第二百十二話 武闘大会予選 その一

昨夜は、ルリアの事が心配であまり寝付けず、武闘大会当日の朝を迎えた…。

今日は隣に寝ていたのがヘルミーネだったので、余計な心配を掛けずに済んでよかったな…。

ロゼかリゼだと、一緒に一晩中起きてくれていたに違いない。

念話で連絡を取ればいいのだが、ルリアは問題無いとしか言わないだろう。

カリナにはアドルフが連絡しているだろうし、朝一に様子を聞いてみるしかないな…。

ロゼ達が目を覚まし、俺達を起こすための準備を始めている。

俺は起こしに来てくれるまでの目を瞑り、寝た振りをする。

ベッド横に誰か来た気配を感じて、目を開いた。


「リゼ、おはよう」

「エルレイ様、おはようございます」

今日の俺の担当はリゼのようだな。

ヘルミーネを起こさないように注意しながら俺はベッドから抜け出て、リゼの持っている服を見た。

「今日は白か…」

「はい、私は赤い方が良かったのですが、ロゼがどうしても白をと…」

「そうか…」

リゼは不満気にしているが、赤い服ではなかった事を喜ぶべきだろう。

しかし、白い服でも結構目立つ。

いや、武闘大会が開催されるのだから、主催者の俺は目立つ必要があるのは間違いない…。

この服は金糸で刺しゅうが施されているので、太陽の光に当たるとキラキラと輝くだろうなと思いつつ袖を通して行く。

リゼに髪を整えて貰いながら、鏡に映る自分の姿を見る。

無駄に高級な服を身に纏っているだけの寝ぼけ顔の姿は、領主としては相応しい物ではないな…。

俺は顔と心を引き締めなおし、見た目だけでも何とかしようと取り繕った。


「エルレイ様、完璧です!」

「ありがとう」

リゼによってオールバックに整えられた髪型は完璧だった。

ただし、俺の寝不足でやや腫れぼったい顔を強調するのには最低だったがな…。

俺は頬を両手でパンパンと叩いて気合を入れなおし、部屋から出て行く事にした。


「エルレイ様、おはようございます」

「アドルフ、おはよう」

いつも通り、部屋の前では背筋をピンと伸ばしたアドルフが待ち構えていた。

朝の挨拶を済まし、廊下を歩きながらアドルフから今日の予定を聞いて行く。

「本日より武闘大会が開催されます。

エルレイ様におかれましては、一日中闘技場にて観戦をお願い致します。

それから、今日から貴族様方が来訪する予定となっております。

観戦をご希望される方もいらっしゃいますかと思われますので、エルレイ様には闘技場の方での対応をお願い致します」

「分かった」

武闘大会は五日間開催される予定だ。

今日から三日間は予選を行い、四日目に女性部門の本戦、五日目に男性部門の本戦を行う事になっている。

貴族達は、本戦の観戦をして貰う事になっているので、遅くとも三日目には来て頂く事になっている。

ラノフェリア公爵は俺が迎えに行く事になっているが、その他の貴族は馬車で来て貰う事になる。

父とヴァルト兄さんも俺が迎えに行こうと思っていたのだが、忙しいだろうからと辞退して来た。

執務室で武闘大会の事を確認し終えた後、朝食を取に食堂へと向かって行った。


「エル、いよいよ今日からだな!」

「そうだな」

食堂に入ると、興奮した様子のヘルミーネから声を掛けられた。

ヘルミーネにしてみれば、自分で作った竜の石像を観客達が、どの様に見てくれるのか楽しみで仕方無いのだろう。

朝食を頂きながら、皆に今日の予定を話して行く。


「ヘルミーネとロレーナは、僕と一緒に闘技場で観戦をする」

「うむ、楽しみだな!」

「わ、分かったのじゃ」

ヘルミーネとロレーナは俺の婚約者として、今日から五日間共に行動して貰う事になる。

ヘルミーネは楽しそうにしているが、結構大変な事だと思う。

ロレーナはルフトル王国の王女としての肩書があるので、ヘルミーネと一緒に俺の傍にいなくてはならない。

慣れない王女役で大変だとは思うが、そこは俺とヘルミーネで支えていかなくてはならないな。


「リリーとアルティナ姉さんとユーティアは、リアネ城で来客の対応に当たってくれ」

「はい、分かりました」

「お姉ちゃんがエルレイの分まで、しっかりお相手しておくわね」

「…」

リリーには、予選で戦うルリアの姿を見せられなくて申し訳なく思うが、リリーが目立ちたくないと言う理由で留守番を申し出てくれた。

アルティナ姉さんとユーティアは、闘技場に一日いる大変さを分かっていてるみたいで、喜んで留守番を引き受けてくれた。

でも、三人共本戦には闘技場に来て貰う事になっているので、全く試合を見せられない訳ではない。

むしろ予選を見ないで済むから、本戦の楽しい所だけ見られると言うものだ。


「エル、アンナ達を連れて行ってやりたいのだが駄目か?」

「ん?どうしてなんだ?」

リアネ城に勤めているメイド達は、貴族のお世話をする為に闘技場にも行く事になっている。

見習いのアンナ達は流石に連れて行く事は出来ないと思う。

でも、ヘルミーネがお願いして来ると言う事は、何か理由があるのだろう。

「エリオット達が武闘大会に参加していてな、その戦いをアンナ達にも見せてあげたいのだ!」

「えっ!?そうなのか?」

エリオット達が参加していると言う事は聞いていなかったな…。

そう言えば、ここ最近見かけてはいなかった。

武闘大会に参加するために、闘技場の宿泊施設に行っていると言う事なのかもしれない。

確認の為に、同席しているアドルフに視線を向けると頷いて肯定していた。


「エルレイ様、彼らには修行の為に参加して頂きました。

まで見習いの身ですので、仮に優勝できたとしても問題は無いかと思います」

「確かにそうだろうけれど…えっ、エリオット達は優勝できるほど強いのか?」

「いいえ、例え話です。一応それなりに戦えるほどには鍛えましたが、まだまだでございます」

「そうか…」

と言うか、何でエリオット達を鍛える必要があるのだ?

彼らはリアネ城の使用人として働くのに、もしかして警備隊に行きたいと本人たちが願い出たのか?

それは後で確認すれば良い事か…。

「アドルフ、アンナ達を観戦に連れて行って問題無いよな?」

「はい、大丈夫でございます」

「分かった」

食事の後に、アンナ達を連れて来て貰い、一緒の闘技場へとやって来た。


「アンナ達は、一階の部屋を使ってくれ」

「「「エルレイ様、承知しました」」」

アンナ達はきちんとお辞儀をし、与えた貴族用の観客席へと向かって行った。

誰も彼女達がスラム街に住んでいた孤児だと思う者はいないだろう。

もう立派なメイドとして、十分すぎるほど教育を受けている。

あれでもまだ正式採用になっていないのが、不思議なくらいだ。

アドルフとカリナの採用基準が高いせいだろうと思う。

武闘大会が終わったら正式採用しても良いのではないかと、アドルフに話をしてみよう。


俺、ヘルミーネ、ロレーナは、一番上の貴賓席から観客席を見渡した…。

「エル、凄い観客の数だな!」

「わ、わ、私達が見られているのじゃ…」

「そうだな、まだ朝だと言うのに満員に近い状態だ」

一般の観客席は入場料が小銀貨一枚、千円程度となっている。

リアネの街で買い物をした感じだと、一日楽に飲み食いできる金額だ。

なので安くもないはずだが、朝から満員となっていると言う事は、人々が娯楽に飢えている証拠だと思う。

今日から三日間の予選は、人数が多いために男性部門は五十人ずつのバトルロイヤルとなっている。

女性部門は参加人数が百人足らずなので、一対一の試合を三日間で五回行い、勝率の高い上位十六名が本戦出場となる。

戦いの場は三か所一段高い舞台が用意されていて、二か所が男性用舞台、残りの一か所が女性用舞台となる。

本戦の時は、俺が舞台を一つに作り直し、広々とした所で一対一の戦いを行って貰う。

俺とヘルミーネは観客席に向けて軽く手を振り、ロレーナも俺達に合わせて手を振って観客に応えた。

武闘大会の場は、俺が領主として初めて正式に領民に顔を見せる機会となっている。

リアネの街に出掛けたり街道整備をしたりと、顔を見られる機会は多かったが、俺が領主だと言いふらしてはいないからまだ知る者は少ない。

子供だと馬鹿にされないかと不安に思いつつも、胸を張り堂々とした態度で手を振り続けた…。

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