第70話

「緊張するな。 こんなに緊張したのは大学の入試以来だよ」


俺は今刹那の実家の玄関口に立っている。 刹那の実家は2階建ての普通の家だ。 刹那がもっと立派な家に建て替えようと提案したみたいだが、両親が家の建て替えを拒否したらしい。


" 子供の稼ぎに頼りたくない。子供から搾取する程落ちぶれていない "


との事。 物凄く立派な御両親だと思う。 世の中の毒親達に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい程だ。


「お義父さんがキレたらどうしよう……」


俺がボソッとそう言うと、横に居た刹那が


「お父さんがキレたらウチがキレ返しますから大丈夫! 十中八九大丈夫だから安心して下さいね♪ お父さんは婚姻届に署名をしてくれているのだから、認めてくれていますよ」


と能天気な感じで微笑んできた。


……そうだと良いんだが。


お義父さんは市役所に勤めているから、帰宅時間は18時頃になる。だから今の時間が丁度良い時間なのだ。ちなみにお義母さんは専業主婦であり、いつも家に居るらしい。


俺は緊張したまま " 由井 " の表札の下にあるインターフォンを震える指で押した。


" ピンポーン "


チャイムが家の中に鳴り響く。


「は~い♪ 少し待ってくださいよ~」


家の中からパタパタというスリッパの音と共にお義母さんが出迎えてくれた。


「圭介さん、久しぶりやね。元気にしてた?」


「はい。お陰様で。お義母さんもお元気そうで何よりです」


「堅苦しいのは無しにしようや。私らもう家族やろ? さぁ上がって頂戴。お父さんも中で待っとるけん」


お義母さんに促され、俺と刹那は家の中に入った。


「お、お邪魔致します」


「たっだいま~♪ お母さん、今晩の御飯はな~に?」


「全くもうこの娘は。帰ってきた途端に御飯の話? あんたは昔からそう。全然変わらんね」


「良いやん別に。ウチの勝手やん」


「あんた……いつまでもそんなんやと、いつか圭介さんに愛想尽かされて離婚されるよ?」


お義母さんがボソッとそう言うと、刹那の身体が ビクッ! と震え、俺の方へ振り向き


「圭介さん! 離婚なんてしませんよね!? 愛想尽かすなんてありませんよね!? ウチ、圭介さんが居なくなったら生きていけない💧」


滅茶苦茶狼狽えて俺に詰め寄ってきた。


「大丈夫だよ刹那。俺は刹那とは何があっても離婚しないから。愛想尽かすなんてあり得ないから。 むしろ愛想尽かされてしまいそうなのは俺の方だから」


俺が苦笑混じりでそう言うと、刹那は勢い良く首を横に振り


「ウチが圭介さんに愛想尽かすなんてこの世が終わってもあり得ない事です! ウチは死ぬまで いえ、死んでも圭介さんの妻です! ずっとずっと一緒です!」


「刹那……」


「圭介さん……」


俺達は見つめあい、徐々にお互いの顔を近付けていき……


「ゴホンゴホン! 仲が良いのは分かったから、そういう事はウチが居ない所でやってくれんかな?」


お義母さんの言葉を聞いた俺は我に返り、慌てて刹那から離れる。 危なかった~💦


一方刹那は


「後ちょっとで圭介さんとキス出来てたのに~! お母さん何で邪魔するん!」


とお義母さんを怒っていた。そんな刹那をお義母さんは華麗にスルーしていた。 流石お義母さんだ。


そしてお義母さんに促されるまま俺達は奥のリビングに移動する。 リビングにはお義父さんが椅子に座っていた。 笑顔で。


" 由井公宏ゆいきみひろ "  お義父さんの名前だ。 初めて刹那が俺の所に来た時に持っていた婚姻届に署名をしていた人だ。


お義父さんは中肉中背で、黒髪短髪。眼鏡を掛けていてとても優しそうなダンディーな人だ。 俺も将来お義父さんみたいな歳の取り方をしたいとふと思った。


「やぁいらっしゃい。君が丹羽圭介君だね? 娘の刹那がいつもお世話になっているね。 ふんふん。確かに刹那が言う通りの良い男だね。刹那が惚れるのも解る気がするよ。 まぁ座りなよ。立っているのはしんどいでしょ?」


俺はお義父さんの言われた通りにリビングの椅子に座った。 ヤバい。手汗が半端ない。


「圭介君、リラックス。リラックスして話をしようね。緊張していちゃまともな話は出来ないから……ね?」


お義父さんにそう言われるが、リラックスなんて出来る筈がない。 何故かって? それは……お義父さんからのプレッシャーが物凄いのだ。 優しく微笑んではいるが、お義父さんから溢れる威圧感が半端ない!


ヤバい。手汗だけじゃなく背筋にも冷たい汗が……。


「で、圭介君? 君は此処に何をしに来ているんだい? 教えてくれないかい?」


お義父さんの言葉を聞いて俺は慌てて答えた。


「はっ! そ、そうでした。俺…じゃなかった。私はお義父さんに刹那さんとの婚姻を正式に認めて戴きたいと思いまして……お義父さんやお義母さんにご挨拶もせず、結婚式も挙げずに入籍を先にしてしまい、大変申し訳ありませんでした。でも、私は半端な気持ちで刹那さんと結婚した訳じゃありません! 私は心から刹那さんの事を愛しています! 必ず刹那さんの事を私の全てを掛けて幸せにしてみせます! だからどうか刹那さんを私に下さい! お願いいたします!」


俺は椅子から立ち上がり、土下座をしてお義父さんに自分の正直な気持ち・思い・決意を誠心誠意伝えた。


リビングに沈黙が流れる。


……どの位の時間が経ったのだろうか。


5分? いや10分? いや、もっとかも知れない。


俺は土下座したままお義父さんの返事を待った。 お義父さんの返事があるまでこの格好を崩すつもりは無い。


すると俺の目の前に気配を感じた。そして肩を叩かれる。 俺は恐る恐る頭を上げた。


俺の目の前にはお義父さんの姿があった。


お義父さんは


「うん。良いよ♪ 刹那の事宜しくね♪」


お義父さんは笑顔でサムズアップをしていた。


俺は安堵からその場に崩れ落ちてしまった。















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