第30話 俺の考えは甘かった
だが、俺の考えは甘かった。
そうだ……まだ大阪太郎や博多二郎が、物質世界に残っていたのだ。
彼らが残っているうちは、物質世界を消滅させるのはまずい……
しかも、大阪太郎などは、せっせと世直しをするために仲間まで集め始めていた。
どうやら多勢に無勢であるにもかかわらず、酷い世界支配者たちに対抗して物質世界を楽園に変えようとか思っているようだ。
テレパシーでそうした思うがひしひしと伝わってくる。
博多二郎は、あいかわらずのんびりと食べ歩きなどをしている。
こいつは、まあ、成長しているのかしていないのかよくわからないなと思うが、とりあえずこの物質世界からは、避難させなければならない。
しかし、食べ歩きの楽しみを追求している間は、簡単には避難してくれそうもない……
なんとしたものか……と思う。
すでに意識世界の裁判で、この物質世界を消すことで一同の同意を得てしまっている。
大阪太郎や博多二郎のことを、うっかり忘れていたとは今更言えない。
彼らは、今、華の墓参りに来ている。
そう……華は、ある日、突然、自殺してしまったのだ。
残された二人は、おいおいと泣いていた。
山ほどの花を買ってきて墓に供える姿が痛ましい……
今すぐに、元の意識だけの世界に戻してやりたいと思うが、それは彼らに肉体的には死んでもらうということを意味する。
現在、大阪太郎も博多二郎も、それぞれその世界でやりたいことがあるようで、死にたいとは思っていないようだ。
俺の権限で強制的に意識だけにしてしまうこともできるが、それをするとまた妙な裁判を起こされる可能性がある。
俺は、華の裁判を思い出し、それは危険だと判断した。
ふーむ……困ったなと思う。
仕方がないので少し様子見することにした。
この物質世界を消去することは決定したが、まだその時期までは決めていなかったからだ。
少なくとも大阪太郎や博多二郎がいる間は、すぐに消せとは華も言わないだろうと思う。
それに、大阪太郎には、かなりの数の良心的な仲間ができているようなのだ。
彼らを世界ごと消すのは、気が引けるし、大阪太郎も絶対にそれを認めないだろう。
ということで、俺は、太郎と二郎とその仲間たちを助けるために、一計を案じなければならなくなった。
とりあえず、俺は、さっさと物質世界に未練がなくなるように、彼らにやりたいことをやってしまってほしいなと思った。
物質世界に生き残りたいと思う気持ちがなくなれば、意識だけの世界に俺的なリスクなく招待できるからだ。
まあ、望まれるのならば喜ばれることになるのでいいのだが、嫌がる場合には、後で訴訟問題になる。
だから、早く、物質世界への執着のない状態になってもらいたい。
しかし、俺の考えは 生存本能君たち によって妨害されることになる。
生存本能君たちがそそのかすために、いつまでたっても物質世界に生き残りたい……という彼らの気持ちが消えないのだ。
いや、そもそも肉体として生き残ることはあれほど不可能だからと教えてきたはずなのに、いつの間にか、それでも死にたくない……などと思うようになってしまっていた。
大阪太郎などは、まだ生存本能をたしなめる程度の気概を持っていたが、博多二郎の方は、てんでダメになっていた。麻薬中毒者みたいだなと思う。
生存本能というものは、意識を破壊する麻薬の一種なのだと俺は思った。
まだまだいろいろな世界中の美味しい食べ物を食べ歩きたいらしい。
さらに、彼らの仲間たちなどは、ほとんどが生存本能君たちと同化していた。
自分の正体は、生存本能である!!! と言わんばかりの者たちが結構いた。
それでは、肉体とともに死んでしまうよ……と思うが、なかなかそうした洗脳を解除するのは難しい。
テレパシーで何度か試しに説得などしてみたが、彼らの多くは自分が精神病にかかってしまったのだとか思い始めてしまった。
そして精神科というところで、医者というものに危ない薬を処方されはじめたので、俺は手出しができなくなってしまった。
自分の中に生存本能君がいないと本人も医者も病気だと思うらしい。
しかも名字に「利己的」とついているのが圧倒的多数派なのだ。利己的生存本能君たちは、物質世界で大繁殖してしまっていた。
なんということだ……と思う。
これではリスクなく物質世界を消すことができないではないか……
こういうところが物質世界の面倒なところだと思う。
簡単に消されないように、利己的生存本能君の生みの親たちは、多分いろいろ工夫しているのだ。
いろいろ悩んだ結果、俺は、俺の分身体に、最悪の事態になったら、物質世界を消すようにと伝えて、仕方なく物質世界に俺のコピーを分身体として転生することにした。
なぜかって? そりゃあ、エンドレスで無限ループとなって物質世界の再生が続いて全員戻ってこれなくなったら困るからだよ。
記憶を消されて、本当の自分を忘れさせられて、利己的生存本能君や酷い支配者たちに意識を乗っ取られてしまったら……いくらすでに消滅した世界であっても、そんな状態がエンドレスで継続してしまったらさすがにそれはまずいのだ。
永遠にやりたくもない拷問つきの糞ゲームの世界に呪縛され続けるような感じになるからだ。
そうした最悪のリスクは絶対に避けなければならないわけだ。
ちなみに、意識だけの世界では、自分の分身体は無数に生成できる。
万が一の危険があれば、意識だけ肉体から抜け出してしまえばいい。
記憶は、いったんは消されてしまうので、後から別の俺の分身体からのテレパシーで補完することにした。
そうしておけば、意識だけ抜け出す技術の記憶も戻るはずだ。
俺は、多重に安全システムを構築して物質世界に転生して、太郎や二郎の救助をすることにした。
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