第60話

「刹那、今日は何か予定はあるの?」


「…………MV撮影だけで後は特に無いです」


「……そう。それならさ、仕事終わったら…」


「……行ってきます」


「……行ってらっしゃい。気を付けて」


「……はい」


いつものバッグを持って刹那は玄関から出ていった。


「……俺も仕事に行くかな」


俺も仕事の準備を整え、会社に出勤した。


……何だか最近刹那の機嫌がすこぶる悪い。 俺、何かしたかな?


考えてみるが、刹那の機嫌を損ねる事をした事は1つも無いのだが。


思い返せば、刹那の機嫌が悪くなったのは3日前の金曜日の夜からだ。


その日は営業部長に誘われて、会社の帰りに飲みに行った。 そしてマンションに帰ったら刹那の機嫌がすこぶる悪くなっていて、それから滅茶苦茶冷たい態度で接してくる様になった。 ……で、現在に至る。


俺は本当に悪い事は何一つしていないから、刹那の態度が冷たいのには本当に参っている。


刹那にはいつも笑っていて欲しいのだけれど……。


" はぁ "


会社に着いて自分の席に座り、俺はつい深い溜め息を点いてしまった。


何だか仕事したくないなぁ。エスケープでもしようかな? こんなテンションじゃ仕事に支障がでてもおかしくは無いぞ。


「……丹羽、どうしたんだ? 朝からゾンビみたいな顔をしたままデカイ溜め息点いて?」


俺のそんな姿を見かねたのか、赤坂が俺の背中を叩きながら声を掛けてきた。


「……赤坂か。何でも無いよ。てか、背中を叩くな。痛いから」


「おっ、悪い悪い。でもよ丹羽、何でも無いは嘘だろ? だっていつもよりテンション滅茶苦茶低いぜ? 俺で良かったら話聞くから。言ってみな?」


……本当にこいつは周りの事をよく見てるな。 些細な変化も見逃さないんだな。 だからこいつは女性にモテるんだな。


「……ありがとうな。じゃあ後で俺の話聞いてくれるか?」


「おう。解決するかどうかは知らんけどな。言ったら気持ちは楽になるからな」


「……サンキュ」


「気にすんな♪」


こんな時お前と友達で良かったと思うぜ。



そして昼休みに赤坂に話を聞いて貰う事になった。赤坂への報酬に昼飯を驕る事にした。


定食屋で2人前の鯖の塩焼き定食を注文する。


「悪いな丹羽♪ 昼飯驕ってもらって」


「悩みを聞いて貰うんだ。その位安いもんさ」


「で、何だよその悩みって?」


俺は赤坂に刹那が " 冷たい態度を取ってくる原因が全然分からない " 事を相談した。


赤坂は箸で鯖の身をほぐしながら


「お前さ、部長と飲みに行って帰っただけなんだろ?」


「ああ。それだけだが?」


「う~ん。それなら何で刹那さんがそんな態度になっているんだろうか?」


「それが分からないから悩んでるんだよ」


俺達2人はう~んと頭を捻りながら昼飯を食べていた。


すると、赤坂が何かに気付いた様子で俺に


「なぁ丹羽、その部長と飲みに行った日さ、刹那さんに言ったのか?」


「ああ。ちゃんとLINEした」


「お前その日部長と何処に飲みに行ったんだ?」


「えっと……確か駅前の○○ビルの中にあるスナックだったかな?」


「……分かった。刹那さんの態度が冷たい原因はそれだ」


赤坂の言葉を聞いて俺は物凄くびっくりする。


「えっ!? スナックに飲みに行った事が刹那の態度が冷たいのにどう関係するんだよ!?」


「もしかして知らないのか? お前が部長と行ったスナックは、色々噂があるんだよ」


「えっ!? 噂!? どんな噂があるんだよ!?」


「本当に知らないんだな。あのスナックは別名 " 浮気の巣 " と言われてて、あのスナックに行く男は必ずと言っていい程 スナック内で浮気もしくは不倫をしていると言われているんだ」


そう言えば部長と一緒にお酒を飲んでいた女の人はやけに部長と距離が近かったな。それに店に居る男性達にはワンセットみたいに女性が隣にいた。 俺だけ1人で飲んでいてつまらなかったのを憶えている。


「も、もしかして刹那は俺が浮気をしていると思っている……と言いたい訳だな」


「おそらくは。 刹那さんの態度がおかしくなったのはその夜からだろ?」


「ああ。飲みに行った夜からだ」


「じゃあ十中八九その線で当たりだろうな。丹羽、今夜刹那さんと腹割って話をしてみな」


「分かった。刹那と話をしてみる。ありがとうな赤坂」


「役にたったなら何よりだよ」


俺は赤坂に頭を下げて感謝の言葉を伝える。


よし、帰ったら刹那とじっくり話をしないとな。身の潔白を証明しないと。




仕事が終わり俺がマンションに帰ると、もう刹那はマンションに帰ってきていた。


「ただいま。刹那、少し話をしよう。時間大丈夫か?」


「……はい。大丈夫です」


やっぱり刹那の表情が固いな。これは俺を疑っていると思って間違いないだろう。


「刹那、俺は浮気なんてしてないからな」


きっぱりと言いきった俺の言葉を聞いて刹那が


「な、何の話ですか?」


「金曜日の夜確かに俺はあの噂のスナックに行ったけど、1人で飲んでいたから。神に誓って浮気なんかしてないからな」


「ど、何処にそんな証拠があると言うんですか!? 証拠があるなら出して下さい! そしてウチを信じさせて下さい!」


「分かったよ」


俺はスマホを取り出して着信履歴と通話履歴 それに電話のアドレスを刹那に見せた。


着信履歴と通話履歴には刹那と家族の履歴しか無いし、電話のアドレスも悲しいかな家族と刹那と篠宮さん、それと赤坂しか記載が無い。


「信じられないのなら、興信所で調べて貰っても全然構わない」


自信たっぷりで刹那にそう告げる(だって、やましい事はこれっぽっちもしてないから)と、突然刹那が


「疑ってごめんなさい💧 圭介さんの事信じてた筈なのに、お店の名前を聞いて噂を思いだしてしまって。急に不安になっちゃったんです💧 ウチ捨てられるんじゃないかって……。本当にごめんなさい💧」


と言って泣き出してしまった。


俺は刹那を優しく抱き締めて


「馬鹿だな。俺が刹那を捨てる訳無いだろ? こんなにも愛してるんだから。むしろもし捨てられるとしたら俺の方さ。 俺はいつも不安なんだよ。俺は刹那にふさわしい男なのかってさ」


「圭介さんを捨てるなんてとんでもない! ウチにとって圭介さんが全てなんです! 圭介さん以外の男性なんて考えられない!」


「……刹那」


俺は刹那を抱き締める力を少しだけ強め


「俺は刹那以外の女性には絶対になびかないから。信じて欲しい。刹那……大好きだよ」


「ウチもです。圭介さん愛しています。だから絶対離さないで……」


「当然。絶対離さないさ」


それから刹那と一杯仲良くしたのは言うまでもない。















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