第190話 避けてる後輩と自分からで(2)
実に30分に及ぶ『説得』によって、後輩ちゃんのお口はずいぶんと素直になった。
正直
ともあれ、実際どうなのかを知るためにも、改めて彼女に私を避ける理由を聞いてみた。
すると彼女はすぐには答えず、腕の中で小さく吐息する。
ぎゅっと私の腕を抱きしめて、それからぽつりぽつりと。
「みう、もしかしたらセンパイはみんなフろうとしてるんじゃないかなーって思ってたんッスよ」
「そう、なんだ」
思いがけない言葉、ではない。
彼女はどちらかというと、カケルみたいに、自分が『捨てられる』ようなことを恐れるタイプだ。実際は私の方が見捨てられやしないかと戦々恐々しているわけなんだけど。
だからこそ、彼女は少し過激にでも、やりすぎるくらいにでも、私を求めてくれる。
いっそ取り返しのつかないことになってしまえという破滅願望のようなものさえ感じるほどに。
「まあタブンそーじゃないってのはわかってるんッスよ。でも、まあ、そんなくだらないりゆーッス」
弱々しく苦笑いを浮かべる後輩ちゃん。
抱きしめてあげると安堵したように息を吐いて、身を委ねるようにもたれかかってくる。
「あきれちゃったッス?」
「ううん。……どうしたら、みうちゃんが安心できるかなぁって」
「それは、どうなんッスかね。みう、センパイとコイビトになってもおんなじようなこと考えちゃう気がするッス」
「そういうものなのかなぁ」
信頼というものは、その人のすべてを信じることではたぶんなくて。
彼女は『私』を疑っているわけでも、信じられないわけでもないんだろう。
その不安はきっと、どちらかといえば彼女の内側から芽生えるものなのかもしれない。
「私、ね。みんなを選びたいんだ。みんなの大好きを、全部ほしいし、全部あげたい」
「あはは、センパイらしーッスね」
「そうかな。そうかも」
欲張りで自己中心的でどうしようもない私を、彼女はよく知っている。
彼女に限らずみんな、知っている。
「でも、もしそうなったとしても、みうちゃんはやっぱり不安なのかな」
「かもしれないッス。なんかもーしわけないッスね」
「ううん。不安なら、いくらでも安心させてあげる」
私は彼女に黒リルカを差し出した。
彼女はそれを受け入れて、もぞもぞと振り返る。
「今はまだ、こういうやり方しか知らないけど」
「ベンリすぎるのも考えものッスねー」
「お気に召さない?」
「そーゆーわけじゃないッスけど」
ちゅ、と触れる。
一度二度、続けて三度、もう一度。
「だってけっきょく、センパイが求めてくれないとダメなワケじゃないッスか」
「そうだね」
「フツーしないッスよ。こんなアブないこと」
彼女の言う通り、確かにこれはとても危ないことだ。
自分の身を差し出して全部をゆだねるだなんて、とてもまともなことじゃない。
「……いつか、シてくれなくなるかもしれないとは、おもうッス」
「まあ、あんまり健全なことでもないから……いつかは、単純に用済みになるかもしれないけど」
だけど、使いたくなくなるようなことはないと。
そう伝えると、彼女はふっと目を細める。
「それなんかさみしーッスね」
「されたいの? リルカ」
「……ぶっちゃけ?」
ちょびっとッスよ?
なんて冗談めかして笑いながら、彼女は私の首筋に鼻先を触れさせる。
かぷ、と甘く噛んで、それを受け入れる私を確かめるように、じぃと見つめる。
それを見つめ返しながら頭をなでると彼女は嬉しそうに頬骨を目立たせて、ぎゅっと体を密着させてくる。
「だってみうとセンパイって、やっぱこのカードがあったからこーなれたワケじゃないッスか」
「そうだね」
「だからなんか、やっぱトクベツッスよ」
私の特別を私のそばに引き寄せた、埒外のカード。
もしもこれがなかったら、今のようなことには絶対になっていなかっただろう。
そのとき隣にはだれがいるだろう―――だれがいないだろう。
思い巡らせば巡らすほど、今の状況がどこまでも恵まれたものだと実感できる。
だってみんながいる。
みんなでいるために悩める。
なんとも贅沢な悩みじゃないか。
「センパイ。みう、もっとしていッスか?」
「答える必要ある?」
私はもうすでに黒リルカを使っている。
そうでしょう?
と首をかしげて見せれば彼女は笑って。
そして、長い長い30分が始まるのだった。
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