<6> 消滅
カトレアに埋め込まれた魔力の塊は、彼女の腹の中でも輝きを失うことはなかった。圧倒的な煌めきは彼女の体を内から照らす。
白い光の中、何かが蠢いているのをグレイは確かに見た。
ルーニーの指からさらに放たれた光の帯がその体の中へと伸びていく。蠢く何か──根付こうとしている核を探り、捉えるために。
駆け巡る熱と耳の奥で激しく脈打つ鼓動に、カトレアは声を上げ、自身を抱え込むルーニーを激しく叩いた。
「いやあぁあっ!」
腹の奥に感じた熱が蠢く。
その痛みとは異なった熱と不快感は恐怖でしかないだろう。体をねじり、視界の隅に鉄格子を見たカトレアは、その向こうへと助けを求めるようにして腕を伸ばした。
泣き出しそうな顔の司祭は鉄格子を掴んだ。
「耐えるのです。ディエリエール神はきっとお救いくださる」
「あぁあっ! 熱い! 熱い、熱いの……あぁあああっ、助けて、助けて!」
狭い空間に悲痛な叫びがこだまし、堪らずにグレイは顔を背けて瞳を閉ざした。それでも届く悲鳴は次第に切れ切れとなっていき、よもや彼女の命が尽きるのではと不安が膨れていく。
ルーニーの杖を握りしめる手がじっとりと汗をかいていた。
カトレアの指が、司祭の手を求めて伸びる。
「たす、けて……兄様」
求められることに躊躇うことなく、司祭は鉄格子の中へと手を伸ばす。ほんの一寸届かない指先。それが酷く遠く感じた彼は、一つ、二つと続けざまに涙をこぼし、こらえきれない嗚咽を漏らした。
彼らの様子を見ていたルーニーは「大丈夫だ」とカトレアの耳元で囁いた。
「しっかりと前を見て先に進むんだ、カトレア」
抱えていたカトレアから手を離せば、彼女はふらつきながら鉄格子に歩み寄り、そこでむせび泣く司祭に指に触れた。
汚れた二人の指は、しかりと組み合う。
冷たい鉄格子を挟み、司祭は彼女を抱き寄せるようにその背を撫で「もう、大丈夫だ」と呟いた。
つぶらな瞳から枯れない涙が落ち、汚れた頬に筋を描く。
「……兄様……どこにも、行かないで」
「ここにいる。ここにいるから」
しっかりとカトレアを抱きしめる司祭の様子に微笑み、立ち上がったルーニーは手をぐっと握りこむ。
光の帯がぴんっと張った。
──そう長くはもたないか。
憔悴しきったカトレアの表情に僅かな焦りを感じ、ルーニーは細く長い息を吐く。
光の帯から魔力を流し、奥へ奥へと探りを入れた。幾重にも花弁のように重なる魔力の障壁を掴み、むしり取る。一枚、また一枚と。
鉄格子を挟み、今にも崩れそうになりながら抱き合う二人に、耐えてくれと願いながら更なる光の帯を差し込んだ。
カトレアの小さな体が仰け反り、僅かに痙攣する。
「捉えた」
短く告げた直後、ルーニーが何か口早に唱えるのをグレイは聞き取った。それが何なのか分からなくとも、彼の魔力が輝きを増していくのは、閉ざした視界にも届く圧倒的な輝きから察した。
幾本もの光の帯をまとめて握りこんだルーニーが、ぐんっと引き寄せる。
力に抗えぬカトレアの体が僅かに傾ぎ、瞬間、何かが砕けるような音が小さく響いた。
司祭の腕の中で声を引きつらせたカトレアは仰け反り、定まらない視線を震わせると、ぷつりと意識を手放して瞼を下ろした。視界が暗転する直前、取り乱しながら己を呼ぶ声を聴きながら。
「カトレア! カトレア!」
腕の中から抜けるように床に崩れ落ちた小さな体に、司祭は手を伸ばす。その指が届かないと分かると、まるでオウムのように繰り返し彼女を呼びながら鉄格子を数回揺すった。
そして、はたと気づいた彼は鍵束を手に錠を開けた。
顔を背けていたグレイはガシャンっと激しく響いた金属音につられるように、恐る恐る目を開けた。そこに見たのは、開けられた鉄格子の入り口とカトレアを大切に抱える司祭の姿。それから視線をずらすと、すぐ傍では幾本もの光の帯を引くルーニーの姿があった。
白い指がくいくいと数度動く。その手に握る光の帯を手繰り寄せているような動きだ。何度か引いては止まり、巻き上げるようにして、再び引くを繰り返す。
しばらくして、握りこんだ指にさらに力が入るのが分かった。
音もなく、光の塊がカトレアの下腹部から浮かび上がった。
光の帯に包まれたその塊の中で、赤黒い影が揺れた。それは散り散りとなった何かのようで、まるで枯れた花弁か燃え殻のようでもあった。
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