第168話 手ごろな親友と強引で(1)
賢い姉さんにズルしないでもいいかもしれない方法を伝授されたので、さっそく実施してみることにする。
相談を、してみることにする。
といってもしょっぱなからあまり冒険をしたくなくて、私はそこら辺にいたアイを適当に捕まえて手ごろな空き教室に閉じこもった。
この学校って一回教室の管理見直したほうがいい気がする。
さておき。
「な、なによこんなところに連れ込んで……」
有無を言わさずに連れ込んだものだから、彼女はもじもじちらちらもじもじ……期待してるのか緊張してるのか知らないけど想像していることは恐らくしないんだ。
「まずは、はいこれ」
「……ふんっ」
私が黒リルカを取り出すと、彼女はわずかに頬を緩めながら抵抗もなく私を買った。
ずいぶんと調教が進んでいる気がしたけど今は本題じゃないのでスルー。
これはあくまでも、彼女優位で話をしたいという意思表示でしかない。
どきどきと擬音語が目に見えるような面持ちで私を待つ彼女にわずかな申し訳なさを感じながらも、私は本題に入る。
「あのねアイ。ちゃんと真面目に答えてほしいんだけど」
「な、なによ」
……なんでそこで顔を赤らめるんだろう。
なにを聞かれるつもりなんだこのムッツリは。っていうかあくまで主体はそっちのはずなんだけど。
まあ、とりあえず質問してみる。
「私誰かを選びたくないんだけど、どうすればいいと思う?」
「……なに言ってんのアンタ」
反応は極めて怪訝な表情だった。
さすがに説明が足りなさ過ぎたかもしれないと思ったから、ちょっと詳しく説明してみる。
「なに言ってんのアンタ……?」
眉根のひそめ具合が顕著に増した。
これはいわゆる理解不能というやつだろう。
それでも彼女は彼女なりに考えてくれて、やがて言った。
「それってつまり、全員と彼女になろうとかって考えてるわけ?」
「そうじゃないんだけどね」
「じゃあどうなるのよ」
「それはちょっとよく分からないんだけど……」
じゃあどうなるの、なんてこっちが聞きたい。
そして彼女も意味が分からない。
これでは相談なんてどうにもならなさそうだ。
どうしたものか……
うーむ。
「たとえば、だけど」
私は彼女の手を取って、つぃと引き寄せきゅっと抱く。
わずかな力でも進んで胸に飛び込んでくれる愛おしい彼女と腰を重ねて、可能な限りの愛情を乗せてそっと頬に口づけた。
ほんの少しだけその感触に浸ってからお返しをくれる彼女に、そして言う。
「私がこういうことをほかの誰かにするのって……イヤでしょ?」
「ヤなこと言うわね……そりゃいい気分じゃないわよ」
ぎゅ、と求められるままに身体を押し付ける。
当たり前の返答が憂鬱を肺に沈める。
重々しい吐息に気がつかれる前に、私は言葉をつづけた。
「でも私は、アイだけとこうすることを選ばないっていう、そういう道を選びたい」
「……」
「どうしたら、イヤじゃなくなる、かな……?」
自分で言っていてなんともひどい相談だ。
もう少しやりようはあった気がする。
それを考えてからにすべきだったと思う。
だけど口にしてしまったものは仕方がない。
うつむきそうになる顔を何とか上げて、私は一心に彼女を見た。
彼女はぶすっと不機嫌そうな表情でしばらく考え込む。
罵倒の語彙を棚から根こそぎ引っ張りだしているのかもしれないし、それとも私の脳を真剣に心配してくれているのかもしれない。
そう思うとみるみるしぼんでいく勇気をそれでもなんとか奮い立たせていられるギリギリで、彼女はようやく口を開いた。
「……ワタシはそんなのゼッタイにイヤね」
明確な拒絶。
くらりとくる、けど、彼女は言葉を続ける。
「でもアンタがしたいならしてみせればいいじゃない」
むぃ、と頬をサンドされて、むぃむぃむぃと弄ばれる。
したいならすればいい。
そう言う彼女の表情は呆れてはいたけど、諦めのような色はどこにも見えない。
「どうせアンタはするんでしょ。だったら文句言えないくらい満足させてみなさいっていう話よ! まったく……」
むぃむぃむぃ。
私が黒リルカによって大人しいからか、彼女は好き放題頬をいじってくる。
「アンタが殊勝に悩むなんてバカみたいじゃない!」
……もしかして。
これは、彼女なりの励ましなのだろうか。
私が悩んでいるということを理解して、私のしたいことを理解して、そしてその後押しをしてくれているのだろうか。
それとも単なる本音なのか。
―――どちらにせよ。
「
「へ」
彼女はさっき言った。
『文句言えないくらい満足させてみなさい』―――と。
それは私に対する命令だ。
そう認識した。
「アイはそれが、いいんだね」
彼女の口をふさいで壁に押し付ける。
もう指示の変更はできない。させない。
彼女の返答は、なるほどひとつの解答なのかもしれなかった。
他の人になんて関心を持てないくらいに徹底的に満たす。
それができるかどうかというのはさておいて、そんな強引な解決策もあるのかもしれない。
ひとりで考えていたときは思いつきもしない方法だ。
だってそもそも、そんな自信過剰になれやしない。
それほどまでに人を満たせるだなんて思いあがれない。
だけど彼女は言ったんだ。
そうしてみせろと挑戦的に。
「んー!むぅー!」
「暴れないでよ。―――乱暴にしたくなる」
「!」
びくっ、と身を震わせて縮こまる彼女。
だけどその瞳に、恐怖はない。
期待だ。
彼女は期待をしている。
ほんの少しの強引を。
だとすれば彼女を満たすために、それは致し方ないことなのだろう。
彼女の妙案が有効かどうか……試してみないとね。
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