第3話 嫌われ者の不良と
うちのクラスには分かりやすい不良がいる。
学校にはいつも遅刻して、制服を着崩して、授業中は爆睡かスマホを弄っているばかり。
髪はアッシュグレーで段差に刈りあげて、目には空色のカラコン、耳には厳めしいピアスが突き刺さっている。
敬語を使っているところも見たことはないし、むしろ言動は粗暴だ。
そのわりに学校をさぼったりもしないし、成績はまずまずいいし、口が悪いのはいつものことでもだれかを脅したりいじめたりなんかするようすもない。
悪人ではなくて、
ただ、その悪目立ちのせいで、どこそこでおじさん(おばさん)とラブホに入るのを見かけただとか、金を払えばだれでも抱くとか、そんなくだらない噂を立てられていたりする。
まったく、どっちのほうが悪なんだか。
おかげで友達だと思っていた数人を切ってしまうことになった。とはいえ、それ以上になにか具体的なことをするでもない私も、人のことは言えないけど。
さておき。
リルカを使って地味な女の子を好き放題に鳴かせた満足がそろそろ消化されつつある。
だからこんどは、そんな不良を買ってみることにした。
彼女は休憩時間なんかは、古の不良がみんなそうであるように屋上でのんびりしている。
紫煙が立ち上っていたのを目にしたとかではなく、以前気になって尾行したときに知ったことだ。
案の定、今日も彼女は屋上にいた。
フェンスによりかかって、昼食に薄皮を売りにしたクリームパンを食べている。お供は苺ミルクだ。
彼女はどうやら甘党らしい。
近付く私へと怪訝な視線を向けてくる彼女に、私は挨拶も早々にリルカを差し出した。
するとたちまち彼女は視線に軽蔑を乗せて頬をひしゃげさせた。
すこし寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
言葉もなくスマホで契約を交わした彼女は、私の腕をつかんでフェンスに押し付ける。
噛みつくように近づく唇を、人差し指で受け止めた。
「おあずけ」
なにせ彼女は顔がいい。
驚きやらときめきやらで内心どきどきしていることをなんとか隠して、にっこりと笑って見せる。
胡乱な視線を向けてくる彼女からするりと抜け出して、私はハンカチを敷いて座り込んだ。
そして持っていたお弁当を開きつつ、彼女を隣に誘う。
戸惑いながらも、彼女は同じくハンカチを敷いてその上にあぐらをかいた。
とてもファンシーなワンちゃんのハンカチだ。
よくもまあこんな彼女をワルだなどと呼べる。
なんだかおもしろくてくすくす笑うと、彼女はむすっとして睨みつけてくる。
「なんのつもりだよ」
「なんのって、おべんと。しっかり授業きいてるからお腹空いちゃうんだよ」
「はあ?わけわかんねえよ」
「ひとりで食べてても味気ないでしょ」
私が言うと、とたんに彼女は表情を変える。
箸を持つ手を捻りあげて、彼女は吐息が触れるほどに顔を近づけてきた。
くい、と顎を持ち上げられて、見下される。
「てめぇ、同情なんてしてんじゃねえよ。オレを買ったんだろぉが、てめえは」
憎しみさえこもった視線だった。
唇が近かったので重ねてみた。
「は、あ?」
「はい、これで満足?」
唖然として力の抜ける彼女の拘束から抜け出す。
箸とお弁当を脇において、彼女の頭を膝の上に誘った。
まだ復活できていない彼女を見下ろしてにっこり笑う。
「ちなみに今のファーストキスだったりして」
「ばっ、おまっ、そんなもん軽率にしてんじゃねーよ!」
「だってえっちなことしないと満足できないんでしょ?」
「人をビッチみたいに言うんじゃねえッ!」
きゃんきゃん吼える彼女はちょっとかわいい。
くすくすと笑い声をこぼすと、彼女はわけが分からないといった様子で顔を覆った。
「なんなんだよおまえ」
「なんでもいいでしょ。私はあなたを買ったんだから」
「……なんだそれ」
なでなでしてみると、ぴくりと震えはしたものの、受け入れられる。
彼女の髪はすこし硬くて、さらさらとは言い難い。
だけどこんな風にされるがままになっている彼女が面白くて、どれだけなでても飽きがこなかった。
そうしていると、彼女はぽつりとつぶやいた。
「―――ぐうぜん、聞いちまったんだよ」
彼女はずっと顔を覆っていた手をどかして、だけどやっぱり気恥ずかしいのかごろりと寝返りを打った。
お腹に吐息がしみ込んで、ちょっと変な気持ちになる。
かと思えば慌てて反対を向いたから、すこしだけ安心した。
そうしてほっと一息ついてから、彼女は言葉を続けた。
「おまえがさ……噂なんかくだらねえって、面と向かって言ってるとこ」
彼女の言葉が、すこしだけ気恥ずかしい。
けっこう前のことだ。そう言って何人かと絶縁した。特に後悔はしていない。
けど、まさか本人に見られているとは。
頬をかいていると、彼女は私を見上げた。
からかうような、馬鹿にするような、だけど、とてもやさしい笑みだ。
「まさかこんな意味わかんねーやつだったとは思わなかったぜ」
「ひどいなぁ」
ふたりで笑いあう。
彼女の喉の奥でくっくっという特徴的な笑い方がかわいい。でも、いつか声を上げて笑うところを見てみたいとも思う。
そんな思いで見下ろしていると、彼女の手が私の頬に触れた。
するりと密着して、親指が唇をなぞる。
「……アタシもハジメテだかんな」
「、へぇ。意外だね」
「お。なんだ、そんな顔もできんじゃん」
どんな顔をしているんだろう。
そう問いかけてみたくもあったけど、なにかが変わってしまいそうだからやめた。
彼女はそれを残念に思うだろうか。それとも、ほっとするのだろうか。
私はお弁当から卵焼きをひと切れ彼女に差し出す。
ぱくりとためらいなく受け取った彼女はもぐもぐと美味しそうに食べて、それから変に真面目くさって言った。
「甘さが足りねぇな」
「あはは。今度は甘いヤツにするね」
そう言うと彼女はただ鼻を鳴らして、ごろりと寝返りを打った。
恥ずかしがり屋なのか面倒くさがりなのか、ちゃんとした言葉はくれないのかな。
まあでも、拒まれていたりはしないみたいだけど。
なんてことを考えつつ。
のんびり過ごしていると30分なんてあっという間に過ぎてしまって。
なんとなく具体的なあいさつの言葉を見つけられないまま、その場を後にしようとする私に。
別れ際に、またな、と。
彼女がそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。
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