第22話 ムッツリな親友と

からかい好きな担任教師にたっぷりと生徒指導してもらったおかげでメンタルゲージがずいぶんと削れている。

かといってそんなことで早退とかできる訳もなく、なんとか辛うじて机にしがみつくだけの午前だった。


それなりにダメージを自己回復できたとはいえ、今日は他の子とかにちょっかい出すのは厳しいなとそんなことを思っていたんだけど、私の思いがそのまま現実に反映されることはほぼないとそろそろ分かってきている。


「それで、またなにかおかしなことやったんじゃないでしょうねっ」

「うん。とりあえずそこ座ろ?」


昼休憩になるなり果敢に挑んできた親友をなだめつつ、机を向かい合わせてお弁当を広げる。

だけど話す前に食すつもりはないらしく、親友はなんとも厳めしい表情で追及してくる。


「なんで先生に呼び出されたのよ、それも朝っぱらから!」

「うん、まあ、ねえ」


私は周りにばれないようにリルカをチラ見せする。

するととたんに親友は怒りで顔を真っ赤にしてわなわなと震え出した。

どうやら私が性懲りもなく援助交際で問題を起こしたことが許せないらしい。


「て言っても、この件に関しては勘違いって分かってくれたから」

「疑われるようなことするのが悪いのよ!」

「ふぅん。……ね、それってどんなこと?」


私がリルカを差し出せば、彼女はがちっと硬直する。

顔の赤みがそのまま恥じらいに還元されてあうあうと口を開閉する。


「今度から気を付けられるように、教えてほしいな」

「ば、ばっかじゃないのこんなところで、」

「ほら、早くしないともっと噂広がっちゃうかも」

「~~~ッ!」


急かしてあげれば、親友は叩きつけるようにスマホを重ねた。

さっとリルカをしまうと、私は肘をついて彼女を見つめた。


「さあ、なにしてくれる?」

「な、なにもしないわよ」


問いかけてみると、彼女はそっぽを向いてしまう。

残念だけど今日はそれで逃がすつもりはなかった。


「ふぅん。でも私お金払ったんだから、ちゃんとご奉仕してくれないとずるくない?前回だって逃げちゃったでしょ」

「だっ、それは、だから、」

「ほら。私からは手を出さないから。そっちがシてよ。自分で考えて。ね?」

「ッ、性悪ッ!」

「なんとでも言えば?」


彼女の睨みつけをせせら笑う。

彼女相手だとこういう悪役ムーブがちょっと楽しい。

先生に好き放題やられてフラストレーションとかたまっているのかもしれない。


「ほら早くして」

「ぐ、ぐぐぐ」


さらに急かせば、彼女は唸りながらも椅子を移動させて隣に来た。

そしてなぜか肩を組んでくる。

肩を抱くとかではなく、肩を組む。

ついつい私も応えてしまった。


なんだこれ。


「な、なんか違うわよね、これ」

「ふふ。けっこう楽しいけど」

「そ、そう?」


私が笑うとまんざらでもない様子で照れ笑う。

おばかわいい。あとちょろかわいい。


「それで、このあとはどうしてくれるの?」

「えっ」

「えっ。って、まさかこんなので許すわけないでしょ?」


にんまりと笑って見せれば親友はおどおどと視線をさまよわせる。

まさか本気でこれだけでいいと思っていたんだろうか。

いいやそんなはずはない。

推定ムッツリの彼女にはきっと、もっとやりたいことがあるはず。

それを全力でからかうまではこのまま続けるとしよう。


「じゃ、じゃあ」


親友は今度は、ぺもっとほっぺたを重ねてくる。

これじゃあまだまだ物足りない。

私が静かに首を振ると、彼女はぐむむと唸る。


「へ、へんたい、ばか、サイテーよ」


思うままに罵声を吐き散らしながらおもむろに私のお弁当から唐揚げを一つ摘まみ上げると、彼女はそれを口元に持ってくる。

私は、わざわざ彼女の指ごと口に含む勢いでくらいついた。

ものすごい勢いで手を引く彼女が指を見つめてあわわわわとしているのを肴に唐揚げを食べる。

さすがは冷凍食品というべきか、お弁当に入ってると最高においしい。

けれどもちろんまだまだだ。


「ど、どどうすれば満足するっていうのよッ!」

「ふふふ。それは自分の胸に聞いてみたらいいんじゃないかな」

「む、むね……」


その単語だけでぽぽぽと頬を染める彼女は明らかにムッツリだ。

そろそろ本性をむき出してくれてもいいのに。


わくわくとして待っていると、彼女はぷるぷると震えだす。

もしかしてこれは危ないやつかもしれないと察して声をかける前に、彼女は勢いよく立ち上がった。そして私の両肩に手を置いて倒れ込んでくる。

とっさに対応できない私は椅子ごと後ろにぶっ倒れて強かに頭を打った。


視界がちかちかして。


そして次の瞬間、目の前には彼女の顔があった。

やわらかな感触が口元に触れていて。


そして口内を満たす―――血の味。


ちょっとこれは予想外だった。

熱烈すぎじゃあないだろうかちょっと。


「っ、ぅ……ど、どうよこれなら―――って大丈夫!?やだっ、死なないでッ!」


私の口から血が零れているのを見た彼女が悲鳴を上げて胸に縋り付いてくる。

私の親友情緒どうなってるんだろう。

これもリルカのせいとか言わないかな。

リルカって感情を増幅させる機能とかついてない?大丈夫?ちょっと不安になってくるよ?

いやでもよく考えたらこいつは結構普段からこんな感じだったかもしれない。

勘違いと思い込みの激しい自走式ハプニング誘発装置。


かわいいけどもちょっと心配だよ。


「いや死なない死なない。ティッシュとってティッシュ」


うかつに立ち上がると血が垂れてひどいことになりそうだったから寝ころんだままティッシュを所望する。

彼女はすぐに身体をまさぐって顔を青ざめた。


「は、ハンカチしかないわ!こここれで拭きなさい!」

「えっ、いや汚れちゃうから向こうのむぐふ」


別に教室備え付けのティッシュでいいと言おうとした口が強引に布地でふさがれる。

彼女のハンカチはタオル地だから、がっつり血液を吸い取ってみるみる染まっていってしまう。

もうしわけなく思いつつも、もしかして窒息させようとしてる?って思うくらい強く押し付けられては無理に払うのも難しい。

されるがままに口元を拭われて、口の周りに血の感触が広がった。

パニックになる彼女をなんとかぽんぽんとなだめて、埒が明かないから水道で口をゆすぐ。


ついてきた親友が流しに生まれる血の池に倒れそうになるのを支えながらくちゅくちゅぺっぺと繰り返して、なんとか血の味がなくなったところで一息つく。


「だ、だだだだいじょうぶ!?」

「大丈夫だから。なんともないって。ほら」


にっこりと笑ってみせる。

傷が広がって血がにじんだせいで彼女は青ざめた。

これはひどい。


あわあわとする彼女は見ていて面白かったけど、もとはと言えば私が変に煽ったことでこうなっているのだと思うと申し訳なくも感じた。


だから私は、今度は自分から彼女とキスをした。


さっきはあまりの勢いのせいで、たぶん歯かなにかで唇を切られてしまったようだった。

だから今度は優しく慎重に、彼女のやわらかな唇を味わうようにゆっくりと。


それだけで簡単に硬直した彼女にホッとする。

とりあえずは落ち着いて(?)くれたみたいだ。


―――え、待っていま私、親友とキスした?


唐突に我に返ってしまい血の気が引いていく。

止血できた、とかそんな冗句を弄ぶ余裕さえない。


リルカを使った状況下で、親友と、キスを。


屋上の不良とするキスとは意味合いが違う。

だって彼女は親友で、ほんとはそんなことするはずじゃなくて、いやそれは誰にとっても同じことだけど、でもこんなふうに、こんな冗談みたいに軽率にしていい行為なんかじゃないのに。

彼女とは、こんなことしたくなかったのに。


あっ。


と思う間さえない。


「ば、ばかぁああああ!」


わぁっ!と泣きながら去って行ってしまった彼女があっという間に見えなくなる。

戻ってきたのは昼休憩の終わりがけ。

それ以降ちらちらと熱っぽい視線を向けてくる彼女を私は上手く直視できなかった。


取り返しのつかないことをしてしまったことだけは分かる。


……どうしよう、これ。

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