水没村より ~海面が50m上昇した世界から~

黒井丸@旧穀潰

第1話 海抜60mの村……でした

 本作は特定地域をモデルにしたお話ですが、いくつかフェイクを混ぜてます。

 実際は村では無いですが、『すいぼつむら』という語感が良いので村と言う設定にしました。

 難しい事は考えず。丘上の高台が急に海岸線近くの海辺の町になってしまった世界線のお話をお楽しみいただければ幸いです。


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 2030年頃。

 南極の氷が溶けだし、海面が上昇した。

 日本では各県の都市機能が停止し、平地に住んでいた人は内陸部を求めて移住を余儀なくされた(奈良県や長野県などの内陸県を除く)


 これは1年後に水没する村と4年前に水没した九州市街地たちの物語である。


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「ただいまー」


 小型のタグボートから降りて九州の実家に戻ったのは10年ぶりの事だった。

 今まで勤めていた会社の工場がついに水没したため故郷に帰ってきたのである。


 かつて帰省時に降りた駅は水没して存在せず、バスで帰った国道210号線は水の底になってしまった。

「おかえりなさい。よく無事で帰ってきたねぇ」

 と母親が暖かく迎えてくれる。

 最低気温30度が珍しくなくなった夏の暑さを和らげるため、太陽光を反射する白い断熱塗料の屋根にサイディングの壁をみて

「本当に変わりすぎだよ」

 と小学生の頃には黒屋根だった頃を思い出す。

 他の家も基本的に色は白い。


「しかし九州は日中の最高温度42度になるってラジオで言ってたけど、けっこう涼しいね」

「そりゃ、ここは海の近くだからな。水のおかげでそこまで気温は変わらずに済んでおるよ」

 そう言いながら父親がでてきた。

「父さん」

「よく、帰ってきたな…おかえり」

 最後にあったときより皺が増えた父親に頭を下げると

「おじさん!久しぶり!」

 と後ろからタックルを食らう。

「……やあ、ケンタ。久しぶり」

 弟の息子であるケンタだ。元気いっぱいの小学生。

 海外赴任している父たちと離れて祖父の家で住んでいる甥である。

 おれはケンタの目線までしゃがみ込むと、くりくりした目を見て

「これから1年。よろしくな」

 と言った。


 これは1年後に水没する予定の、生まれ故郷の村のお話である。


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「うわー。話には聞いてたけど、全部水没してんのな」

 村の端から東を見ると、かつて住宅があった市街地はすべて海となっている。

 30km先まで海、海、海。

 高台にあった高校と、隣の団地が離れ小島のように頭をのぞかせている。

「あんな所に町があったの?」

 水没する前の姿を知らないケンタは驚いたように問いかける。

「ああ、あのあたりに川が流れててな、左は荏隈エノクマ。右は小野鶴オノヅルっていう住宅地があったんだ」

 荏隈には5千人くらいの住人が住んでいた。

 それが海面が50m上昇した事で、全て海の底に沈んでしまった。

 海抜50mというと東京で言うなら世田谷区の高台に相当する。

 かつて海抜60mあった水没村は、2010年代に爆弾豪雨と呼ばれた大雨が降った時でも

「ここが冠水したら日本全部が冠水するよ」

 などと冗談で言っていたものだが、意外と低い土地だった事を思い知らされた。

 まさか目の前に広がる30km以上伸びる平野の全てが水没するなど夢にも思わなかった。

 そのせいで周辺の都市機能は完全に沈黙したし、商業施設も全滅だ。

 荏隈は九州の片田舎にしては大きなスーパーが有ったし、ボーリング場やレンタルビデオ屋、リサイクルショップなどもあるちょっとした街だったのに惜しい事をしたものだ。

 都会に住んでる人にとっては「何当たり前の施設を挙げてんだ?コイツ」な話だろうが、海抜60mの高台、コンビニなし。スーパーもどきが一軒だけの過疎地にとって、10km離れた商業施設達は貴重な文明地だったのである。

 今だと、高台に残ったゲーム屋や本屋は、半径50kmに3軒しかない。

 川も家も店も道も、みんな海の底に消えている。

 地軸の変化で南極の氷が溶けたせいだ。


「おじさんが中学生位の時は10kmくらい自転車を走らせてな、ゲームセンターとか映画を見に行ったもんだよ」


 丘の上の郊外に住む村は中学校に上がるまで「自転車で村外に出てはいけない」という移動制限が学校の規則で付いていた。

 冗談に思えるかもしれないが、高低差40mの坂と言うのはそれ位危険なのだ。

 実際、中学校になって自転車通学となり、初めて坂を降りる時は泣きたくなるほど怖かったものである。

「あそこに、学校の跡があるね」

「ああ、あれが中学校だな。ケンタも水没がなければ自転車であそこまで通う予定だったんだぞ」

 今では村の一番低い位置にあった小学校でさえも水没し、公民館や高所に立てられた元老人ホームが学校替わりになっているという。

 足元がおぼつかない高齢者は安全な内陸部に早めに移住しているのだ。

 そんな事を話していると、急に小学校がどうなっているか気になった。

 村より20m低い土地にあるので水没しているのは間違いない。

 だが、小学校と言うのは思い出の場所だ。入れなくても姿が見えるならみてみたい。


「ちょっと寄り道していいか?」

 俺はケンタを誘って海岸沿いに北へ向かう。


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「うわー。完全に水没してるな」


 町の一番下、国道に沿った場所にある小学校を見て俺は愕然とした。

 3階建ての校舎は2階まで水没し、3階だけがかろうじて頭を出している。

 ヘチマやヒョウタンを育てるのにも使った野球のネットは錆びて全滅。

 昔遊んだ遊具たちは海草によって無惨な姿になっていた。

 あの水底で昔、みんなで遊んでいたと言うのは不思議な気分である。

「みんなで、限界まで回してたせいで吉田君が5m位吹っ飛んだ回転ブランコとか、栗崎君が鬼ごっこで急いで飛び降りたら骨折した登り棒とか、跡形もないな…」

「………おじさんたち、いったいどんな遊びをしてたの?」

 ケンタがちょっと引いたように言う。

 え?今の子供たちってどんな遊びしてんの?

 ウンテイの上を走って怒られるのは基本だよな。

「おじさんたちが小学生だった頃に生まれなくて良かったと思うよ」

 と、かなり失礼な感想を言われた。

 そんな他愛のない話をしていると

「あれ?大崎くん?」

 聞いたことのある声に顔を向けると

「ツヨシくんか?」

「ああ、お久しぶりだね」

 小学校の時の同級生が小舟に乗って、こちらに近づいてきた。


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 まあ舞台はいつものごとく大分県なのですが、はじめからそう書くと

「えー、大分ぁ?」「大分の話ってダサいよねー」

 などと読まれもせずに廻れ右されそうなので、一話だけは九州と伏せてみました。

 他の地名でバレバレかもしれませんが……

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