微睡み這い寄る銀の鍵

葉月+(まいかぜ)

微睡むもの

第一節「ターニングポイント」

ごちそうを食べるまでは帰らない

 一二月二十五日の早朝。

 感覚的には、二十四日の深夜。近所のコンビニへ買い出しに出た帰り道。


「メリークリスマス!」


 ちかちかと瞬く古びた街灯の下に立っていたサンタクロースは、髭を蓄えた老人でも、赤くて暖かそうな服を着たぽっちゃりさんでもなく――

(あ、これは駄目なやつ)

 長い腕と鋭い爪を持つ、をしただった。


「Good tidings we bring to you and your kin」

 良い知らせを持ってきたよ。

「Good tidings for Christmas」

 クリスマスが来たんだよ。


 今日という日にぴったりの歌を口ずさみながら、見るからに機嫌良く、うきうきと飛び跳ねるような足取りで近付いてきたそのバケモノは、寒さ以外のものでがたがたと震え、立ち竦んだ私の腕を掴んでアスファルトの地面に引き倒す。

 そして――


「Oh bring us some figgy pudding」

 イチジクのプディングをくださいな。

「We won't go until we get some」

 ごちそうを食べるまでは帰らないぞ、と。


 研ぎ上げたナイフのように鋭い爪と、骨の硬さをものともしない膂力にあかせばりばり開いた私の胸から、一掴みの肉塊をむしり取る。


「We wish you a Merry Christmas」

 ぱかりと開いた口に、どくどくと脈を打つ心臓ごちそうが飲み込まれる、その瞬間。

 私の喉もごくりと鳴って、冬の夜の冴え冴えとした空気を飲み込んだ。

「――やっぱ、と言えば生き肝だよなぁ」

 尖った牙の覗く大きな口から顎の先まで、血みどろの容貌をにんまり歪めたバケモノが、心臓を掴み出されてもまだ死んでいない――そんなふうになってまで生きていられるはずのない――私を見下ろす。

「食い残しも、ちゃーんと使ってやるからな」

 痛みと恐怖で流れた涙をすくい上げていく舌は、まるで蛇のように先端が裂けていた。


「さあて、お次はどこを――」

 にやにやと下卑た笑みを浮かべ、ぞっとするようなをはじめたバケモノが、不意に私の上からいなくなる

「――ちっ」

 素早く飛び退いていったバケモノのいた場所を、さっと薙いだ

 街灯の明かりを弾いて煌めく白刃の持ち主は、いつの間にか私のすぐ傍に立っていた。

「…………」

 古風な着物を身につけて、抜き身の刀をその手に握った――人を襲って食べるようなバケモノと同じくらい、現実味のない――男が私にくれたのは、路傍の石でも眺めるよう無感情な一瞥。

 夜の暗さをものともせず、爛々と輝いて見える瞳の色――そのあまりの冷たさ――に、私は自分がどのみち助からないことを理解させられた。

(心臓、ないもんね)

 バケモノが離れていったせいないのか、それまでなんともなかった呼吸が急に苦しくなって。ひゅうひゅう喉を鳴らしはじめた私に、刀を持った男が背を向ける。

(でも、しにたくないの)

 見捨てられたと身勝手な感情を抱きながら、それがどうしようもないことなのだと分かってもいる。

 せめて誰かに手を握っていて欲しくて。伸ばそうとした腕には、とっくに感覚が無い。

「――――」

「――――――――? ――――!」

 視界が滲み、音も遠くなって、五感の全てが失われる。


「    」

 あまりに唐突で、呆気ない。

 それが、私の最期おわり

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