだい!」


「顧客情報をお調べ致します、少々お待ちくださいませ」


 なんかヤバそうな人間来たよ。

 うわ、何こいつの善人ポイント、めっちゃ低っ!


「お待たせ致しました。

 お客様の善人ポイントですと、『天変地異を繰り返す悪魔と魔族の世界』『人間のいない魔物の世界』『現世のパラレルワールドの世界』の三つからお選び頂けます」


「は?何それ?そんなクソ世界しかねぇの?

 でもまぁ、チートスキルさえありゃ何とかなるだろ。どんなスキルくれんの?」


「『天変地異を繰り返す悪魔と魔族の世界』でしたら『前世の記憶十パーセントのハイオーク 』『人間のいない世界』でしたら『前世の記憶三十パーセントのメスの乳牛』、『現世のパラレルワールドの世界』でしたら『記憶五十パーセントの貴方の飼っているハムスター』、いずれもスキルはございません」


「はぁ!?マジふざけんな!!

 そんなもんやってられっか!!」


「もし、こちらでご了承頂けないようでしたら、お隣の部屋【輪廻転生課】か、ここを出て右に曲がった突き当たりの部屋【天界職業案内課】へ向かわれる事をお勧めします」


「【輪廻転生課】と【天界職業案内課】?」


「【輪廻転生課】は、現世への転生の手続きを行う場所、 【天界職業案内課】は転生を辞めて天界で就職を希望の方へ就職先を斡旋する場所でございます。

 詳しくはそちらでお話をお聞きになってください」


「はっ、こんな所二度と来るか!」


「ご利用ありがとうございました」



 こんのっ!!

 くっっっっそ腹立つ!!!

 ああいう、辛うじて悪人にならず善人になれたようなクソ人間に限って、自己中で横暴なクレーマーなんだよ!

 どうせ【輪廻転生課】に行ったって善人ポイント少な過ぎて人間に転生とか百パー無理案件だし、【天界職業案内課】でも就職先なんてあるわけねーよ!


 はっ、いかんいかん!

 たかがクソ人間ごときにイラついてちゃ、神としての威厳が崩れちゃうわ。

 すぅーーーーーーーーっ、はぁぁぁぁぁああああああ!

 よし、深呼吸してリセットリセット。


「次の方、どおぞ」



 『本日の営業時間は終了致しました。またのお越しをお待ちしております』



 やっと終わったぁ。

 といっても、終わったのは営業時間なだけで締めの作業はまだ残ってんだけど。

 はい、地獄の時間スタート。


 まずは今日の成果の発表。


 は?ゲスジジィなんで来月の分のチートスキル今日対応した人間に使ってんの?

 接客は決められた予算で発注してるスキルで対応しろと毎日毎日毎日毎日しつこく言ってんでしょ?

 もう分かった。

 今回のチートスキルはゲスジジィの給料から天引きしとくように処理するから。

 どれだけ怒っても、これは決定事項!上司命令よ!


 え、ポンコツ新米小娘、なんでこんなに善人ポイント低い人間に高ランクスキル付けたの?

 人間が怖かった?

 いや、あんた人間より立場が上の神よ?

 ちょっと怒鳴られたからってビビってんじゃないよ!

 そんな事ばっかしてるから、毎月予算オーバーすんじゃないの!

 いい加減、人間の顔色伺いながらスキル付けるのをやめてよね!


 二人とも、なんで接客マニュアルがあるのにその通りに対処しないの?

 接客は臨機応変?

 微塵も応変に対応出来てねーだろ!!

 上方修正するなとは言ってねんだ、それを常識の範囲内でやれっつってんだよ!

 テメーらがそんな事ばっかしてるから、うちの課の業績がいっつも最下位なんだよ!!

 ハァハァ……

 キレすぎてうっかり口が悪くなっちゃったわ。

 もう、本当に勘弁して。

 あんたたちの尻拭いをするのは、いつだって私なんだから、せめて仕事を増やしてくれないで!



 あ、就業時間になっちゃった。

 ちょ、二人ともまた定時上がり!?

 まだまだ仕事残ってんでしょ!?

 特にポンコツ新米小娘!

 あんた今日遅刻してんだから!

 いや、パワハラって言葉はこういう時に使う言葉じゃないって!

 最低限のする事をしろと言ってるんだよ!!


 ……結局二人とも帰っちゃった。

 マジありえない。

 この大量に増やされた仕事を明日までに片付けなきゃ……

 ……今日は終電に間に合うかな……

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