贖罪は灰煙にのせて。

俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き

贖罪は灰煙にのせて。

やめたかった。


自分で自分が怖くなった。


やめたい。


体はボロボロ、頭はガクガク。

正直言ってもう限界だった。


やめたい。やめさせてほしい。


そのためにどんな代償を払ってもいいから、やめたい。


だって、そうだろう。

心も体もやめたがってるんだ。

他に何がそれを求めるというのだ。


でも、だめなんだ。


時間が経つと、それを求めてしまう。


さっきまで共にそれを嫌い、恨み、嫌悪さえしていた心身が、今度は揃ってそれを求める。


喉が鳴るから喉を締めても、胸が痛いから胸をたたいても、腕が伸びるから腕を地面に叩きつけても、体は、心はそれへと近づいていく。


確実に、ゆっくりと。止まることなく崩壊の足音は近づいてくる。


今回やったらもう戻ってこれないかも知れない。

ここが特異点で、この先は地獄かもしれない。


もしかしたら…………死んでしまうかも知れない。


そう脳で考えることはできても、腕は愚直にそれを求める。


本当に、そこまでの執念があるならもっと勉強できただろうし、いい会社に入れただろうと思うが、世界はそんなに甘くない。


依存してしまうのは悪いものばかりで、反対にしたくないのは良いものばかりなんだ。


「はぁ………はぁ……」


昂ぶる息を抑え、靴を履いた。


もう何年も上げていない布団が、その薄さで哀愁を漂わせている。

六畳一間のボロアパートのこの一室を飛び出せば、きっとコンビニに走り出してしまう。


運動なんてだいっ嫌いなはずなのに、あれを求めるときだけは、ボルトなんか比じゃないくらいに早く走れる。


「ぎぃ………ぐぉっ………」


変な声を漏らして通りすがりの近所のおばさんにひかれても、最近二人目が生まれた中野さん家の智子さんにひかれても走る足は止めない。


止まりたいんだ、本当は。


でもだめなんだ。

あれがないと眠れないし、人生の生きる意味すらなくなる。


いっつもあれを手にした後は後悔で死にそうになるけど、抜け出せたことはない。


「はぁ…………はぁ……」


変態オヤジもびっくりの鼻息の荒さを抑え、コンビニの店内へ侵入する。


気分はさながらミッションにインしたポッシブル。

世界を股にかけるエリートスパイだ。


まぁ実際にはただの、最近股がかゆい三十代のおっさんだけど。


コンビニに入ったからにはもう戻れない。

ここまでくればなんかもうふっきれて、それを手にすることに戸惑いはなくなる。


親の声よりも聞いた入店音が鳴り止む前に、誰もいないレジに並ぶ。

今まではここで謎の躊躇をし、酒コーナーやおかしコーナーに立ち寄って時間を潰したりなんかしたが、歴が長くなってくると最短経路でそれを求められるようになるのさ。


「………15番、セブンスターください……。」


この界隈にもいろんな派閥のやつがいるが、やはり一番はセブンスターだ。

これはいいんだ。安いし不味くないし体に良いような気さえする。


「660円になりまーす」


ギャルギャルしいお姉ちゃんの声が聞こえるとほぼ同時に、薄汚れた青色のトレーに500円玉と100円玉と50円玉と10円玉をそれぞれ一つ置く。


ふん、もうこの領域にまでくれば値段なんて覚えてるのさ。

最近値段が上げられたけどな……。


ったく、国も余計なことしてくれる。

そんなちょこっと上げたくらいで止められるんだったら、とっくの昔にやめてるっちゅうの。


一箱1万までなら出す自信がある。


「…………」


店員に礼も言わず、外に出る。


家に帰ってる時間なんてない。

ニコチンが手元にあるんだぞ、吸うしかねぇだろ。


コンビニの無機質な外壁に背中を添わせて、撤去された銀色の相棒のことを思いながら、買ったばかりの箱を取り出す。


ライター?

んなもん、常備してあるにきまってんだろ。


法律でライターは持ち歩くべしって決まってんの知らねぇのか?


希望と後悔の汗で湿る指で、苦戦しながらも一本取り出す。

この最初のギチギチ具合が乙なのよ。


「はぁ………はぁはぁ………あぁ……」


激しくなる動悸にかまっている余裕なんてない。

ニコチンを前にした漢は、意識高い系の中間管理職よりも時間に厳しいんだ。


湿り気なんて十年前においてきた唇に、外側のなんとも言えない肌触りを味わわせながら、もう何本目かわからない100均ライターに力を込める。


ここまでくれば、お前らでも分かるだろ。

もうやることはたったの一つ。


腹が減ったと泣き叫ぶ赤ん坊の、何億倍も入念に、執拗に、この紙の棒を舐め回すだけだ。


あぁ母さん。またやっちまうよ。

ごめんよ母さん。ごめんよ父さん。


父さんはワカバが好きだったよな。

ごめんな、またセブンスターを吸っちまうよ。


父さんもこっち来いよ。案外七色のこれも悪くないぜ。


「………………ふぅ……」


最後に一言だけ、言わせてくれ……。


「ありがとう、JT。」


空になった注意書きまみれの箱をゴミ箱に捨てながら、呟いた。


こうして今日も、俺の頭上には灰色の煙がつきまとうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

贖罪は灰煙にのせて。 俺氏の友氏は蘇我氏のたかしのお菓子好き @Ch-n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ