第二百十六話 闘技場建設 その四

アドルフとトリステンとの会議は定期的に行われ、武闘大会への準備は着実に進んで行っていた。

一方、闘技場建設の方も順調に進んでいて、ほぼ完成に近い状態となっている。

この前見学に行った時には、俺が作り上げた時とは別物と言っていいほど美しい仕上がりになっていた。

土色の壁は漆黒に塗られていて、重厚感が出ていた。

入り口には、同じように漆黒の木製の門が取り付けられていて、大きな剣に竜が絡み付いているソートマス王国の紋章が描かれていた。

そしてその門の上には、リアネ闘技場と横に大きく書かれた看板が掛けられている。

リアネ闘技場と言う名は、アドルフから名前を決めてくれと言われて、皆と相談して決める事にしたのだが…。


「エルレイ闘技場で良いじゃない?」

「私もエルレイ闘技場で良いと思います」

「うむ、私もそれで構わぬぞ!」

「お姉ちゃんもそれが良いな!」

「わ、私も良いと思うのじゃ!」

「良いと思います」

と…皆の意見はエルレイ闘技場だったのだが、俺が無理やりリアネ闘技場に変更した!

俺が死んでも残って行くかも知れないのに、自分の名前を付けたくはなかった。

リアネの街の近郊にあるのだから、リアネ闘技場で良いと押し切った形だ。

違う名前だと覚えにくいだろうしな…。


ヘルミーネが作っている竜の石像は、ほぼ完成している。

しかし、ヘルミーネは細部の出来が気に入らないのか、少しづつ修正を行っている最中だ。

屋根の上に設置するのだから、細かい部分までは見えないと思うのだが、ヘルミーネが気に入るまでやらせようと思う。


「エルレイ様、武闘大会のルールが出来上がりました」

アドルフが、今日までトリステンと話し合った内容をまとめた資料を提出して来た。

俺も会議に参加していたので内容はほぼ把握しているが、目を通さない訳にはいかない。

アドルフに席に戻る様に言ってから、おかしなところが無いか確認していく事にした。


戦闘に関してのルールは以下の通りだ。

・武器は、こちらの用意した物の中から二つまで使用する事が可能とする。

・防具は、参加者が自前で用意し、革装備までを使用可能とする。

・兜は、こちらで用意した物を必ず着用して貰う。

・頭部、胸、喉等の急所を狙った攻撃は必ず寸止めする事とし、故意に当てたと判断した場合は反則負けとする。


俺の要望通り、参加者を死なせない為の工夫を盛り込んで貰った。

刃を潰しているとは言え、剣で力一杯叩きつければ、当り所が悪ければ死ぬこともあるだろう。

そうならない様に金属の鎧を着用して欲しかったのだが、守りが堅くなれば戦闘に時間がかかり、選手の負担につながると言われて革装備となった。

確かに、なかなか決着がつかない試合になれば選手も疲れて来るし、観客も退屈してしまうだろう。

戦いである以上は、怪我を避けては通られないからな。

その怪我の治療の為に、水属性が使える魔法使いを数人警備隊員として既に雇っている。

最初は、俺とリゼで治療を行おうと提案したのだが、アドルフとトリステンに激しく拒否されたてしまったからな…。

俺の安全が確保できないと言った理由だったが、俺も参加するから関係無いと思ったのだがな…。


「エルレイ様の参加は認められません!」

「何故だ!」

アドルフから俺の出場を拒否されてしまい、俺はアドルフに激しく抗議した!

「エルレイ様は主催者となります。仮に優勝してしまえば反感を買う事は間違いありません!

それに、当日は来客のお相手をして頂かなくてはなりません!」

「うっ…優勝しなければいいんじゃないかな…?

来客の相手は…戦いが無い時間帯に何とか…」

「駄目でございます!」

「では、優勝者と戦うと言うのはどうだろう?」

「それこそ負けた場合は、エルレイ様の沽券にかかわって来ますので、許可出来ません!」

「む、むぅ…」

アドルフに何を言っても、許可を出してはくれなかった…。

俺は戦争では無い安全な場所で戦いたかったのだがな…。

参加者の管理はアドルフ達が行うのだろうから、こっそり申し込む事も出来ない。

偽名や変装を使ったとしても、見破られそうな気がする…。

大人しく諦めるしかなさそうだ。


「では、各街への宣伝をラノフェリア公爵家に依頼いたします」

「うん、頼んだ」

ソートマス王国の貴族達の知り合いが少ないので、ラノフェリア公爵家の人脈を頼る事にした。

俺の領地の貴族は、父とヴァルト兄さんにお願をしている。

武闘大会の開催時期は今から二か月後、秋の収穫が終わる頃を予定している。

俺が大会に参加する事は出来なくなったが、それでも楽しみなのには変わりはない。

まだまだ準備する事は多いが、初の武闘大会開催に向けて着実に進んで行っている。

俺も気を引き締めなおし、アドルフやトリステンと協力しながら準備を進めて行こうと思う。


「エル!完成したぞ!」

ヘルミーネが、自信に満ちた満面の笑みを浮かべながら、完成した竜の石像を俺に見せてくれた。

「これは、とても素晴らしい出来だな!」

「そうであろう!」

ヘルミーネが長い時間をかけて、コツコツ作り上げて来ただけの事はある。

頭だけでも迫力があったのだが、全体が出来上がった事で、本当に襲い掛かって来るのではないかと言う印象を受ける。

竜全体の色は、リアネ城の灰色がかったのに近いな。


「ヘルミーネ、これは焼しめたのか?」

「良く分かったな。ロレーナとソルに手伝って貰ったのだ!」

「そうか!」

俺の予想通り、竜の石像は焼しめられていたみたいだ。

竜の石像はひび割れする事無く焼かれていて、これは温度調整にかなり神経を使ったに違いない。

俺も何度か試したから分かるが、温度調節を間違えるとひび割れが起きてしまうんだよな。

ルリアがやると、間違いなく悲惨な結果になったはずだ…。

俺は頑張ったヘルミーネの頭をなでてやると、目を細めて嬉しそうにしていた。

あぁ…兄さん達が俺の頭を撫でるのは、この表情を見る為なんだな。

ヘルミーネの嬉しそうな表情を見ると、俺まで嬉しくなってきてしまう。

俺は暫くヘルミーネの頭を撫で続けてあげた…。


「ロレーナとソルも、大変だっただろう」

「い、いや、これくらい普通じゃ!」

「ワン!」

ロレーナに近づき、頭を撫でてやろうと手を伸ばしたら避けられてしまった…。

「わ、私は子供では無いのじゃ!」

「う、うん、では抱きしめた方がいいのだろうか?」

俺の問いに対してロレーナは顔を真っ赤にして、少し考えた後にゆっくりと頷いてくれた。

その仕草がとても可愛らしくていい!

ルリアは絶対にしない仕草だよな!

そう思いつつ、ロレーナを優しく抱きしめた上げた。

「ロレーナ、ヘルミーネを手伝ってくれてありがとう」

「か、家族として当然の事をしたまでじゃ…」

「うん、でもありがとう」

ロレーナとの抱擁を終え、足元で尻尾を振っているソルの二つの頭を撫でてあげた。


「なんかずるいぞ!」

ロレーナだけ抱擁しては、ヘルミーネから文句を言われても仕方がないよな…。

「ヘルミーネもよく頑張ったな!」

「うむ!」

ヘルミーネを抱きしめてやり、次はヘルミーネを見守っていてくれたラウラを抱きしめた。

二人には無い柔らかさに感動しつつ、リリー、ロゼ、リゼも抱きしめてあげた。


「私はやらなくていいわよ!」

最後に、魔法の訓練を続けていたルリアの所にやって来ると、俺が声をかける前に拒絶して来た。

しかし、ルリアだけ仲間外れにする訳にはいかない。

俺はルリアの背後からそっと抱きしめてあげた…。

「いいって言ったのに!」

ルリアは文句を言って来たが、力づくでは慣れようとはしなかった…。

「ルリア、いつもありがとう」

「なによそれ!」

俺は、ルリアが婚約者達を纏めてくれている事に対して感謝を伝えると、ルリアは俺が前に回している腕に手を添えて来た。

「こうしていると、最初の時を思い出すわね…」

「うん、そうだね…」

ルリアに魔法を教えた時も、こうして背後から抱きしめたのだった。

俺はあの時のルリアが、恥ずかしいのを必死に我慢している姿を思い出して懐かしんでいた…。

そうしていると、突然ルリアの手に力が入って俺の手を振りほどき、ルリアがこちらに振り向いた。


「エルレイ、あの時は私が知らないのをいい事に、私に抱き付いたわよね!」

「あっ…」

「これはあの時の罰よ!」

俺はルリアに殴られてしまった…。

確かに俺が悪いのだが、あれは俺が殴られた腹いせにやっただけなので許して欲しかった。

でも、ルリアの拳に力は入っておらず、殆ど痛みを感じることは無かった…。

時間が経った事で許してくれたと言う事なのだろう。

「エルレイ、私の訓練に付き合いなさい!」

「分かった…」

罪滅ぼしと言う事では無いが、ルリアの気が済むまで訓練に付き合う事にした。

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