第11話 生徒想いの担任教師と

正義感の強い親友を堕としてひとまずは事なきを得たとはいえ、私が援交お姉さんだという噂は留まることを知らないらしい。


それはどうやら教師の耳にまで入っていたようで、私はついに担任の先生にまで呼び出されていた。


生徒指導室でふたりきり、強面の先生を前にするとさすがに緊張する。

といっても先生は頭ごなしに叱るようなタイプではない。だからこそ恐ろしいというのは、まあ、正直あるけど。


しばらく沈黙に苛まれる。

先生は腕を組んだまま指をとんとんして、なんと言おうか考えているようだった。


やがて先生は、難しい表情をしたまま口を開いた。


「島波。私はお前に関して、あまりよろしくない噂を聞いている」

「はい。心当たりはあります」

「そうか……一応齟齬のないようにすり合わせよう。私の聞いた噂は、お前が学内の女子と―――援助交際を、行っているというものだ。相違ないか」


先生の鋭い視線が私を射抜く。

どんな嘘も許さないという気迫があった。

もちろん、初めから嘘をつくつもりはない。


ただどうしても聞きたくて、私は問いかけに問いかけで返した。


「先生は、その噂をどう思っていますか」

「……信じられない、と思っているよ。お前は品行方正という訳ではないが、物事の分別はつく方だ」


先生にそう言われると、心底嬉しい。

先生は嘘やおべっかを言うタイプでもないし、生徒のことをよく見てくれていると思う。

つい表情を緩める私を見てなんと思ったのか、先生は疑いとは違う力強い視線を私に向けた。


また・・なにもできないままでいるつもりはない。島波。私を信用して、事実を話してくれないか」


また。


それは多分、いまもきっと屋上にいる彼女のことを言っているのだろう。

おなじようなことが起きていると、先生はそう思っているんだ。


私は先生の熱い言葉を受け止めて、笑った。


―――リルカを差し出す。


「先生。残念ですけど、それ、ほんとですよ」

「ッ!」


自分がひどく醜い笑みを浮かべている自覚があった。

信念と信用で接しようとしてくれる先生を根底から裏切る快感はすさまじいものだった。


パイプ椅子を持って、表情を険しくして睨みつけてくる先生の側に回り込む。

隣り合ってみても、先生は、まだ私が冗談だとか嘘だとか言うのを待っているようだった。


そんなわけがないと、私はリルカでとんとんと軽く机を叩く。


「先生。ほら。買われてください?教え子に、教師が」

「……島波。なぜそんなことをする」

「そんなこと、あえて尋ねる必要あります?」


馬鹿にしたように笑って見せれば、先生はさらに視線を鋭くした。


どんな感情を抱いていても、私がリルカを出せば拒むことはできない。

先生は私を睨みつけながら、お尻のポケットからスマホを取り出してリルカに重ねる。


私は笑って、先生のブラウスのボタンを一つ外す。

中にインナーを着ているからブラは見えないけど、いつもきっちりと着こなす先生がそうやって着崩しているだけでも背徳感が凄い。


とりあえず服はそれくらいで満足して、私は向こう側に置いてあるカバンを足で引き寄せる。


「私、先生と個人授業がしたいなって、ずぅっとそう思ってたんですよ」


女子高にでも赴任したらきっととんでもない反響がありそうな、凛々しい先生。

なんというか、男みたいな格好良さとはまた違った女性の格好よさを極めたみたいな容姿で、しかも生徒思いの上に、クールに熱血。

そんな先生との個人授業だなんて、妄想が捗って仕方がない。


怖い顔でじっと私を睨み続ける先生に見せつけるように、私は教材・・を取り出した。

わざわざ先生と個人授業をするのだから、教科は決まっている。


―――数学だ。


先生の担当教科だし。


「二年になってから数Ⅱがほんと苦手になっちゃいまして」


そう言って青チャートとノートを広げると、先生は明らかに戸惑ったようだった。

くすっと笑って、私は先生に身を寄せる。


「証明問題って意味分からないんですよね……や、なんとなくやることは分からないでもないんですけど……」


そんな言葉を独り言にされつつも、果敢に問題に挑んでみる。

あっさりと詰まってむむむと考え込んでいると、先生はようやく口を開いた。


「島波。ひとつだけ、きいてもいいか」

「えぇー。先生教えてくれる側じゃないんですかぁー……ま、いいですよ。なんですか?」

「お前は、不特定多数の相手と性行為に及んだりはしていないな?」


質問と言いつつ、先生は色々と察しているようだった。

にしてもあまりにも直球過ぎてついつい吹き出してしまう。

けほけほとせき込む私を見て納得したのか、次に顔を向けると先生はすこしだけ笑みを浮かべていた。

とりあえず冗談が過ぎて嫌われるようなことにはならなくてホッとしていると、先生は私の肩に手を回してぐいっと引き寄せてくる。


先生の熱が触れる。


あまり目立たないはずの先生のふくらみが、左肩辺りで妙に存在感を示している。

まさか先生はブラトップ族……?バカな、あのきっちりしている先生がそんな……。


戦慄する私にさらに追い打ちをかけるように、先生は耳の上あたりへと口づけをするように顔を寄せる。

いい匂いする。なんだこれ。


ひぇえひぇえと怯える私に、先生はいい声で囁いた。


「教師をからかった罰だ。じっくりと教えてやる」

「ぁ、のえっと、え、もしかして私やらしいことされます?」


先生はにこりと笑った。

あっるぇ、否定されないぞおかしいなぁ。


……え?

マジのやつ?え?


「さて。島波、見たところお前は問題理解はできているようだがそも数Ⅰの分野で―――」


どきどきする私に対して、まったく気にした様子なく数学のレクチャーを始める先生。

その内容は普通に私の『できない』を見据えたもので、するするとなっとくできる。


なんだ考えすぎかと安堵したのもつかの間、様子がおかしいことに気がついた。

なにせ先生は意味もなく耳元で囁いてみたり、なんにもしてませんっていう顔で急にペンを持っていない方の手に指を絡めてきたりする。


なんだこれ。

教師であるという強力なリミッターをリルカによって強引に取っ払ったこれが結果なのだろうか。

さっきまで教え子の援助交際疑惑に真っ向から立ち向かおうとしていた聖職者のやることなんですかこれが、とか考えることもできない。


やゔぁい。


声がいい。

匂いもいい。

そもそも顔がよすぎる。

っていうか近い。

ぬくいしこしょばい。

あと指ほっそ。

え、待ってこの人結婚指輪なんてつけながらこんなことしてるんですけど……?

しかもよく見たら爪すごいきれい……短いな……いや考えたらいけない。

この指で奥さんを、とか考えたら本格的にまずい。

そんな指でいまめっちゃ、あ゛っ、そんなにぎにぎしたら、あぁ~!

っていうかなんか、ほんと近くないですか?

ほぼ抱かれてる。

これは実質やらしいことなのでは……?

援交で不倫とかそれ名状しがたいレベルのインモラルなのでは?????

なのに先生表情ひとつ変えないし、え?なに、これがデフォルトなの?パーソナルスペースの単位入力し間違えてないですか……?

数学と向き合いすぎて数値の実感失ってません?


―――うん。


死ぬほど集中できない。


先生の個人授業やばい。


こんなんリピーターにならざるを得ない。

大人の魅力ってこわいよぉ……。

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