第4話 メアリとアン①
魔力。それは万物の根源となる力の源。
自然界のありとあらゆる物質、現象を構成する元素及び概念的要素を全てひっくるめて、昔の人々はそれを魔力と名付けた。
ヒトの身では御し得ぬ自然の理、ヒトの身では理解し得ぬ神の領域。
多くの人たちにとってそれは単なる神秘の象徴に過ぎなかったが、そうではない者たちにとってそれは、無限の可能性を秘めた秘術の
魔力を自在に操り魔術を行使する、神をも恐れぬ神秘の探求者。
——人はそれを、“魔術師”と呼んだ。
* * *
「——ゲイル・ラ=ボル・ケインッ!」
亜麻色の髪の少女が放った雷の撃槍は、ルーサーもろとも地下室をぶち抜いた。
翠の閃光が部屋いっぱいに広がったと思った次の瞬間には、ドゴォォオン! と大砲でも撃ち放ったような凄まじい衝撃と轟音とが大気を震わせた。
槍のように真っ直ぐ突き抜けた雷が、地下室の壁面に向かって落ちたのだ。
少女が
雷鳴が去ったあと、静寂を破ったのは少女が歓喜する声だった。
「よっし、どうだ見たかっ! メアちゃん大勝利!」
泥棒を消し炭にできたことがよっぽど嬉しかったのか、少女はグッとガッツポーズまでして無邪気なまでにはしゃいでいる。まったく末恐ろしい子供だ。
しかし、そんな浮かれ気分も長くは続かなかった。少女はふと眉をひそめ、「んん?」と前のめりになる。
地下室には白い煙と焦げた臭いが充満していた。
研究室染みた内装は大爆発でも起きたかのような有様で、運悪く雷に巻き込まれてしまった机や研究機材、黒板などはもれなく粉砕。雷が激突した石壁は裏側の土が捲れ上がるほどに掘り返されていて、板張りの床には朱く焼け焦げた跡が残っている。
天井には、今にも消えてしまいそうな豆電球が一つぶら下がっていた。チカチカと明滅を繰り返しながらも、薄暗い地下室を健気にも照らし続けている。そこに、
「……あっ!」
その惨状の中心に、ルーサーは立っていた。
「……恨むぞ、ミルコ。娘の方も魔術師だなんて聞いてない」
ルーサーは、先ほど立っていた位置から一歩も動いてはいなかった。雷が通り抜けた直線上に立っていながらも、無傷だった。雷はルーサーに当たらなかった。
「んなっ、なんで!? 絶対当たったと思ったのに! 避けられるわけないっ!」
「魔術だよ」
「……っ、魔術……?」
「三秒間だけこの世界から退避した。そう言えば解るか? おチビの魔術師さん」
ルーサーの大人気ない挑発に、少女は顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「むかーっ! なんかムカつく! ドロボーの癖に、さっきまで慌ててた癖にぃ!」
そうして少女は再び両手を正面に掲げ、次は外さないようにと照準を見定めた。
「なら今度はこれだ! ——
少女が詠唱を始めると、バチバチと電流が
狼の如き
これまた上級の魔術。これほどの魔術をこの年でモノにしているとは。ルーサーは思わず感心してしまうが、黙ってその発動を待ってやるほど間抜けでもなかった。
魔術には、非常に分かりやすい弱点が存在する。それは——
「ロウ・ガ=ボル――」
詠唱を完了しなければなにも起こらないということだ。
「——T4。
パンッ! と、クラッカーでも鳴らしたような音が地下室に響いた。その直後、
「……っ、え……?」
少女は不意に、ガクンと膝から崩れ落ちた。そして周囲に浮かんでいた雷球はたちまち霧散し、魔術は不発に終わった。
「……あれ……っ、なんで……力が……っ、全然入んない……!」
「そういう魔術だからな。元々は警備を黙らせるための不意打ち用だが、こうやって詠唱をキャンセルさせることもできる。まあ
「魔術? ……っ、んなのが魔術なんて……認めない……てか、ズルい!」
ルーサーがやった動作は両手をパンと叩いただけだったが、それも立派な魔術。
特にこれは相手の意識が一点に集中している時にこそ発揮する。ピンと張った緊張の糸を魔力を込めた“音”の波で弾いてやれば、たちまち相手は糸の切れた人形のように支えを失い、崩れ落ちる。そういう仕組みだ。
「……天海に潜むりゅうれー、っ……天海にひしょむりゅ……天海にひしょ、っ……うなぁー!」
少女は懲りずに詠唱を続けようとしていたが、未だショック状態から抜け切れてはいないようで、呪文を口にすることすらままならない。彼女の目もふらふらと焦点が定まっておらず、立ち上がるどころか腕を上げるのもやっと、といった有様だった。
これで厄介なセキュリティは無力化した。が、念には念を入れておく。ルーサーは詠唱を
「——D4。
そう呟いてから服のポケットに手を突っ込むと、その中からスルスルとロープの束とガムテープが現れた。ポケットや引き出しといった“隙間”に仮想空間を創り上げ、容量無視の収納スペースを確保する
ルーサーは仕事場に荷物を持ち込まない主義だった。それはひとえにこの魔術があるからだ。仕事道具を入れる鞄も盗品を包む風呂敷もこれ一つで事足りる。
とはいえ流石に少女をポケットの中に入れて持ち運ぶわけにもいかず、ルーサーは少女の両手両足をロープで縛り上げ、口にはガムテープを貼り付けた。こうしておけば詠唱はできないし、また噛みつかれる心配もない。
「ひとまずはこれでいいだろう。お前には少し聞きたいことができちまったからな」
「んー! んむー!」
少女はロープを解こうと必死にもがいていたが、もはや彼女一人ではどうすることもできない。あとは煮るなり焼くなり、尋問するなりご自由にといった状況だ。
だが、ルーサーにはまだ片づけなければならない問題が一つ残っていた。ルーサーは少女の傍に屈みこむと、声を低くして尋ねた。
「忘れるところだった。お前、双子だろ? もう一人の方はどこで、どうしてる?」
そう尋ねた矢先、ルーサーは地下室に降りて来るその足音に気付いた。
「メアちゃーん! なんか凄い音したけど、大丈夫? 地下室にいるの?」
それは今足元に転がっている少女とは別の、少女の声だった。
フラメールには双子の娘がいるらしい、ということは知っていた。だからこの声はもう一人の方なのだろう。
その呼び方から察するに、こっちの雷娘がメアリ・フラメール。そして、今近付いて来ている少女がその妹、アン・フラメールに違いない。
あれがそうか? ルーサーが目で尋ねると、メアリは「んー、んー!」となにかを訴え始めた。もちろんルーサーにではなく、もう一方の少女にだ。
きっと「こっちに来るな」と言いたいのだろう。もしかしたら「後ろからぶん殴ってしまえ」かもしれない。だが、忠告にしても助言にしてももう遅い。彼女はすでにルーサーの射程内に入ってしまったからだ。
「ねえ、メアちゃーん? いるなら返事してよー」
アンは恐る恐るといった様子で、ゆっくりと地下室を覗き込んだ。そして、その惨状を目の当たりにするなりびっくり仰天。
「きゃあああ! なにこれ、お父さんの工房が大爆発しちゃってるっ!?」
アンは両手で口を押え、大きく仰け反っていた。リアクションの大きさも双子で似るのだろうか。こんなにも騒がしい双子が住んでいるのだから、さぞこの家はいつも賑やかだったことだろう。二人が一緒に地下に降りてこなくてよかったと心底思う。
もしもそうなっていたならば、きっと事態は今以上にややこしくなっていたに違いない。
「どうしよう、こんなのお父さんが見たら卒倒ものだよ……」
「酷い散らかりようだろ? でも、これをやったのはお前のお姉さんだ」
「んもうっ、メアちゃんってばお
ぷんぷん、という擬音が似合いそうな可愛らしい仕草で怒ってみせると、アンは姉の姿を探して部屋を見渡した。だが、薄暗い部屋のどこにもその姿は見当たらない。
それから少し遅れて、アンは「おや?」と小首を傾げた。
「あれ? 今私、誰と喋って……」
そうして振り向いた先に、目出し帽を被った黒づくめの男が立っていた。
「——きゃあああああああ! ドロボーーーーーーっ!?」
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