港にタイトルをつけないか。
@bibisaki
港にタイトルをつけないか
〇トラーニの日常
夕焼けとともに灯る街灯、次々に光る家々。僕はこの町で一生暮らしていきたい。
僕の名前は、佐倉夏奏(さくら かなで)33歳。日本で息詰まる会社員生活を過ごしてきた。だが、たまたまテレビで見たこの南イタリア・トラーニ、歴史ある港町に移住した。たしかに一目惚れしてこっちへ来たが、今思えば、自分らしく楽しく暮らすことができればどこでもよかったのかもしれない。そうは言っても、この町は素晴らしい。いくつか紹介したい。
まずは僕の家。港から少し歩いて、マーケットが立ち並ぶ石畳の坂を上って、少し歩くと、レンガのかわいらしい家がある。そこが僕の家。芝生の庭もある。手入れが大変そうだったけど、小さい頃に夢見た〝海の見える高台のレンガのお家″がピッタリ当てはまっているから即決だった。
家の大きさは、1人暮らしには少し大きいが、ペットでも飼ったら丁度いいくらいの大きさ。1階には、リビングとキッチン、何にでも使える6畳くらいの広さの部屋、そしてトイレだ。リビングから海の見える庭へとつながる。もちろん、わざわざ外に出なくても海を見える。だが、気づいたらいつも庭へ出て、海を見ている。2階には、浴室と寝室のみだ。寝室にはピクチャーウィンドウがあり、毎日違った絵画を楽しめる。今日の絵画のタイトルは、「スペシャル エイプリル~待ち遠しかった春の海~」とでもしておこう。寝室からつながるテラスからの眺めも特別で、ここにいると世界一幸せ者だと思える。
家の紹介はそろそろ終わりにしよう。次に紹介するのは、近所のマーケット通り。先ほども少し登場したが、今度は詳しく説明したい。立ち並ぶのは、八百屋に魚屋、肉屋、服屋、花屋、雑貨屋だって、パン屋だって、お菓子屋だってある。ここへ来ればなんだって揃う。
八百屋の店主はやさしいおじさん。僕より10ほど上だろうか、いつも話しかけてくれる。町の人気者だ。魚屋と肉屋は2店舗ずつあるが、お互い仲良くやっている。服屋は合計5つくらいある。それぞれ、店の好みの商品ばかり置いているから、こちらもまたライバルは存在しない。
花屋には、色とりどりの花が並んでいる…と紹介したいが、そうではない。日によって色が決まってるらしく、赤の花なら赤の花しか売らない。今日は黄色い花の日だった。黄色いガーベラ、黄色いカーネーション、バラ、チューリップ、全部黄色。この町へ来てすぐは慣れなかった光景だが、今はすっかり慣れて店主とも仲良くやっている。去年、来て1か月ほどたった誕生日にピンク色の花束をくれたっけ。店主のアデリーナは29歳と言っていた。背は小柄で僕よりも小さい。彼女のお姉さんが隣町に住んでいて、時々遊びに来る。
雑貨屋、ここは居心地がいい。ヨーロッパ各地から集めてきた雑貨を置いている。ユニークなペンからベッドまで大きさは様々だ。この間、壁に掛ける少し大きい時計を買った。フランスで買ってきたらしいが、スペイン語で1992年12月2日に作ったと書いてあった。少し普通ではないこのユニークさがこの店の良い所だ。パン屋、生まれも育ちもここ、トラーニの夫婦がやっている。幼馴染らしい。奥さんはいつも明るいが、旦那の方はたまにしか喋らない。「パン作り第一」がこの人のモットーらしい。
最後にお菓子屋だ。この店が大のお気に入りだ。決まったメニューはないが、エッグタルトだけは毎日ある。昨日はチョコレートが安かったから買ったが、今日はない様子だ。今までにケーキやプリン、パイ、ゼリー、ヨーグルト、クッキー、ティラミス…数えきれないほどのお菓子を食べたが、美味しくなかったものは1つもない。引っ越してきてそろそろ1年が来る、ほぼ毎日通うこのお菓子屋「abbiocco(アッビォッコ)」、僕はもう常連だ。abbioccoはイタリア語だが日本語に訳すと、「お腹がいっぱいで眠くなる」という感じだろうか。たまに外から店の窓を見ると客が寝ているが、店の名前どおりで面白い。abbioccoには3人の従業員がいる。ニーさんと呼んでいる陽気な店長ターニーさん、おしゃべりなアンナさん、そして日本人のやよいさん。ちなみに店長のニーさんは男性で、僕がひそかにやよいさんに恋をしていることも知っている。口が軽そうに見えて案外堅い。およそ半年黙ってくれている。
ここまで聞くと何てのんきなやつだと思われるだろうが、仕事もしている。港の近くの日本料理店で働いている。僕は主に仕入れの仕事だ。先ほど紹介したマーケット通りや港近くの市場、広場の朝市などに行き食材を買っている。では最後に、僕の働く店の紹介をしよう。名前はpierrot(ピエロ)だ。日本人の店長がピエロになるのが夢でそうつけたらしい。価格の幅は大きく、手軽に楽しめる家庭料理から記念日向けのコースまで。日本料理と言っても、日本のものにアレンジを加えてイタリア人の口にあうようにしている。料理はおいしいし、働く仲間も親切、大好きな海がすぐ近くにある、港も近くにぎわっているスポットにある。ここは僕の家の次にくつろげる場所だ。
基本は、「きらきら星変奏曲」が流れているかのような雰囲気の町だが、時には「ラデツキー行進曲」時には「カノン」、色々な曲が流れている。しかし、今もなおベートーヴェンの「運命」が流れたことはない。
〇日曜日のabbiocco
僕が恋するやよいさんが働くお菓子屋abbiocco(アッビォッコ)。普段は日曜日は定休日だが、今週の日曜日はパーティーを開いてくれるらしい。今日は火曜日、特別な日曜日がこの上なく楽しみだ。雲1つない快晴の空の下を歩いていると、丁度店の前にやよいさんがいた。
「おはようございます。かなでさん。」むこうも気づいてくれたようだ。
「おはようございます。やよいさん。日曜日のパーティー楽しみにしてます。」
「ありがとうございます!…でも、何を作ろうか悩んでいるんです。」「よかったらお店の中でアドバイスおねがいします。」
僕なんかでいいのかと不安になりながらお店におじゃました。
「大学でイタリア語を学んで約8年、ここで使い続けてきたイタリア語ですが、まだまだ分からないことも多くて。だから日本語でアドバイスもらいたくて。」
「ぜんぜんいいですよ。力になれれば嬉しいです。」
そんなやりとりをしている僕らを店長のニーさんは満面の笑みで見つめている。口は堅くても、顔は分かりやすい。ばれてしまうのも時間の問題だ。
相談にのったあと、店を出る時に〝野イチゴのビスケット″をお礼にもらった。帰ってすぐ食べようか、夜にテレビを見ながら食べようか、贅沢な考えごとをして夕方になった。夕焼けと海のコラボも素晴らしい。結局ビスケットは、明日pierrotのみんなで食べることに決めた。美味しいものはみんなを笑顔にしてくれるから。
今日はまだ水曜日、今僕は日曜に早くなってほしくてうずうずしながら仕入れ中だ。今日買うものはシンプルだ。大きめのエビと、玉ねぎ、パセリとイチゴだ。まずは八百屋に行こう。1日のはじまりはあの元気な店長に会いたい。
「おはよう!かなで!」今日は元気だ。
「おはよう!店長!」
いつも僕の頼んだものをじっくり選んでくれる。
「今日も頑張れよ!」
「まかせてよ!」
やっぱり1日のはじまりはこうでなくっちゃ。
残りの買い物を済ませて、10時過ぎになった。少し早足で店に戻った。
「ごくろうさん、かなで、ちょっと手伝ってくれないか。」奥から店長の日本語、届いた新しいお皿やコップを片付けているようだ。
「どうだ、きれいだろう?この皿なんかイタリアをイメージしているらしいぞ。日本料理とイタリアのミックスも面白いだろう。」店長のこういうセンスは抜群だ。
「このお皿は1つしかないんですね。他は青なのに1つだけ赤っていうのがいいです。」段ボールの中に、10枚ほどの青い皿と1つの赤い皿が入っている。まるで宝石が隠されているようだ。
「ああ、それか。それはな、記念日のお客様限定だ。誰かを目立たせたいって日あるだろ。ほら、誕生日とかな。」
「そうですね、いいと思います。お客様も喜ばれます。絶対に。」
店長とやよいさん…この町に住む日本人は僕を除いてこの2人。だからこそ、この2人と話すと不思議とほっとする。店長は何だか僕の父さんと似ていて、おせっかいで、いつも元気で。そういえば僕の父さんは元気だろうか。引っ越す時、〝かなでの人生だから″と応援してくれた父と母、本当はあまり賛成ではなかったのだろうか。ここに来てまもなく1年、父と母から連絡はまだ1度もない。そろそろ電話をしよう。
ようやく土曜日だ。明日は待ちに待ったお菓子屋abbioccoのパーティー。abbioccoのみなさんに何かお土産を持っていきたかったので、探している最中だ。お店に飾れる物がいいだろうか、それとも普段使える物がいいだろうか。久しぶりに港近くの雑貨屋が立ち並ぶ場所にやって来た。大通りから1つ路地に入ってすぐだ。7つの雑貨屋すべてを見て回るつもりだったが、1つ目でいいものを見つけてしまった。プリザーブドフラワーでできたうさぎのオブジェだ。この誇らしく優しい笑顔があのお店にぴったりだ。
家に帰る途中、港で漁師さんたちが声をかけてくれた。今日は魚が大漁だったらしく、おすそ分けしてくれた。今日の夜は魚祭りになりそうだ。それにしても量が多いので、隣の家におすそ分けしよう。
今日は日曜日。朝から気分がいい。今日のピクチャーウィンドウから見る海も最高だ。タイトルは「ほほえみかけるトラーニ」がぴったりだ。青い空と白い雲のバランスが丁度いい。パーティーは11時からだから、さすがに朝ごはんは食べていこう。気分がいいので朝ごはんを作りすぎてしまった。フレンチトーストにオムレツ、スムージー。歯磨きをしていると寝癖に気づき、思いきって風呂にも入った。風呂から上がると、もう10時だった。お店までは歩いて10分程だから、時間はあまりない。服を選ばないといけない。少し焦り気味で、自分で自分を落ち着かせながら、クローゼットと向き合う。寝室は服で溢れかえっている。最終的には、シンプルにネイビーのジャケットとベージュのチノパンにした。玄関で待っていたお土産のうさぎのオブジェを連れて、玄関を出た。今、町からは「道化師のギャロップ」が聞こえている。急いでいる時はいつも聞こえてくる。店に着いたのは11時1分前。たくさんの人が店に来ている。マーケット通りの肉屋さんも魚屋さんも、パン屋さんのご夫婦も…。大盛況だ。
「こんにちは、お待ちしていました。」やよいさんだ。
僕が着いた瞬間、みんなが静かになる。店長のニーさんがケーキを持ってきてくれた。ケーキにはイタリア語で〝これからもよろしく″と書いている。パーティーですっかり忘れていたが、今日は僕がここへ来て1ねんになる。
「覚えててくれたんだ。」とっさに日本語がでる。
パーティーには〝なめらかくちどけほっこりプリン″に‶ティラミスの木イチゴソースがけ″、‶わたしのレモンパンケーキ″‶シェフのほっぺたジェラート″僕がアドバイスした通りのものが登場した。この町のみんなの笑顔を見ると、涙が出てきた。食事のあとは、写真撮影をしたり、店の片づけと掃除をみんなでしたり…この幸せがずっと続くと思っている。もう少しでこの町にベートーヴェンの「運命」がかかるとは知らずにいる。
〇「運命」
この間のパーティーの余韻にひたりつつ、朝風呂に入っていた。今日のピクチャーウィンドウのタイトルは何にしようか…。今日はタイトルが…決まらなかった。リビングで朝ごはんを食べていると、電話が鳴った。母からだった。ほぼ1年ぶりに話す。嫌な予感がしてきた。
「もしもし、かなで、元気にしとるん?母さんじゃけど。」
「……。ごめん、長いこと連絡してなくて。」
「母さん、連絡しとうなかったんじゃないんじゃ。してしもうたら、かなでがこっちに帰りとうなるんじゃないかあ思うてな。」
「…。何かあった?」
「これだけは言うたほうがええかと思って。父さんがちょっと前から入院しとんじゃ。もう手遅れらしいけん。」
「…。」言いたいことはいっぱいあったが、言葉が何もでてこない。
「かなで?お父さんが帰ってくるな言うんじゃ。」
「え?」
「かなでの心配顔見たら、どうすりゃあええか分らんようになるんじゃて。」
「また電話するから。」
「待っとるけんな。」
母の最後の「待っとるけんな。」の声、寂しげで、本当は帰って来てほしいというようだった。僕はじっくり考えたかったから仕事を休みにしようかと思ったが、1人でいたくなかったから休まなかった。
pierrotに行くと、店長が買い物リストを渡してくれた。いつものようにドアの外まで見送ってくれた。リストを見てみると、泣きそうになった。そこには「abbioccoで休憩してこい。帰りに1つお菓子を買ってくること。3時まで必ずいること。これは仕事だ。」僕の今の状況は誰にも話していないから、偶然か、顔を見てすぐ何かを察してくれたか…。人の温かさを感じながらabbioccoに向かう。
今日の町にはベートーヴェンの「運命」が流れている。いつもだったらおしゃれなabbioccoの店も今日は、単なる白い建物にしか思えない。小雨が降ってきた。
顔を無理やり笑顔にしながらabbioccoの店内に入る。今日は珍しく客がいない。それどころか、店の中には誰もいない。いるのはパーティーのお土産に持ってきたあのうさぎのオブジェだけ。このうさぎも今日は悲しそうな表情に見えてしまう。
「すみません。こんにちは。」やはり誰もいないようだ。反応がない。買い出しに出かけているのかもしれないと思い、少しだけ待ってみることにした。少したって、突然の定休日かもしれないと思って店を出た。ついてない日だとつくづく思う。だが、今までに店の鍵が開いていて、電気もついているのに誰もいないということは1度もなかった。これまた嫌な予感がした僕はとりあえず走った。まずは店長のニーさんの家、誰もいない。従業員のアンナさんとやよいさんの家は知らない。次は…どこに行けばいいか…。足が勝手に自分の職場、pierrotに向かっていた。
店長に全てを説明すると、慌てることなく、
「一大事ってのは病院、そう思わねえか?俺だったら1番に疑うね。病院行ったか?」
「…。」
「とりあえず行ってこい。」
急いで店を出て、町に3つある病院のうちabbioccoから1番近い所に行った。予想は外れたと言ったほうがいいのか、それとも。店長のニーさんが突然倒れ、運ばれてきたが、この病院では診れない病気らしく、この町で1番大きな山のふもとの病院にいるらしい。僕は急いだ。ニーさんのいつもの笑顔が頭を駆け巡る。ニーさんと父の病気が重なる。
病室に着くと、受付で病室を聞いたが手術中らしい。すぐに手術室前に案内された。やよいさんと従業員のアンナさんが今にも泣きそうな顔で座っている。僕が登場したことにも驚かない。僕は事情を聴いた。
「私と、アンナさんが、同時に、お店に、到着、したんだけど、キッチンで、大きな、音、がして、見ると、倒れてたんです。店長が。」
「何の病気??」
「癌だって。肝臓癌。」
「治るんだよね。」
「治ることを…信じましょう。治る可能性があるから手術していると思うの。」
そんな時だった。僕のスマホが鳴った。母からだった。1度、電話をするためその場を離れた。
「さっき病院から来てほしい言われて、今病院なんじゃけど、お父さん、さっき天国にいったんじゃ。」
何が何だか分からなくなってきた。
「今すぐそっちへ向かうよ。」ニーさんのことはかなり心配だったが、小さい時、毎日のように遊んだ父を最後に見たかった。
「かなで、ずっとそこにいなさい。」
「母さん!何言ってるんだよ。」
「かなでが、かなでが自分らしゅうおれるところ見つけたんじゃろ、じゃあそこでもう一回一人前になる日まで、日本に帰ってきんちゃんな。」
「僕は、もう父さんには会えない。」
「父さん、なに言うっとたか伝えたよねえ、天国にいく前にかなでの顔見たら、天国にいけれんようになる思うんじゃ。」
「...。」僕は電話を静かにきった。
1時間程だろうか。足が言うことを聞いてくれず、立ちつくしていた。今度はやよいさんから電話がかかってきた。手術が終わったあとのことだった。病室まで歩いていると色々な考えが頭に浮かんでくる。「トラーニへ来たことは間違いだっただろうか」「母さんの言うことを無視して日本へ帰ろうか」「日本に帰ればすぐにはこっちに戻ってこれなくなるかもしれない」間違いなく、交響曲第5番「運命」のサビが流れている。
とにかく今はニーさんのことだけに集中しよう、と自分に言い聞かせながら病室に入った。やよいさんとアンナさんが笑っているから、手術は成功したらしい。知らない女性もいた。
「いつも兄がお世話になっています。病院にまで来てくださって、兄は幸せな生活をおくっているんですね。」
「ニーさんの妹さんですか。はじめまして。お世話になっているのは僕の方です。」
その女性はニーさんの妹さんだった。同じイタリアでも、ここは南イタリアトラーニ、妹さんは北イタリアに住んでいるらしい。仕事が忙しく、2年程会っていなかったらしい。目がニーさんそっくりだ。ニーさんの状態を医者から説明してもらうため、妹さんは別室へ移動した。僕らも今日は帰ることにした。
ニーさんの件はとにかく落ち着いた。問題は父さんの件だ。まだ僕は日本に帰る予定にしている。このニーさんの件で、母さんの言っていることもちょっと分かった。今、僕を大切にしてくれる人、今、僕を必要としてくれる人、今、僕を頼ってくれる人、その人を大切にしなければならない。引っ越してきて、本当にたくさん助けてもらった。その恩返しは、これから毎日続けても足りるか分からない。だから、父さんのお葬式やその後いろいろで、何か月かは日本にいることになるだろう。人生の新しいスタートをきったばかりなのに、一旦道をそれてもいいのか。僕は考えた。よく考えた。幸い、母の周りには親戚がたくさんいる。だから、父さんの見送りは任せようか。
家のチャイムが鳴った。ドアを開けるとやよいさんがいた。
「私、一旦お店に帰ったんですけど、この紙が落ちていたんです。それと、これどうぞ。」
やよいさんは僕がabbioccoで落としていた買い物リストをわざわざ届けてくれた。それと‶何かお菓子を買ってくること″というメモを見て、‶あんずのメレンゲクッキー″を持って来てくれた。しかも2つだ。すっかり忘れていた。
「わざわざすみません。お疲れなのに。」
「いえいえ。あの、今から一緒にpierrotへ行きませんか?海が見たい気分なんです。」
「ほんとですか?じゃあ、ついでに夜ご飯でもどうですか? 少し早いですが。」
「いいですね。最近pierrot行ってなくて、久しぶりに日本料理食べたいです。」
という流れで、僕とやよいさんはご飯を食べに行くことになった。
「いらっしゃいませ。かなで!!どうした?」
「今日は助かりました。お菓子、すっかり忘れていたんですけど、やよいさんが家まで届けてくれて、それで、夜ご飯も食べに来ました。」
「やよいさん、いつもこいつがお世話になって、ありがとうございます。今日はただでいいですから、たくさん食べてください。」
「そんな悪いですから。」
「気にせずにゆっくりして下さい。」
「かなで、お前も今日はサービスだ。しっかり食べて元気出せ。」
僕たちは、海のよく見えるテラス席で食事することにした。僕は父さんの件についてやよいさんに相談にのってもらった。すぐに答えは返ってきた。
「今すぐ、日本に帰ってください。すぐにイタリアに戻ってきたらいいじゃないですか。とにかく最後にお父さんに会ってきてください。このままだと一生後悔しますよ。」
やっと目が覚めた。その通りだと思った。僕はやよいさんの強い言葉に押させるように勢いよく店を出た。走った。走った。電車に帰り、リュックサックに着替えを入れて、少しだけ入れてまた走った。電車を乗り継ぎ、飛行機に乗り込んで、気づけば日本だった。
実家に着いたが、なぜか入ることができない。今までの自分への恨みからだろうか。父さんへの申し訳なさだろうか。そうこうしている最中、道行く人1人1人が僕を見る。このままだと不審者なので家の扉に手をかけた。
「はい、今出ます。」
「かなで! 何してるの?」突然母さんが泣き出した。
「ごめん。長い間留守にして。」
「父さん待っとるけん、会ってあげて。」
ドアを開けると、やさしそうに眠る父がいた。そして、親戚一同そろっていた。今夜が通夜だそうだ。僕は申し訳ない気持ちで父さんに近寄った。たくさんの思い出が今、よみがえってくる。
「今までありがとう。」それしか言えなかった。そのあとは泣き崩れて言葉を話せなかった。
「かなで、母さん本当は帰って来てほしかったんよ。でも、かなでが見つけた好きな場所から離れてほしゅうなかったんじゃ。」
「うん。」
僕は母さんをおこってなどいない。自分に怒っている。母さんにそう感じさせてしまったのは僕の何なんだろうか。
みんなで家の片づけや、写真の整理などをしてその日の夜になった。通夜はすぐに終わった。本当に間に合ってよかったと思う。父さんは60歳で天国へ行ってしまう。早すぎると僕は思うが、予想外の話を母さんから聞かされた。
「お父さんは60まで生きれて幸せね。私はまだ56、あと4年何が起こるか分からない。交通事故、病気、雷に打たれて死ぬかもしれん。かなで、ありがとなあ。帰って来てくれて。」
「母さんはもっともっと生きろよ。俺が結婚するまでは絶対。」
「結婚するん!?あきらめとんか思うた。とっくのとおに。」
「何言ってんだよ。結婚式も呼ぶから。外国になるかもしれないけど。必ず来てよ。」
「うん、分かった。」母さんの目には輝くものがあった。
その次の日の式が終わり、父さんは天国へ行った。そのすぐ後、母さんが僕の持って行くものを鞄にまとめてくれていた。
「また帰ってきんちゃい。いつでもええけど、当分ええけんな。」
「うん。僕、イタリアで頑張るよ。いい所なんだ、いい人であふれてる、僕の好きな海もある。素敵な町なんだ。きらきら星変奏曲が似合うんだ。」
「よかった。安心できたわ」
「遊びに来てよ。待ってるから。」
「いつかね。」
空港まで母さんに送ってもらった。イタリアの住所を書いた紙を渡して飛行機にのった。
イタリアに戻る時はとてつもなく長い時間に感じた。あとどれくらいでイタリアにつくだろう。このあとまた電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、トラーニまで帰る。
トラーニは昼だった。たくさんの人にお土産を持って行った。ニーさんのお見舞いにも行った。元気そうだった。全てが爽やかに感じる。今、この町には「結婚行進曲」が流れている。暑いくらいの日差しが僕を迎えている。1度家へ荷物を置きpierrotに向かった。
「こんにちは、店長。3日間仕事を休んでしまい申し訳ありませんでした。」
「さあ!明日から頑張ろう。よろしく、かなで。」「明日は7時より前に店に着いてくれ。一緒に仕入れに行くぞ。」
pierrotから家へ向かう。今まで当たり前に通っていた馴染みのある道。それが、あちらこちらから新鮮な空気が流れてくる。肉屋も魚屋も花屋も…。
花屋の前を通った時、店主のアデリーナさんが恥ずかしそうに話しかけてくる。
「これよかったら家にでも飾ってください。」
くれたのは青色の花束だ。相変わらず一色だが、とても嬉しい。でも記念日でもないのになぜだろう。
「トラーニへようこそ。」
彼女はそれだけ言うと店の中へ入っていってしまった。不思議だ。何かあったのだろうか。あまり目も合わせなかったし、何か変だ。
そこへやよいさんが通りかかった。
「あら、かなでさん、さっきはお土産ありがとうございました。」「どうしたんですか?その花束。」
「これ、アデリーナさんにもらったんです。」
「青いチューリップ、綺麗ですね。チューリップの花言葉、聞いたことあるんですけど、忘れちゃいまいた。」
「じゃあ、調べておきます。また教えますね。」
「アデリーナさん、かなでさんが日本に帰ってる時心配そうでしたよ。」
「そうなんですか。ありがとうございます。教えてくれて。」
「じゃあ、また。」
「かなでさん!またご飯一緒に食べましょうね!」
「はい、喜んで!」
家へ帰るとさっそくチューリップの花言葉を調べてみた。そこに書いていたのは「理想の恋人」だった。僕はびっくりしたというか、納得したというか。今までのアデリーナさんのあの恥ずかしそうな態度もそういうことだったのかと思う。僕とやよいさんが話している時のあの悲しそうな目にも納得がいく。このことはやよいさんには言えない。なぜなら、僕が恋をしているやよいさんに。僕とアデリーナさんの恋を応援してほしくないからだ。アデリーナさんに断るにしても、まだ僕のことが好きだと言われたことがないし、僕の勘違いかもしれない。とりあえず何もなかったことにしておきたい。
寝る前にいつものように、ピクチャーウィンドウのタイトルを考える。今日は「一新」だ。
今は朝の5時。今日は7時前にpierrotに行って、店長と一緒に仕入れに行く予定だ。春らしい黄緑のTシャツを勢いよく着て、出発の準備を始めた。スマホに財布に時計、水筒も忘れずに。
玄関を開けると袋があった。近所のおじさんがイチゴを分けてくれたようだ。仕事から帰ったらお礼に行こう。
pierrotに着いた。まだ6時、だが店長はもういた。
「おう、かなでか?早いじゃねえか。」
「店長、おはようございます。」
「今日は遠出するぞ。ちょっと待ってろ、準備してくるわ。」
どこへ行くのだろうか。朝早いpierrotは初めてだ。いつもと違う薄暗い店内はどこか神秘的で、どこかにピエロが隠れているようだ。
「よし、行くぞ。」
「店長、今日はどこまで行くんですか?」
「サクランボ畑だ。サクランボのジャムを作ろうと思うて。」
「いいですね。」
「だろ、高台の町にあるからちょっと遠いが、気分転換にな。」
高台の町には店長の車で30分程だった。海の空気も最高だが、山の空気もいいもんだ。サクランボ畑は見渡すかぎり続いていた。そこの人と仲良く話している店長を見ると、どうやら知り合いらしい。
「いらっしゃい。今日はたくさんとってかえってよ。」
「おはようございます。かなでです。今日はありがとうございます。」
「じゃあかなで、それから店長、1番から8番の木がサクランボだからいいのを取りな。
どうやら他のフルーツの木も含まれているらしい。僕は2人を見習ってサクランボをとる。つまみ食いも忘れずに。
「かなで、ここのサクランボは上手いぞ。ジャムだけだったらもったいないな、何かいいレシピの案ないか?」
「そうですね…サクランボの冷製スープはどうですか?あとドライフルーツにして和菓子に添えるとか。」
「なかなかいいな。やるなあ。店、手伝ってみないか?空いてる時だけでいいから。」
「嬉しいです!ぜひ!頑張ります!」
僕は店長に認められるように頑張ろうと心に決めた。楽しくサクランボ狩りをしていると、お腹が空いてきた。どうやらそのこたえは、サクランボ農園の人が作ってくれているごはんだった。チーズリゾットと焼いたチキン。朝からものすごく贅沢だ。高い青空を眺めながら、おいしくいただき、お礼を言って失礼した。
「かなで、次は1人で来い。夏にはアプリコット、秋にはブドウ、冬にはオレンジ、色々揃うから。」
「はい、任せてください。」
「はっはっはっ 頼りにしてるぞ。」
笑い声は車に響く。
〇ランチは晴れ間に
今日は雨だ。天気はさえないが僕の心は明るい。今は、昨日摘んだサクランボをabbioccoに持って行く所だ。日本料理よりもお菓子のほうがサクランボも出番が多いはずだ。ニーさんのことも気になる。調子はどうだろうか。
「いらっしゃい、かなでさん。今日はあいにくの雨ですね。」
「こんにちは、やよいさん。」「これ、昨日摘んできたサクランボです。何かに使ってください。」
「まあ、立派なサクランボ。ありがとうございます。」
とりあえずイスに座った。サクランボだけ渡しに来る予定だったが、ここへ来たらいつものくせでイスに座ってしまう。そしてメニューを広げるのも、勝手に手が動く。
「ご注文、何にします?今日は‶イチゴのジェラート″がおすすめですよ。」
「じゃあ、おねがいします。」
「はい、すぐお持ちしますね。」
すぐにジェラートが到着した。僕はやよいさんに店長のことを聞いてみた。
「元気みたいですよ、店長。手術後の回復も順調みたいで…。しばらくは私とアンナさんでお店をします。でも店長、また帰ってくるって言ってました。」
「よかったです。楽しみですね。」
「でも、今までみたいにはお菓子作りできないみたいです。体力面で。」
「そうですか…。僕もできるだけサポートしますよ。できることがあれば、言ってください。」
「優しいんですね、分かってましたけど。かなでさん、やさしくていつも頼ってばかりで。」
「いえいえ。またランチでも行きましょう。」
「ぜひ!」やよいさんはとびきりの笑顔で答えてくれた。
「また空いてる日教えてください。」
「はい。電話しますね。」
店長のことも聞けたし、ランチの約束もできたし、ジェラートをを食べ終わったらpierrotに戻ることにした。
夜になっても雨は続く。久しぶりの長雨だから嫌ではないし恵みの雨だからしょうがない。久しぶりにテレビを見た。イタリアに来て1年が経ち、ようやく早いイタリア語を聞き取れるようになってきた。
次の日の朝、起きてすぐ窓を見るが、せっかくの休日なのに今日も雨だった。今日のピクチャーウィンドウのタイトルは「憂鬱な僕を笑うように雨」にしようか。雨だが、僕は出かける予定がある。明日は花屋の店主アデリーナさんの誕生日だ。僕はこの町でよく知っている人には、必ず誕生日プレゼントを渡すようにしている。最高の誕生日にするにはやっぱりプレゼントがなくっちゃ。
傘をさして歩き始めた。時間がたっぷりあるから遠出をして街へ行こう。珍しいものもいっぱいあるはずだ。アデリーナさんにはよく花束をもらうから、何かお礼をしたかった。
街に着くと、トラーニでは目にしないものばかりだった。アデリーナさんのプレゼントは何にしようか。せっかくだから、みんなにもいつものお礼を買っていこう。僕は自分でも買い物はすぐ決めるほうだと思ってる。すぐ決めすぎるのもどうかと思っているのだが。
アデリーナさんにはもうすぐ夏だから麦わら帽子。シンプルだけど、リボンの色は黄緑色。イタリアっぽい。店長には写真たてにした。結構おしゃれだ。ニーさんにはいい香りがする置きアロマ。ご近所さんと魚をよくくれる漁師さんにはお菓子にした。残るはやよいさんだが…いいものが見つからない。候補はあるけど、どれもピンとこない。
雨の都会を散策していると、どこからか「結婚行進曲」が聞こえてくる。音のなるほうへ行ってみると、公園のど真ん中で数人が演奏している。そして、ドレスアップした男女が照れながら歩いている。結婚式なのか...。そこへいる人に尋ねてみると、友達だけで結婚式をしているらしい。本物の結婚式はもうしたが、大好きな思い出あふれるこの公園でも愛を誓いたいそうだ。晴れの日にすればいいのにと思うが、特別な日なんだろうと思った。幸せな風景だ。
そろそろ街を去り、トラーニに帰ろう。結局やよいさんへのお礼は買えなかった。今度、好みを聞いておこう。羊がいる牧場、かけまわる子どもたち、昼寝するおじさんと犬。全てが絵になるイタリア、あの時の僕では味わえないすがすがしさ。世界は広い、だから全ての人とは出会えない。世界は広い、だから変われる自分がいる。
朝起きて天気予報予報を確認するが、今日も雨。まあ外の暗さで何となく予想できていたが、天気予報にわずかな望みをかけていた。これで1週間お日様と会っていない。
「今日はアデリーナさんの誕生日だっていうのに。」つい独り言まで。
アデリーナさんとどう接すればいいのか…。チューリップの花束をもらってからちょっとだけ、いやかなり彼女を避けている自分がいた。でも、この気持ちをどうにかすっきりさせたい。
花屋はにぎわっていた。みんなお祝いに来たのだろう。今日はピンクの花の日のようだ。人混みの中からアデリーナさんを探す。
「かなでさん!」やよいさんの声がする。
「かなでさんもいらしてたんですね。私もお祝いに来たんです。雨の日でも誰かの誕生日なら気分がいいですね!」
「そうですね。...やよいさん、ニーさんの調子はどうですか?」
「それが、最近は病院に行けてなくて…。これから一緒に行きませんか?」
「行きましょう!アデリーナさんにお祝いしてから出発しましょう。…今日、ランチもどうですか?」
「ランチ、いいですね。病院のついでに行きます?」
「そうですね。」
「アデリーナさん探しましょう。たくさんの人ですけど。」
「見つけましょう!」
ぼくとやよいさんはやっとの思いでアデリーナさんを見つけだした。そしてお祝いを言い、写真も撮った。やよいさんがニーさんに渡したいものを家に忘れたらしく、僕はここで待つことになった。
「好きなんですか?やよいさんのこと。」
アデリーナさんが急に話しかけてきたのも驚いたが、かけられた言葉にも驚いた。僕が困り顔を見せていると、
「私も好きです。やよいさん。もうつきあいも長くて、親友です。応援してますから。」
「アデリーナさん?」
「知ってますよ。好きなんですよね。ずっと前に気づきました。かなでさん、やよいさんと話す時緊張してて、でも目はきらきらしてて…。この間花束渡しましたよね?あれ、応援の気持ちを込めてですからね。」
「青色の花束ですよね?チューリップの。」
「見てほしかったのはチューリップだけではないんです。チューリップとガーベラです。」
「ガーベラ?」
「ガーベラです。‶ガーベラは応援しています″という意味の花です。チューリップは‶理想の恋人″って意味です。」
「......。」
「だから、かなでさんとやよいさんは理想の恋人っていう意味ですよ。それを応援しています。」
「えっ?だって、あの、」
「まさか、チューリップだけ見てました?勘違いしないでくださいね!私はかなでさんのこと、もう理想の恋人なんて思ってないですよ。」
「もう?」
「はい、前はそう思ってましたけど。」
また僕は黙り込んでしまった。その時、
「かなでさん、お待たせしました。行きましょう!」
「かなでさん、ファイトです。かなでさんとやよいさんは理想の恋人ですよ。」その時、アデリーナさんが真っ白い歯で笑ってくれたが、その笑顔は、真のやさしさと偽りとでまざっている。
「かなでさん?アデリーナさん?どうしたんですか?」やよいさんが帰ってきた。
聞かれていたらまずいと思いつつ、アデリーナさんとさよならし、2人で病院へ向かった。1秒でも早くニーさんと会いたくなった僕とやよいさんは、肉屋に自転車を借りて再び出発した。
病院へ着き、病室のドアを開けると、元気なニーさんの姿があった。だが、腕には点滴の針が刺さっていた。
「やよいにかなで。来てくれてありがとう。」初めてだった。ニーさんの日本語を聞いたのは。
「かなで、お願いがある。abbioccoを手伝ってくれ。ぼくはもう、前のように仕事ができない。時々様子を見に行くぐらいだろう。」
「店長?ニーさん?」やよいさんと僕の声が重なる。予想は全くしていなかった訳ではないけど、いざこの話をされると心が折れる。しかも、僕に手伝ってくれというなんて考えてなかった。今は、pierrotの見習いでもある。中途半端なことはしたくない。どうしようか迷った。
「abbiocco2人だとどうしても大変で…。少しだけ手伝ってくれるだけでいいんです。無理ですか?」
やよいさんまでお願いしてくることも想像してなかった。さっきまで流れていたヴィヴァルディの四季の第一楽章「春」が急にとまった。
「考えてみます。」新しい選択が僕に立ちはだかってきた。
作った笑顔でニーさんの病室を去り、そして立ち止まった。そしてすぐ歩き出した。
ランチはpierrotですることにした。昼の1時を過ぎていたため、店内にはあまり人がいなかった。入口から1番近い席に案内された。ここからは海が見にくい。僕とやよいさんはお互い、何を言いだせば、何から話せばいいか、分からなくなっていた。それを感じたらしい店長が話しかけてくれた。
「よう、お2人さん。どうだい調子は?」
「ごめんなさい。私、かなでさんの気持ちも考えずに、abbioccoの店手伝ってほしいと言ってしまったんです。かなでさんが来てくれたから楽しいと思ったんです。」
「かなで、やよいさんの気持ち、大事にしてやれよ。」
僕は何も話さずに話が終わってしまった。再び2人になった。僕はやよいさんと目を合わすことさえできなくなっていた。
「かなでさん、ごめんなさい。忘れて下さい。」
「そんなに謝らないでください。よく考えておきます。いや、考えます。」
「本当に優しいんですね。」
この時、僕の耳には「エリーゼのために」が聞こえはじめた。雨はさらに強くなる。
家に帰り考えた。店長は僕がabbioccoへ行ったら怒るのか?やよいさんが困る顔はもう見たくない。そもそも僕自身はどう思っているのか?自分自身の気持ちも大切にしなくてはならない。自分自身?僕?大事なことを忘れていた。自分の意見を聞かなくてはならない。自分を信じよう。自分を信じなくてははじまらない。
朝が来た。昨日は自分の中での答えが決まり、ぐっすり寝れた。今日もまだ雨だ。朝ごはんを食べて、pierrotへ行き、仕入れを終わらせ、またpierrotに戻った。今日は店長から料理を教わる予定だ。
「かなで、今日は勉強に行ってこい。電車で10駅ほどのイタリア料理店だ。イタリアの文化を見てこい。味わってこい。感じてこい。予約2人で伝えたからな、やよいさんと。これは仕事だぞ。」
「店長、昨日の話ですけど、僕pierrotで1人前になります。だけど、やよいさんの困っている顔は絶対に見たくないです。だから、休み時間と休日を使ってabbioccoを手伝います。努力をすることは大変ですが、どんな作業よりもやりがいがあります。」
「こたえを出したのかと思ったら、結局どっちもやるのか。まあかなでらしいな。その性格、守れよ。」
「すみません。」
「それにしてもやよいさんのこと、そんなに好きなんだな。」
「店長、将来、奥さんになる人だからです。」
「将来っていつの話だ?」
「いってきます。」
雨は止み、太陽は眩しい。何日ぶりの太陽だろうか。どこからか「威風堂々」が聞こえてくる。
abbioccoに着く。やよいさんが奥からでてきてくれる。
「かなでさん、いらっしゃいませ。」
「やよいさん、今から出かけて下さい。僕と一緒に。お店、アンナさん1人だけだと大変ですか?」
「大丈夫ですよ。助っ人が来てくれているので。」
店の中を見ると、ニーさんの妹さんがエプロンを着けて立っている。
「妹さん、こんにちは。手伝ってくれてるんですか?」
「ええ、兄から頼まれたんです。店で働いてくれって。」
「そうだったんですね!」僕はおじぎをした。
「かなでさん、これで5人でabbioccoできますね。」
「5人?」
「pierrotの店長さんが来てくれたんです。昨日の夜、かなではどっちもやるって。abbioccoもpierrotもも。」
「店長が?!」僕より先に言ったらしい。店長が、僕のこたえを聞く前にやよいさんに伝えていた。僕の心まで見えるんだと改めて店長を尊敬する。
僕とやよいさんはアンナさんとニーさんの妹さんに店を任せ、店長が予約してくれたイタリア料理店に向かう。電車に乗ってる間、涙で前がぼやける。どうにか涙が溢れないように、こらえてこらえて、ようやく到着した。駅からイタリア料理店へはすぐだった。涙がでそうなのに、すがすがしいのはなぜだろう。それは、久しぶりの太陽の影響ではもちろんない。
目の前にはリゾット、サラダにトマトのスープ。どれも美味しそうだ。
「おいしそうですね。かなでさん。」
「やよいさん、僕とつきあってもらえませんか。」
「かなでさん、私とつきあってもらえませんか。結婚を前提に。」
「やよいさん、僕とつきあってもらえませんか。結婚を前提に。」
「もちろんです。」「かなでさん、ずっと待ってました。」
「よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
このあと、ずっと流れていた「威風堂々」はさらに大きい音になり、僕を、僕とやよいさんを祝福してくれた。
pierrotに帰って、1番に店長に報告した。そして母さんにも報告した。店長はイタリア料理店での僕とやよいさんの会話を伝えたとたん、大笑いした。母さんは、嬉しかったらしく泣いていた。ニーさんやアンナさんにも報告するつもりだ。僕はこの町中に知れ渡ってほしい。本当に嬉しい。
家に帰ってのんびりしていると、また雨が降ってきた。嬉しいのは父さんも同じようだ。父さんの涙が、大粒の涙が空から降ってくる。
〇にぎやかな田舎の港町
9月が来た。僕とやよいさんは来月結婚する。結婚式はここ、トラーニですることになった。そのほうが知り合いも多い。何より…僕たちがここがいい。それから、僕とやよいさんは今の僕の家に2人で住む。やよいさんは今、港からもabbioccoからも離れたマンションに住んでいる。僕の家は港からもabbioccoからも近い。しかも、やよいさんが、僕の家から見るトラーニを気に入ってくれた。これからは2人でピクチャーウィンドウのタイトルを考えることもできる。
そして、結婚式の日になった。会場はpierrotと町中だ。「結婚行進曲」ではなく「きらきら星変奏曲」が聞こえる。「きらきら星変奏曲」はトラーニそのものだ。トラーニにお似合いの曲だ。やよいさんのウェディングドレス姿は、想像をはるかにこえて綺麗だ。
料理は店長や町の人たちが作ってくれた。ウエディングケーキはアンナさんと退院したニーさんが作ってくれた。やよいさんのウェディングドレスは、やよいさんのお母さんが自分のを日本から持ってきてくれた。ここにあるカラフルな花束は、あのアデリーナさんが持ってきてくれた。笑顔と喜びは、みんなが持ってきてくれた。
「かなで、おめでとう!父さんも大喜びよ!」
「ありがとう、母さん!父さん来てくれたかな!」
「やっぱり理想の恋人ですね!もう恋人ではないですね!」
「アデリーナさん、ありがとうございます!」
「おい、かなで、これからもよろしくな!」
「ニーさん、僕頑張ります!」
「かなで、仕事もしっかりな!まだまだ見習いなんだから!」
「店長、これからもお世話になります!」
「かなでさん、大好きです。ずっと。」
「やよいさん、僕も大好きです。ずっとずっと。」
結婚式は終わり、僕の母さんとやよいさんのご両親は日本に帰るらしい。母さんは、ヨーロッパを回って帰るらしい。また来てくれると約束した。僕も時々日本に帰ることを約束した。新しい人生が始まる。
「今日、親子丼がいいな!」
「まかせてよ!」
「今日の夕焼けは最高だね!」
今日のタイトルは、
「にぎやかな、田舎の、港町 イタリア・トラーニ」
港にタイトルをつけないか。 @bibisaki
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