第三百三十三話 英雄クロームウェルの過去

魔王カールを倒した俺達は、そのままルフトル王国へとやって来てセシリア女王に報告を行っていた。

「エルレイ、今回は無理を言って申し訳ありませんでした」

「いいえ、僕としてもカールを放置する事はできませんでしたので、お気になさらないで下さい」

セシリア女王は俺達が無事に帰って来た事を喜びつつも、申し訳なさそうにしていた。

結婚式を控えた大事な時期だったとはいえ、フィアコーネ大陸に行けた事はとても良かったと思う。

当分行く事は無いとは思うが、余裕が出来たらまた行ってみたいとは思う。


セシリア女王に報告を終え、カミーユの所にも行ってロレーナが無事に帰って来た事を知らせた後、リアネ城へと帰って来た。

フィアコーネ大陸に行ったのは一日だけだったが、俺はかなり疲弊していた…。

それもそのはず、昨日はフィアコーネ大陸まで飛び、そして今日はカールと戦い、休む間もなく帰って来たのだからな。

出迎えてくれたアドルフには明日報告すると言い残して自室に戻り、和室で横になった…。


畳の上で目を瞑ると、カールの最後の姿が蘇って来る。

「最後の願いか…」

俺には、カールの願いを叶えてやる事は出来ない。

しかし、カールが行っていた事も理解は出来る。

フィアコーネ大陸には魔物がいて、魔物を専門に狩る人達もいるのだろう。

人と魔物にはお互いの生活圏があり、それを侵せばお互いに攻撃し合うだろう。

いや、人は自らの意思や欲望によって、魔物達の生活圏に踏み込んで行くのだ。

俺も勇者の時、魔物を見つければ人を襲う脅威として女子供も関係なく排除して来た。

カールに言われなければ、それが悪だとは思いもしなかった…。

何て非道な行いをしてきた事かと、かなり落ち込んでしまっている。

魔物を守る事は簡単ではないだろう。

カールがやろうとしていた様に、人を全滅させるしか守る方法は無いのかも知れない。

俺がフィアコーネ大陸の支配者であれば、人を侵入させない魔物達の楽園を作る事も可能だろう。

どう考えても今の俺では、カールの願いを叶えてやる事は出来そうにない…。


「エルレイ、リゼから話を聞いたわ。出来もしない事を悩んでいても仕方ないわよ!」

「そうなんだけどな…」

ルリアが寝ている俺の頭上から声をかけて来た。

ルリアに言われずとも、俺が何も出来ないのは分かっている。

分かっているが、考えられずにはいられないんだよな…。

今目を開ければルリアのパンツが見えるかもしれないが、間違いなく踏みつけられるのでそんな危険な事はしない…。


「ごふっ!」

「ほら起きなさい!もうすぐ夕食よ!」

目を開けなくとも、ルリアにお腹を踏みつけられた…。

いつまでもこうしている訳にもいかないし、皆にも心配かけるからな。

俺は痛むお腹を押さえながら、上半身だけ体を起こした。

すると、テーブルの席に座っている皆が俺の方を心配そうに見ていてくれた。

ルリアからお腹を踏まれたから心配しているのでは無い。

カールとの戦いが終わってから、ずっと考えこんでいる俺を心配してくれているのだ。

リゼが皆にも話したのだろうから、今更説明する必要はないな。

今の俺に出来る事があるとすれば、グールから話を聞く事ぐらいだろう。

俺は懐からグールを取り出し、テーブルの上に置いた。


「グール、聞きたい事がある」

「マスターの聞きたい事は予想がついてるぜ!」

「分かっているなら話が早い、クロームウェルがローアライズ大陸から魔物を排除した理由を教えてくて」

「了解したぜ」

グールは皆の関心が集まる中、クロームウェルの事を話し始めてくれた。


「俺様の中には、クロームウェルが生まれた時からの記憶が残されているぜ。

クロームウェルはマスターと同様に幼い頃から魔法に優れ、将来は大魔法使いに成るだろうと周囲からも認められる存在だったんだぜ。

しかし、マスターと違う所は、この前倒したカールと同じように、魔法使いに剣術は不要だと言い一切手を出していなかった所だ。

その当時はそれが普通で、周囲もクロームウェルに剣術を教える様な事はしなかったんだぜ。

そして、クロームウェルが成人した後、魔法使いとして冒険者となったぜ。

冒険者とは、魔物の住む危険な場所に入って行き、人が住める場所や生活に必要な素材を集める者達の事だぜ。

クロームウェルは優れた魔法使いであったが、一人で危険な場所には行けないので、同年代の仲間とパーティーを組んで挑む事になったんだぜ。

クロームウェルのパーティーは順調に活躍して行き、数多くの未踏な地を制覇して行ったぜ。

順調なのはそれだけでは無く、パーティーの仲間だった剣士シャローラとも恋仲になっていたぜ。

二人は冒険の合間に愛をはぐくんで行き、結婚の約束までしていたぜ。

しかし、結婚を目前に控えたその時、村や町を襲う魔物の討伐を受ける事となったんだぜ。

魔物はとても強く苦戦を強いられたが、最後まで魔物と戦い続けて魔物を倒す事が出来たぜ。

しかし、クロームウェル以外の仲間は全滅、当然シャローラも亡くなってしまったんだぜ。

クロームウェルは愛するシャローラと仲間達を喪った事で冒険者を引退し、家に引きこもった生活を送ったぜ。

当初はシャローラを喪った悲しみに暮れた日々を過ごしていたが、徐々にそれが魔物に対する憎悪へと変わって行ったぜ。

シャローラを喪ってから三年後、クロームウェルは魔物を殲滅するために立ち上がったんだぜ。

それから毎日魔法の研究と剣術の鍛錬に励み、研究費を稼ぐために、国やお金を持った貴族や商人相手に様々な物を作って行ったぜ。

そして三十五年後に俺様を作る事に成功し、ローアライズ大陸から魔物を排除する事に成功したんだぜ。

目的を果たしたクロームウェルは、魔物がまた出現した際に必要になるだろうと、俺様に自分の記憶を全て移して死んだんだぜ。

これが、俺様の中にクロームウェルの記憶がある理由だぜ!

もしマスターが望むなら、俺様はフィアコーネ大陸の魔物を排除する事は可能だが、マスターはそれは望まねーよな?」


「そうだな…」

「残念だぜ!それと、俺様の元になった剣は、シャローラが使っていた剣だぜ!」

グールはそう言うと、今まで見たことが無い両手剣へと変化した。

「普通の剣ね…」

「うん、かなり丈夫そうだが、特別に良い剣という事ではなさそうだな…」

「重そうだよね!僕では振れそうにないかな」

「重い…」

「無理…」

リディアとミディアがグールを持ち上げようとしていたが、二人がかりでも持ち上げられなかった。

俺も試しに持って見たが、かなり重くてこの剣で戦う事は出来ないだろう。

勇者時には、俺も格好つけて両手剣を振り回していたが、今は両手剣を使おうとは思わないな…。

ルリアとエレオノラも興味本位で持ち上げていたが、振り回す事は出来ないだろう。

でも、これくらい重くて丈夫な剣で無いと、硬い表皮を持つ魔物とは戦えないからな。

グールを作るのにシャローラの剣を使ったくらいなので、クロームウェルがシャローラを愛していた事は十分理解できた。


考えたくは無いが、俺もクロームウェルと同じ状況になったら魔物を殲滅したかもしれない…。

自惚れてはいないが、それが出来るだけの実力は備えていると思う。

そんな事にならない様に、ルリア達を守り続けて行かないといけない。


「それでエルレイ、考えは決まったのかしら?」

「そうだな…カールの願いを叶えてはやれないし、クロームウェルの様な事もしないと約束するよ」

「それでいいと思うわよ」

「エルレイさん、私もそう思います」

「お姉ちゃんは良く分からないけど、エルレイが決めたのならそれで良いんじゃない?」

「わ、私も良いと思うのじゃ」

「私は優しいエルレイが好きよ」

「私はエルさんの思いに従うだけですわ」

「僕も良いと思う。けど、魔物とはまた戦いに行きたいね!」

「エルちゃんに」

「レイちゃんに」

「「従う」」

「「「「「私達はエルレイ様に従います」」」」」

「ありがとう」

カールには申し訳ないが、願いを叶えてあげる事は出来ない。

しかし、遠い将来には何か行動に移したいとは思っている。

だがそれは、カールの願いに沿ったものにはならないかも知れない。

俺は人側だから、魔物を完全に守る事など出来ない。

カールの様に、魔王になる事など出来ないのだからな。

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