第百六十九話 財務卿ヒューイットの苦悩

≪ヒューイット視点≫

「国王陛下、どうかご再考をお願いします!」

私は今、国王に対しての怒りを我慢し、頭を下げて精一杯お願いをしていた。

どうしてこのような事をしているのかと言うと、国王と普段働きもしない軍務卿が結託し、魔剣開発部にあの恐ろしい新魔剣の量産を命じたからだ。

良識ある魔剣開発部長ガロは最初は拒否したものの、国王の命令とあらば従わざるをえない。

勿論、新魔剣が人を化け物に変えてしまう事は、国王と軍務卿にも報告済みだ。

その事を知った上で、新魔剣を作らせたのだ。


「戦争に犠牲はつきもの。金勘定しか出来ぬ財務卿のお主には分からぬのも無理はない。

それに、例え化け物になったとしても、敵を倒してさえくれればいいのだからな」

「なんだと!貴様は人の命を何だと思っているのだ!

戦えば犠牲者は出るだろうが、それと新魔剣の暴発に巻き込まれて化け物になるのは次元の違う話だ!」

軍務卿の言い草に、抑えていた怒りが爆発した!

軍隊なのだから、犠牲が出るのは当然の事だ。

しかし、味方が目の前で化け物に変われば、周囲の兵士達は混乱するに決まっている。

混乱は恐怖となって伝染して行き、軍としての統率も失われよう。

そうなってしまえば更なる犠牲を呼び、我が軍は壊滅の危機に陥ってしまうはずだ。

そんな事も分からないで、よく軍務卿などやっているなと怒鳴りつけてやりたいほどだ!


「ヒューイットの言いたい事は分かるが、我が王国の置かれている状況を勘案すれば、周辺国に強国だと言うのを示さねばならぬ!

故に多少の犠牲を支払ってでも、ルフトル王国に勝利しなくてはならぬのだ!」

「国王陛下、その事は私も重々承知しております。

しかしながら今は守りに徹し、力を蓄えておくべきだと愚考いたします」

リースレイア王国の置かれている状況は、決して良い物では無いのは理解している。

だからこそ今は無駄な出費を押さえ、軍備増強に励むべきなのだ。

勝てるかどうか不明の戦いに赴くのは、リースレイア王国の滅亡に近づくと言う事に何故国王は気付かない!


「守りだと?そんな弱腰では周辺国になめられてしまうぞ!」

「なめられようとも、軍備を備えて置けば周辺国は攻め込んでこようとは思わない!」

私と軍務卿との間で言い争いになってしまった。

普段ならここまで熱くなる事は無いのだが、人命が掛かっているのだから引くことは出来ない!


「二人とも止めよ!」

「失礼しました…」

国王に止められ、冷静さを取り戻すことにしたのだが…。

「ヒューイット、これは決定事項である!今度こそルフトル王国に侵攻し、我が王国が強国と示す!」

「…承知しました」

私は国王の説得を諦めて退出した…。

しかし、このまま黙って兵士達の被害を見過ごせば、私も国王と軍務卿と何も変わらない。

私はすぐに魔剣開発部へと足を運び、ガロと話をすることにした。


「今忙しいんだけれど?」

私がガロを呼び出すと、嫌そうな表情を隠しもせずに出て来た。

「忙しいのは承知しているが、兵士達の安全のために確認しておかなくてはならない事がある!」

「分かった。それで何が知りたい?」

ガロは面倒くさそうに頭をかきながらも、きちんと対応してくれる所は真面目なんだと思うし、信頼している所でもある。


「新魔剣の開発状況はどうなっている?」

「ん-、魔力を吸収したら即座に放出するように改良を加えている所?」

ガロなりに、新魔剣を使用した兵士達に被害が及ばぬようにしていてくれた事に、ひとまず安心した。

「それで上手く行きそうなのか?」

「微妙?」

「微妙では分からん!具体的に説明してくれ!」

「ん-と、新魔剣に使われている魔石が小さく、魔力吸収限度が上級魔法三回分くらいしかない。

つまり、限度を超える魔法を撃ち込まれれば壊れる」

「そうか…魔石を大きくすることは不可能なのだな?」

「無理」

これまでも魔石の合成を行う事に失敗しているのは承知していたが、一応確認の為に聞いて見た。

「しかし、上級魔法三回分なら、吸収した魔力を放出する事で壊れることはないか?」

「うーん、過去の資料を基に精霊魔法の魔力量を算出した結果、威力が小さい魔法で上級魔法二、三個分、威力が強い魔法だと五個分以上かな」

「私達が使う魔法とそんなに差がある物なのか!?」

「資料が間違っていなければ、かな?」

「分かった…」

どちらにしても、新魔剣を使用すれば兵士に被害が出る事は理解できた。

国王が新魔剣の使用を認めた以上、私に出来る事は兵士達の被害を極力減らす事だけだ。

後は新魔剣の数の確認をして、隊長クラスに情報を伝えるだけだな…。


「ガロ、これまで作った新魔剣の数と、これから作成する新魔剣の数を教えてくれ」

「今ある分が六百で、後四百は作る予定」

「はぁっ!?」

私は新魔剣の数の多さに、思わず大声を上げて驚愕してしまった…。

魔石の入手先は殆どがミスクール帝国からで、年に数十個入って来る程度だ。

それが、合計で千個も入って来ているともなれば、異常としか言いようがない!

それに、そんな数の魔石の買い付け予算を出した覚えもない!


「ん-っと、魔石の量産化に成功し、試験結果を提供する事で無料になったみたい」

「馬鹿な…」

この新魔剣に使用している魔石は、ミスクール帝国が我が国を滅ぼそうと提供した事が見え見えではないか!

当然ミスクール帝国側は、この魔石が破裂して飲み込まれた者が化け物になる事を承知しているはず!

ミスクール帝国側に動きは無いが、念の為もう一度調べさせる必要が出て来たな…。


「そう言う事で、忙しいからもう行ってもいいかな?」

「あぁ、情報感謝する」

「ん!」

ガロは手を上げて作業に戻って行った…。

ガロが提供してくれた情報を無駄にしない為にも、私は次の行動へと移って行った。


私は城から少し離れた場所にある、軍部の施設へとやって来た。

「財務卿ヒューイットだ。アンドレアルス第一魔剣軍団長はいるか?」

「はっ!作戦室にて会議中であります!」

「丁度良かった。そこに私も参加させて貰いたい」

「確認して参りますので、少々お待ちください!」

暫く待たされた後、私は作戦室に通された。

円卓の席には軍の上層部が勢ぞろいしていて、私の事を警戒し恐ろしい目で睨みつけていた。

軍には、この前予算を通さなかった事を恨まれているので仕方がない。

財務卿として、周囲から恨まれているのには慣れているが、実際に睨まれるのは恐怖を感じる。

しかし、ここで怯むわけにはいかず、胸を張って与えられた席に座った。


「財務卿殿が何用かな?」

「新魔剣の秘匿情報を伝えに来た」

アンドレアルスの問いに対して私が答えると、円卓に座っている者達の表情が一変した。

「財務卿殿が知る秘匿情報とは、我々に知らされていない情報だと?」

「そうだ。そして、この情報は決して外部に漏らさないで貰いたい!」

「ふむ、お前達退出しろ!」

アンドレアルスは、円卓に座る者達以外の退出を命じてくれた。


「さて、聞かせて貰おう!」

「分かった」

私はガロから得た情報を、包み隠さず伝えた。

「なるほど、貴重な情報提供に感謝する!」

円卓に座る者達の表情は怒り、困惑、不安など様々だ。

アンドレアルスは平静を装っているが、内心は複雑に感情が入り混じっている事に違いない。

国王から、新魔剣を使用して化け物に成れと言われているのだから無理もない…。


「私からの提案は、今回の侵攻作戦に置いて新魔剣を使用しないと言う事だ。

ルフトル王国に対して、今までの魔剣だけでは敵わないのは承知している。

ある程度侵攻し、接敵した後すぐさま撤退して来て貰いたい!

当然、ここにいる者達は敗戦の責任を迫られる事になるだろう!

私が国王陛下に掛け合い、出来るだけ重い責任にならぬよう努力する。

どうか、私の提案を受け入れて欲しい!」

私は頭を下げてお願いした。


「財務卿殿、頭を上げられよ」

アンドレアルスに言われて、ゆっくりと頭を上げ周囲を見渡した。

そこには私を睨む目は無く、真剣な表情で私を見てくれていた。

「財務卿殿、我々は命令に背く事は出来ず、提案を受け入れる事は出来ない。

しかし、戦場では命令や計画通り事が進む事はまれである。

その為、様々な計画を用意している。

今日の話は、その計画の一部に組み込ませて貰う事にする。

軍を代表し、財務卿殿には感謝申し上げる」

アンドレアルスが軽く頭を下げると、円卓に座る者達が一斉に立ち上がり、同じように頭を下げてくれた。

軍が私の提案を受け入れてくれた事に感謝をし、私は胸をなでおろしながら退室した…。

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