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「あつい」
吹雪の肉を食らい、血を啜り、人並みの熱を取り戻すどころか、いっそ熱すぎるほど熱をあげた女が、喘ぐように息を吐く。
どんなに血を流し、肉を食われても人並みの熱を失わない男の体から逃れるよう、上体を起こした六花が長椅子からずり落ちそうになるのを、吹雪は自分も長椅子の上に起き上がって抱き留めた。
「もういいのか?」
膝に乗せた女の、引き裂かれた服の下から覗く胸に顔を埋め、しっとり火照った肌を吸い上げたことに、たいした意味はない。
「あ、ん……」
むずがる六花が勢い余って落ちてしまわないよう、吹雪は膝に乗せた六花ごと長椅子から降りて、酩酊したよう不安定に頭を揺らす女の体を膝の上で横抱きにした。
熱い、熱いとぐずっていた六花が、吹雪の腕から抜け出すのを諦めたようぐったりと動かなくなる。
そうなってようやく、吹雪は六花の後ろ頭に手をやって、化粧もしていないのに赤く濡れた女の唇を、今は傷一つない首元へと近付けさせた。
「もういい……」
散々囓った首にしがみついてきた女の口が、張り直されたばかりの皮膚を吸い上げる。
ぴちゃっ、と水音を立てた舌の動きに、吹雪は六花の体が上になるようラグの敷かれた床へ転がった。
「あ……」
飲み損ねて肌を伝った血の一滴さえも惜しむよう、首元からはじまり、腹の際どいところまで舌を這わせていった六花が、はたと我に返って顔を上げる。
「――ごめんなさい」
遠慮無く乗り上げていた男の体から退こうとする六花のことを、吹雪は未練がましく引き止めた。
「それは、いったい何に対する謝罪だ?」
「私、正気じゃなかった。あの時はどうしても、そうしないといけないと思ったの。でも、私、吹雪さんに酷いことを……」
「
今の方がよっぽど、吹雪に対して酷なことをしている自覚はないらしい。
六花が泣き出しそうに瞳を潤ませたから、吹雪は自分の欲を満たすどころではなくなって。どれだけ食われたところでどうということもない体を簡単に起き上がらせると、中途半端に腰を浮かせたまま身の置き場をなくしている恋人を膝の上に引き込んだ。
「お前、俺の
零れる前の涙を吸い取るよう唇を寄せながら抱き竦めた肢体は温かく、かといって熱すぎもせず、吹雪の腕の中で安心しきったよう柔らかく弛緩する。
「酷いことをされたのはお前の方だ。俺はお前に何も言わなかったし、教えようともしなかった。俺のような人でなしに執着されているだけでも哀れなのに、俺はお前を守れもしなかったんだから、お前は俺に怒っていい」
「吹雪さんは、私に痛いことなんてしなかったじゃない」
「それを言うなら、お前がやったこともそうだろう」
「……痛くなかった?」
「少しも」
告げていないことはいくらでもあるが、六花に嘘を吐いたことはない。
そんな吹雪の目をじっと見つめて、六花はゆっくりと一つ瞬いた。
「私はすごく、痛かった」
今度は宥める間もなく、あっという間に溢れた涙の全てを拭ってやることはできそうになくて。
自分からしがみついてきた六花が泣き疲れて眠ってしまうまで。吹雪は大人しく、六花と血塗れ同士で抱き合っていた。
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