第二百八十三話 財務卿ヒューイットの希望
≪ヒューイット視点≫
リースレイア王国は、ミスクール帝国の侵攻を受けて大混乱に陥っていた。
いいや、大混乱に陥っているのは城内だけで、多くの者達が大慌てで行き交っていた。
そんな中、私は国王に呼び出されて悠々と一人で城の廊下を歩いていた。
ミスクール帝国の侵攻は想定内の出来事で、今更慌てる事では無いからだ。
国境付近のネマランス砦には既に軍が配置済みで、今の所侵攻を食い止められている。
例の魔石の対策も魔剣開発部ガロが軍に伝えたので、今の所兵士が魔物になったという報告は上がって来ていない。
しかし、相手はミスクール帝国。
そう長くは持ちこたえられないと、アンドレアルス第一魔剣軍団長から本音を聞かされている。
私の役目は、隣国キュロクバーラ王国かソートマス王国の英雄の生まれ変わりに協力を要請するよう、国王を説得するだけだ。
私は気持ちを落ち着かせるために足を止め、窓から遠くに見える城下町の様子を見た。
王都アルレイアは私の生まれ育った場所でもあり、多くの知り合いが生活している場所でもある。
国王の事はあまり好きではないが、私は王都アルレイアを守らなければならない。
覚悟を決め、国王の下へと向かって行った。
「ヒューイット、何をしておったのだ!」
国王は私を見るなり、来るのが遅いと怒鳴り散らして来た。
気持ちは分からないでもないが、私は財務卿であり、そこで余裕の表情を見せている軍務卿とは役目が違うはず。
「資料をまとめていたため少々時間が掛かり、誠に申し訳ございませんでした」
「そうか、現状は把握しておるな?」
「はい、ミスクール帝国軍は我が国に侵攻を開始し、ネマランス砦に迫ってきております。
幸いな事に、軍務卿が軍事演習をネマランス砦付近で行わせておりましたので、現状での守りは完璧かと思います」
「うむ、その通りであるな!」
国王は表情が和らぎ、軍務卿は私の手柄だと自慢げな表情を見せていた。
「ヒューイット、ジョナルド軍務卿と話し合ったのだが、ネマランス砦から出て攻勢をかけて見てはどうかと考えておる。
お主の意見を聞きたい」
「お待ちください!それは流石に無謀すぎます!」
国王の提案に、様々な負の感情が沸き上がって来そうになった。
それを何をか抑え込み、必死に冷静さを保とうとした…。
「無謀か?ヒューイットも知っての通り、我が軍は魔剣部隊で構成されておる。
砦に籠っていては、実力の半分も出せないであろう」
国王の言う通り、我が軍は魔剣部隊で構成されていて、守勢より攻勢を得意としている。
だが、相手は大軍を所持しているミスクール帝国だ。
ここは苦手でも被害を抑えるために、守勢の徹するしかない。
「国王陛下の仰る通りですが、相手は魔道兵器を大量に保持しているミスクール帝国軍です!
迂闊に砦から出て行っては、魔道兵器の餌食となってしまいます」
「ふむ、それではいつまで経っても追い返せぬではないのか?」
「その通りですが、現状では守りに徹するしかありません!
そして、守れている間に、私達が行動しなくてはなりません!」
「その行動とは?」
「私は国王陛下に、キュロクバーラ王国とソートマス王国に同盟、もしくは共闘を申し込むべきだと進言いたします」
「なんだと!キュロクバーラ王国は我が国の敵なのだぞ!
それにソートマス王国とは隣接もしておらぬのに、まったく意味が分からん!」
私の進言に対して、異常な反応を見せたのは軍務卿だった。
国王も軍務卿の反論に頷いている…。
この二人は、我が国を取り巻く状況が全く見えてない様子だ。
キュロクバーラ王国は敵国であり、過去に幾度となく国境付近で小競り合いをし続けて来た。
しかし、キュロクバーラ王国にはミスクール帝国とラウニスカ王国と言う強国に挟まれていて、こちらに積極的に侵攻する余裕が無かった。
つまり、こちらが一方的に敵国だと思っているだけで、キュロクバーラ王国には相手にされていないだけだ。
キュロクバーラ王国が持つグリフォン部隊は、ミスクール帝国でも易々と侵攻出来ない程精強だ。
我が国自慢の魔剣部隊をもってしても、上空を高速で飛び、高威力の魔法を撃ち込んでくるグリフォンに敵わない。
キュロクバーラ王国がその気になれば、手薄になった我が国など簡単に攻め滅ぼせるだろう。
しかし、ミスクール帝国が目を光らせているうちは、キュロクバーラ王国も余裕は無いはず。
ここは、両国にとって共通の敵であるミスクール帝国を叩くと言う事で、手を組む唯一の機会なのだ。
それが出来なければ、我が国は滅びの道を辿るのは目に見えている。
何としても二人を説得しなくてはならないと、両手を拳を握り力を込めた。
「軍務卿、ラウニスカ王国を滅ぼしたキュロクバーラ王国は、ミスクール帝国と同様に我が王国にとっての脅威なのはご存じのはず」
「うむ」
「我が王国はその二国に挟まれており、現在ミスクール帝国に攻め込まれている状況です。
この状況で、キュロクバーラ王国をも敵国だと言い張れば、守りが手薄になったキュロクバーラ王国側から侵攻を許し、王都アルレイアまで無抵抗のまま攻め込まれます」
「ぐっ、むむむ…」
「ですので、ここはこちらが下手に出てキュロクバーラ王国と手を組み、共通の敵であるミスクール帝国に対抗するしか無いのです。
それとソートマス王国ですが、キュロクバーラ王国が我が国との協力を拒んできた場合の保険です。
ソートマス王国とキュロクバーラ王国は同盟関係にあります。
我が王国がソートマス王国と同盟関係になれば、キュロクバーラ王国は我が王国に攻め込んでくることが出来なくなります。
何故なら、ソートマス王国と同盟関係を築ければ、英雄の生まれ変わりと言われる魔法使いを我が王国に送り込んでもらう事が可能になるからです。
キュロクバーラ王国も、英雄の生まれ変わりをソートマス王国から借り受け、ラウニスカ王国を滅亡させております。
ソートマス王国には大金を支払う事になってしまうかもしれませんが、我が王国が滅ぶよりかはましです」
国王は眉間にしわを寄せて考え込み、軍務卿は唸り続けていた…。
「即断できぬ。しばし考える時間が欲しい…」
「はい、御英断お待ちしております」
国王は退出していった。
あの様子では、数日間は悩み続けるかも知れない。
国王がいつ決断してもいいように、飛行魔法が使える使者の手配をしておこう。
数日後、事態は私の予想外の展開で一気に進む事になった。
なんと、キュロクバーラ王国側から共闘の申し込みがあったからだ。
私は歓喜し、さっそく国王の下へと向かって行くと、厳しい表情をした国王と軍務卿に出迎えられた。
「ヒューイット、共闘はお前が仕込んだ事か?」
「いいえ!私にはそのような権限はございませんし、国王陛下に無断で他国に使者を送るなどしたこともございません!
キュロクバーラ王国も、ミスクール帝国の覇権を見過ごす事などできなかったと言う事でございましょう!」
軍務卿の入れ知恵か?
国王は私を疑っている様子だ。
時期的に私が提案した直後だったから、そう思われても仕方がないが…。
「そうか、キュロクバーラ王国との共闘は受け入れよう。
ヒューイットには、キュロクバーラ王国の使者と細かい取り決めを任せる。
我が王国に不利にならぬよう頼むぞ!」
「はい、リースレイア王国の利益を損なう事が無きよう図らいます」
私はさっそく使者との交渉に向かって行った。
「マティアス・フィル・キュロクバーラと申します」
「ヒューイット・イルム・レム・マイネスです。よろしくお願いします」
キュロクバーラ王国は粗暴な者が多いと聞いていたが、マティアスはとても礼儀正しく話しやすかった。
交渉は非常に順調に進み、一時間ほどで終わってしまった。
何故なら、マティアスの方からこちらにとって有利な条件を提示され、私はそれに同意するだけでよかったからだ。
共闘する事にはなったが、基本的に情報のやり取りだけで、実際に協力してミスクール帝国と戦う訳では無い。
今まで協力して戦って来た事が無い軍を無理やり合流させたところで、上手く戦えるはずも無い。
こちらが要請しない限り、キュロクバーラ王国軍はリースレイア王国に入らないと約束して貰えたのも大きい。
共闘を理由に軍を迎え入れた途端裏切られては、元も子もない。
「化け物では無く、魔人ですか?」
「はい、理性は多少失われていたみたいですが、人格は残っており会話をする事も可能だったと言う事でした」
キュロクバーラ王国は、ミスクール帝国が我が国に侵攻した際、裏を突いて攻め込んだ様だ。
その際に強力な魔法を使う魔人が現れ、実際に戦ったと言う事だった。
ガロの実験では人格も崩壊し、碌に会話も出来ない程の化け物だったが、ミスクール帝国ではその先に到達したと言う事だ。
ガロの言う、化け物から魔石を取る実験だけでは無かったのだという事実に驚愕し、こちらの持っている情報を全てマティアスに伝えた。
「これは、非常に助かります。しかし、私達にこの情報を教えてもよろしかったのですか?」
「人を化け物にし、それを兵器として活用するなど断じて許されません!」
「そうですね。キュロクバーラ王国も同じ考えです」
マティアスと、いや、キュロクバーラ王国との意見が合い、ミスクール帝国の崩壊に向けて協力関係を結べ、リースレイア王国に希望の光が見えてきた気がした…。
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