第192話 嫉妬狂いの生徒会長と逆光で(1)

避けてる後輩ちゃんが自分から求めてくれたのを、受け入れるか否かという大いなる命題。

受け入れる……それが選択肢にあるというのがまたなんとも言えない。

もしも彼女を受け入れるのならそれはつまりみんなを同じように受け入れるということだけど、でも、それは本気だとか以前にあまりにも不埒じゃなかろうか。

不埒だし不健全だし、もうなんかほんと、人としておてんとうさまに顔向けできなさそうっていうか……


そんな悩みは、いったん胸の内にしまっておくことにする。

あんまり執心しすぎるとわりと取り返しがつかないし……


というわけで、放課後。

後輩ちゃんともお話をしたところで、学校にはあとひとり話すべき人がいる。

彼女は誰よりも目立つ人間のひとりで、だけど私は彼女の影しか見ることができていなかった。


文武両道な生徒会長さんは、隠密の業にさえ長けているということなのだろう。


そんな彼女は、まるで私がようやく対話を求めていることを見透かしたように私を呼び出して、夕暮れの屋上で待っていた。


「―――好きというのは、厄介な感情ではありませんか」


炎に抱かれながら振り向く彼女の顔が、逆光にさえぎられて見えない。


わたくしのそれは、自分で憎らしく思えるほどに醜悪です」


こつ、こつ、と音を鳴らし、ゆっくりと近づいてくる影。

露になった静かな笑みが、私の胸へと抱き着いた。


「認めませんよ―――わたくし以外など、決して」


まるで当たり前のように見透かした私の悩みを、初めから全力でねじ伏せてくる。

拒絶も拒絶。

あらゆる対話を拒否するような絶対的な笑み。


「それは……」

「もっとも、わたくしはあなたの恋人でもなんでもありませんから。もしも結論を出すというのなら、選択肢は二つもありますよ」


にこにこしながら口にするとは思えないほどに脅迫的な言葉だった。

ふたつの選択肢―――たぶんきっと、彼女だけを受け入れるか、それともフるかという絶望の二択。


「そんなの、」

「ふふ。そう不安がらなくとも大丈夫です」


私の言葉をさえぎって、彼女はわずかに笑みの色を変える。

一瞬前までの圧倒的な迫力ではなく、むしろ包み込むような柔らかな笑み。

背中に回された手が、皮膚をえぐるように、強く、硬く、めりこんで。


「どうあったとて、もうわたくしはあなたを諦めるつもりなどありませんから」


だから、と。

彼女は言う。


「あなたが思い悩み、そうしてたどり着いた結論であるのなら―――どうあっても、私はそれを受け入れましょう」


言葉だけを見ればどこまでも寛容で年上の余裕さえ感じるのに、実際の内容はむしろきわめて排他的だ。


受け入れる、だなんて。


実質的に、彼女はそんなことどうでもいいとそう言っているのだ。

だけど、それってまるで―――


「もうじき、卒業ですからね。……わたくしも、少しだけ考えていることがあります」


彼女の言葉にドキリとさせられる。

シトギ先輩はいったいなにを考えているのか。


まっすぐと向けられる視線がじわじわと皮膚の内側を焼くような心地があって、今すぐにでも突き放したいような、それともすべてを捨ててしまいたくなるような、そんなもどかしい情動が胸の中で疼く。


「―――さて。話は終わりです」

「ぁ」


すっく、と。

シトギ先輩が体をまっすぐにする。

胸の中にあった吐息が顔に触れて、そういえば彼女は私より背が高いのだと今更思い出した。


耳元をくすぐるように撫でる手がそのまま落ちて、そのまま黒のカードを奪い取る。

くるくると回したカードを、す、と、肌に沿わして―――


「ぇ、え、あ、」


ぱっくりと、当たり前のように肌を裂かれて、赤が流れ落ちる。

普通のICカードと大差ない厚さはあるリルカでどうしてそんな芸当ができるのか。


困惑する私の手を取って、赤をなじませるように、彼女はくちゅくちゅと指を絡ませる。

そのころにようやく、しびれるような、ひりつくような痛みが神経に届いて。

どっと噴き出す脂汗を、彼女は嗤う。


「あなたが言ったのではありませんか。嫉妬してほしいと」


まるでカードを絵筆にするように、彼女はそれを自分の制服に押し付ける。

ぴぴ、と赤く染まる彼女が、二度、三度、四度、ぴぴ、ぴぴ、ぴぴ……繰り返し、繰り返し、私を買う、買う、買う。


黒リルカの効果で、私は彼女を拒めない。

なんども、なんども、なんども、なんども、なんども、なんども。

ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。


どうしよう。

どうすればいい。

どうしたら、どうしたら、


「おや」


ぴーっ、ぴーっ―――……


残高の不足を告げる音。

だけどそれまでに合計何度繰り返されたのか。


くぃ。

指を絡めた彼女が軽く手首をひねる。

ただそれだけで私の足は、まるで膝をカックンとやられたみたいにその場に座りこむことになって。


見下ろす彼女は逆光で。


暗くて、なにも、見えない。


たったひとつのしるべだった手さえもが離れて。


「毒を含むのも厭わないのでしょう、あなたは」


差し出される赤い指。

望まれるまま舌先に乗せて。


あまい、あまい毒が、しみて、


これも、いったい誰に仕込まれたのでしょうね。……ふふ。本当にあなたは、わたくしを嫉妬させるのがお上手です」

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