第2話 地味な図書委員と

リルカを使って姉さんと寝た。

けど、もちろんそれだけのためにリルカを手にしたわけじゃない。

次の相手を誰にするかというのは、これが届く以前から目星をつけていた。


彼女は図書室にいる。


私はよく学校の図書室を利用する。

本を読むのは好きだったから。

そのときからなんとなく惹かれるものはあったんだ。

人と話すときはおどおどと落ち着かないようすなのに、本を読むときはとても表情豊かなところとか。

恥ずかしがり屋なのに、なるべく目を見て話そうとしてくれるところとか。

あとは、とっても、キレイな声をしているところとか。


放課後の人気のない図書室で、私はカウンターに座る彼女のもとへと向かった。

そして借りていくつもりの本といっしょに、リルカを彼女へと差し出す。

図書委員である彼女は気にせず本を手に取ろうとして、カードに気がつくと不思議そうに私を見上げた。


「あの、わたし、ですか……?」

「うん。貸し出してるよね」


にこやかに笑って見せれば、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

どうして私なんかに、とぼそぼそこぼれる独り言に、心のなかで私は笑った。


あなただからこそ、なんだ。

目立たない地味な化粧と、度の強い眼鏡。

まるきり地味な図書委員という偏見そのままみたいな彼女がウリをするからこそ、逆に興奮してしまうんだ。


「でも、その、」

「30分でいいから。ね?」


戸惑い、拒もうとする彼女だけど、このカードはぜったいだ。

強引に迫り続ければ、ついには彼女は震える手でスマホを差し出して、ぴぴ、と私に買われた。


これで彼女の30分は私のものだ。


私はカウンターの裏に回りこんで、彼女とイスを並べて座った。

それだけでぴくっと震えて縮こまってしまう彼女の耳元で囁く。


「これからなにされちゃうか、分かる?」

「ッ、ぅ、」


きゅうとこぶしを握ってぷるぷるする彼女は哀れで、かわいい。

ずぅっとこうしてからかっていたいとも思えたけど、彼女をあまり怖がらせたくはなかった。

冗談だよ、と耳介を揺らし、私はさっき借りた本を彼女に差し出す。


「ねえ、これ、音読してみてくれない?」

「おん、どく、?」

「そう。私、あなたの声が好きなの。ゆっくり聞いてみたいなって」

「わ、わかりました」


おかしなことをされないうちにと、彼女はいそいで本を開く。

そしてちらちら私を気にしながら、彼女はゆっくりと文字を舌に躍らせる。


彼女の声は、とても静かで、驚くほどに棘がない。

まるで詩の流体みたいにするりと入り込んで、じわりとしみ込むみたいな、そんな声だ。

普段はほんの貸し借りくらいでしか聞かないその声を、いまは私が独占している。


うっとりと聞き入っていると、彼女は急に言葉に詰まって、本から顔をそむけてしまう。

のぞき込もうとしても、彼女は必死に私の顔を見ないようにする。


「どうか、した?」

「あ、の、は、はずかしくて」


ちらりと私を見て、かと思えばまたすばやく顔をそむける。

もしかして、ずぅっと見つめていたのが恥ずかしいんだろうか。


いたずら心が、むくりむくりと湧き上がってくる。


本を手に取って、無理やり彼女の前に見せつけた。

これ以上逃さないようにと、耳元に顔を寄せる。


「ほぅら、読んで?お金、もうもらっちゃったんだよ」

「ぅ、」


じっさいに身売りしたという事実を引き合いに出せば彼女は拒めず、震える声で、また文字を追う。


「ふふ。かわいい」

「や、やめてください……」

「声だけじゃないよ。恥ずかしがってるところも、とってもかわいい」

「うぅ、」


必死に文字を追う彼女に、かわいい、かわいいと、なんどもささやいた。

言われ慣れていないようで、彼女はそのたびに身体を弾ませてしまう。

まともに読めなくて、声が裏返ったり、舌が絡まったりする、

そんなところも、また、かわいい。


けっきょく30分かけて、なんとか1ページ読み終えた。

ようやく解放された彼女がくったりとカウンターに突っ伏すその耳元で、私は最後にささやく。


「また今度、続きからね」


答えは待たず、そもそも求めてなどいない。

彼女がなんと言おうと私はまたここに来る。

だから私はさっさと図書室を後にして。


「……はい」


と扉を閉める寸前に聞こえてきた声に、私の頬はこれ以上ないほどつり上がった。

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