【ぽん大×ドイドイ先生】短歌バーガー大決戦in学食ストリート
緒賀けゐす
小森幸、短歌との新たなる出会い ―実食編―
俯いて
見つけたアリの
大行列
仲良く分けよう
雪見だいふく
こんにちは。わたしは
ぽん大もすっかり夏休みですが、わたしはこうしてキャンパス内のベンチでアリの行列を眺めています。短歌の題材だけでなくいい被写体になると思ったので、短冊と筆から一眼レフ・モノアイちゃんに持ち替えてパシャリ。うん、生命を感じる一枚が撮れました。
なぜ大学に会話する相手のいない、いわゆる"ぼっち"なわたしが講義のない夏休みにぽん大のキャンパスに足を運んでいるのかと聞く人がいるかもしれません。その答えはそのまま、「ぼっちだから大学に来ている」となります。
大学生とは、人生で最も長い夏休みを有する身分。
きっと多くの人達は友人と共に、どこか遠い所に旅行へ言ったりしていることでしょう。そのような人付き合いがないからこそ、私はこうしてこのキャンパスへ足を運び、有り余った時間を寝て過ごすだけに終わらないようにしているのです。
──とは言ってみましたが、ここはぽん大。
わたしが顔を上げた先では、大勢の学生達が講義棟の間の通りにひしめき合っていました。
講義棟十号館と十一号館の間から十二号館と十三号館の間、デデドン通りに形成された、非公認学食の立ち並ぶ空間。
ぽん大生の間で「学食ストリート」と呼ばれるそこは、わたしが足繁く通うドーナツの穴専門店"
公認学食である"第一学食"ほどではありませんが、夏休みとなってもその客足は絶えません。かくいうわたしも、今日はこの学食ストリートにお昼ご飯を食べに来ました。食べ歩きも趣味なのです。
「さて、今日は何を食べましょうか……」
どこまでも奥が深いのがぽん大学食ストリート。
わたしは夏休み直前に新聞系サークル・ぽんぽこタイムズが配っていた『中・上級者向け! 学食ストリート特集!』と題されたフリーペーパーをカバンから取り出します。"Afterglow"さんも名を連ねる店名の中から、ビビッとくるものがないかと眺めてみます。ハンマーヘッドシャークの飛び出たとこ専門店、食用チョーク専門店、蝉の抜け殻懐石料理専門店……食べたいかはともかく、どれも興味深い料理を提供しています。
ぎゅるる。
「ぐぬぬ」
お腹がなってしまいました。
お店を決めるのが先か、それともわたしが空腹で倒れるのが先か。早めに勝負を決める必要がありそうです。この勝負、負けるわけにはいきません。
そうして紙面とにらめっこをしていたせいか、わたしはいつの間にか目の前に人がいることに気が付いていませんでした。
「あのー、ちょいとお嬢さん」
「はいっ!?」
驚きながら顔を上げると、いつの間にか目の前に老年の男性が立っていました。老年といっても50代後半から60代前半です。
清潔感のある短い白髪に、細い銀縁のメガネ。
心なしか、どこかで見た気もするような方です。
わたしが反応したのを見て、男性は柔らかい物腰で尋ねてきます。
「この大学の学食ストリートいうの探しとるんやけど、あっこで合ってましたっけ?」
「あ、はい。あそこが学食ストリートですが……」
ホッと男性が胸を撫で下ろします。
「あぁ、良かった。まだ覚えとったわ」
「覚えて……ということは、OBの方ですか?」
ああいやそういうわけやないんやけどね、と男性は笑いながら否定します。
「むかーし、お嬢ちゃんが生まれるより前やな。高校の時の友達がここの学生で、学祭の出店の助っ人で呼ばれたことがあったんですわ。『お前料理人目指しとるならここで経験してけ!』と半ば無理やりにや。さっき近くに歩いとったらつい当時のこと思い出してしもうて、寄ってみよう思いましてな」
「おじさん、料理人なんですか?」
「ええ、それなりにやらせてもらってます」
微笑む男性。
その視線がわたしの手元に移ります。
「お嬢ちゃんの見とるそれ、学食の?」
「はい、見てみますか?」
わたしは男性にフリーペーパーを渡します。
男性は興味深そうにそこに書かれた店の説明を読み進めます。
そして、ある箇所で目の動きを止めました。
「ほう、これはまた」
ベンチから腰を上げ、わたしも男性の横からフリーペーパーを覗き込みます。ほらこれ、と男性が指で示したのは、わたしも足を踏み込んだことのないような学食ストリートのかなり深部区域のお店でした。
『短歌バーガー専門店 "31 sounds burger"』
* * *
「いやあ、まさかこの年で女子大生にエスコートしてもらえるとは思っとらんかったなぁ。ああいや、こない発言はセクハラやな、失敬」
人だかりを掻き分けながら、わたしと男性は学食ストリートを奥へと進んでいます。
わたしは結局、男性と同じ店で昼食を食べることにしました。一人では不安で行く勇気の持てない学食ストリート深部も、こうして付き添ってくれる方がいると大丈夫な気がしてきますね。
「おらぁ! どけどけ! 邪魔だぁ!」
そう言った途端、わたしのすぐ横をトゲトゲの肩パッドを付けたモヒカン男が改造自転車で通り過ぎていきました。人混みを考慮しての徐行運転でしたが、それでもかなりの迫力でした。去年のわたしなら腰を抜かしていたかもしれません。
「いやぁ、変わらへんなぁこの大学は」
物怖じせず、男性は満足げな表情です。
それからもフリーペーパーの内容を頼りに、わたし達は学食ストリートを進んでいきました。
人だかりを掻い潜り、土管から地下ステージに突入し、松明で周囲1マスを照らしながらモンスターを倒しつつ探索し、旅の扉で北の祠へ。出てすぐのステージを順路とは逆方向に進み、先にあるワープスターでバトルリーグの会場へ乗り込みます。そして四天王戦の一人目の部屋の扉をなみのりですり抜けて、一切光源が無いのに自分の体だけはっきりと視認できる不思議な空間を右に200歩、下に256歩、左に63歩進み、探検セットを使い、すぐにまた地上へ戻ってきます。
地上に出ると、そこには再び小金ゐ市の風が吹いていました。暑いだけなはずのそんな風すら、約2時間の強行軍の後では懐かしい気持ちにさせてくれます。
「絶対……一人じゃ……無理……」
肩で息をするわたしの手には、道中宝箱から入手したはがねのつるぎが握られています。いい記念品になりそうですが、帰り道で職務質問されたら困りますし学内の武器屋で売却するしか選択肢はなさそうです。残念。
「いやー、意外と覚えとるもんやなぁ」
男性は学食ストリートに入った時から変わらずの元気なまま。どうやらかつて学食ストリート深部へ来たときと変わらない道のりだったらしく、「若い頃に戻ったみたいや」とほとんど楽しみながら進んでおられました。わたしも、将来はこういうふうに歳をとりたいものですね。
「さて、お嬢ちゃん。あれが目的のお店らしいわ」
男性の目線の先には、一見するとよくあるバーガーチェーンのような佇まいのお店がありました。入り口の自動ドアの上には筆記体のロゴ看板が付けられています。筆記体をまともに読み書きしたことがないので合っているのかは分かりませんが、"31 sounds burger"と書いてあるようです。
「ここが、短歌バーガー専門店」
緊張と空腹にゴクリと生唾を飲みます。
「日本発祥のようで日本発祥やない、不思議な料理ですよ」
訳知りな言葉をこぼした男性に続くかたちで、わたしは入店しました。
内装はバーガーチェーンらしい清潔なもので、特に変わった様子はありません。
「「いらっしゃいませー!」」
と、カウンターで立つお姉さん達が笑顔で挨拶をしてきました。内装のオレンジカラーに合わせたストライプ柄の制服には皺一つありません。第一印象はどこをとっても普通のハンバーガー屋さんです。しかしその普通こそが、私に違和感を覚えさせます。何せ、ここは学食ストリート深部。
「もっととんでもない店を想像していたのですが……」
「奇抜さだけが全てやありませんからな。それにほら、お品書き見れば少し気持ち変わるんとちゃいますか?」
頷き、カウンターのメニューを見ます。
そこには店内の雰囲気からはまったく予想できない、味のある毛筆フォントでメニューが書かれていました。いや、これは本当にメニューなのでしょうか?
「自然詠、季節詠、動物詠、植物詠……ずらりと短歌の種類が書かれていますが……」
「はい、こちらが当店のメニューになります! こちらで選んでいただいたものの中から、店長が全国各地で収集した選りすぐりの一首を用いてハンバーガーにするんです!」
「本当に短歌をハンバーガーにするんですね!」
どんなものなのかは一体全体想像できません。
けど、面白そう……!
「ほんなら、僕はこの旅行詠いただこうかな」
「じゃあ……私は生活詠で」
「旅行詠と生活詠ですね、セットメニューはフライドポテトとチキンナゲットから選べますがどちらにいたしますか?」
「ポテトとナゲットは何か特別なんですか?」
「どちらも普通のポテトとナゲットになります!」
「あ、そこはそうなんですね」
「ドリンクは本格抹茶とコーラからお選びいただけます!」
「二択の振れ幅」
* * *
「お待たせいたしました、旅行詠セットと生活詠セットになります!」
注文を終えて席に着くやいなや、追うようにしてスタッフのお姉さんがトレーを手にやってきました。トレーの上には見慣れたフライドポテトとハンバーガーの入った箱――そして異色を放つ、風情のある茶碗で点てられた抹茶が乗っています。好奇心が勝った結果でした。
「では」
ゴクリと唾を飲み、ハンバーガーの箱を開きます。
もちろん、中に入ってるのはハンバーガー。
レタスにトマト、パテの姿が確認できます。
「一見普通ですけど……あっ!」
手にとって横から見てみると、レタスとパテの間に見慣れないものが顔を覗かせています。
一見してチーズにも見えるそれは、正方形の短冊でした。
「ハンバーガーに短冊!」
まさしく常識を覆す一品です。
「食用の短冊ですな。作り置きできるもんやからファストフードには向いてますな」
特段驚いた様子も無く、向かいに座った男性はコーラを飲んでいます。
「他に使ってる店があるんですか?」
「あんまり多くはないと思いますよ。僕もここ数年触ってませんからね」
「使ったことはあるんですね……」
男性の謎も深まるばかりです。
「それじゃ、食べてみましょか」
「……ごくり」
意を決して、私は男性と同時にハンバーガーを口にしました。
まずは薄めのバンズと野菜の食感があり、少し遅れてパテの肉感とソースの塩味がやってきます。そして最後、サクッと軽い食感の短冊を噛んで口いっぱいにハンバーガーを頬張ります。味はいたって普通のハンバーガーのようですが――。
「――っ!」
突如、味覚から脳内へ広がるイメージ。
そこは雨上がりの校庭でした。
朝から降り注いだ雨が昼過ぎになってようやく止み、いたるところに水たまりができています。厚い雲の隙間から差し込む光芒が水たまりをきらきらと輝かせ、草陰ではカエルが飛び跳ねてもいます。外の住宅街からは、雨上がりのアスファルトの匂い。
校庭へ、私は友達と共に意気揚々と駆け出して行きます。
水たまりは怖くありません。
なぜなら今日は、新しく買ってもらった長靴のお披露目の日なのですから。
「ぴっち、ぴっち、ちゃぷ、ちゃぷ……はっ」
意識が店内に戻ってきたとき、私は頬張っていたハンバーガーをすっかり飲み込んでいました。心が情景の彼方に連れて行かれても、口は味わうべく動いていたようです。
目の前に視線を向けると、男性もまた唸りながらハンバーガーを頬張っていました。私と同様に情景の世界に引き込まれているのでしょう。私が食べたのは生活詠で、男性が食べているのは旅行詠。いったいどんなところへ旅に出ているんだろう……。
気になるところですが、まずはこの短歌バーガーを味わうことにしましょう。
はむり。
さきほどと同様の情景が心の中に浮かびます。
食べている時の感覚としては、〝Afterglow〟さんで売っているドーナツの穴と似たものがあります。けれど、二つが異なるのも確かです。
ドーナツの穴の効果は『ないはずのものをそこに存在させる』もの。
在るはずのないものを在るものとして定義するドーナツの穴が与えてくれるのは、言ってしまえば私達の未知です。
対してこの短歌バーガーが想起させるのは、あくまで私達がどこかで経験したような、断片的で美しい記憶です。まるで水面に落ちた色水のように、一粒からじわりじわりと滲み、広がっていく、わたしのこころなのです。
それはつまり、既知。
短歌バーガーの美味しさとは、既知のかがやきの美味しさなのです。
「はぁ……」
雨上がりの校庭でバシャバシャと水たまりの上を走り、跳ね、踊り、私は短歌バーガーを食べ終えました。心地良い余韻が身体を包んでいます。
これまでも学食ストリートで色んな体験をしてきましたが、今回も驚かされるものでした。ずず、と抹茶を飲みます。うん、結構なお手前で。
そうしてすっかり落ち着いてしまっていたせいで、私は隣に人が立っていることに(またもや)気付いていませんでした。
「水たまり
相手にとって
不足なし
午後の校庭
綺麗な長靴――ってね」
「ひゃい!?」
椅子から転げ落ちるかと思うくらいに飛び跳ねてしまう私。
そこには、若い男性が立っていました。
スタッフのお姉さん達とは違い、コックさんのような白い服を着ています。しかし頭にはあの長い帽子ではなく、ラーメン屋の店長さんみたいにタオルを巻いて被っていました。なんともちぐはぐな格好です。
白服タオルさんが手を差し出してきます。
「おっと失礼、私は
「ど、どうも」
流れで握手。
「どうだい、うちの短歌バーガーは」
「あ、あの、何というか……綺麗で面白かったです! その、私も少し短歌を詠むので、こんな風に伝えられたらいいなと思いました!」
「おぉ、それは何よりだ」
アハハハ、と五七さんは快活に笑います。
「――
男性が短歌バーガーを食べ終えそう呟いたのも、同じタイミングでした。
笑みを浮かべていた五七さんが、一転して真顔になります。あわわ。
「……失礼、今何と?」
「いや、美味しいには美味しいですよ、ちゃんと北別府の情景が浮かんではりましたからね。ただ、プロとしてはそれだけではアカンちゃうのと思うたんですわ。ハンバーガーに短歌を挟んだだけの、何の相乗効果もない料理。これでは素材以上の味は出せまへん」
「随分な物言いですね、あなたに一体短歌バーガーの何、が――」
眉根を寄せた五七さん。しかしその表情は、男性の顔をまじまじと見た瞬間に驚愕の表情へと変化しました。
「あなたはまさか、あの『ライトノベル料理人』……!」
「――あっ!」
その肩書きを聞く事で、私もついに、男性が何者なのかについて記憶の隅から思い出すことができました。
なるほど、どこか見た事のある顔なわけです。
「「ドイドイ・ヨーシハール(先生)!」」
「なんや、お嬢ちゃんも知ってはおったんか」
コーラを一口飲んで男性――ドイドイ・ヨーシハール先生は私に微笑みました。そしてすぐ、真面目な表情に戻って五七さんに向き合います。
「これでも一応、文食料理で食っとる人間や。何が良くて何が駄目かくらいはちょいと物言いできます」
「なるほど、確かにそうかもしれませんね」
「しかし」と五七さんは強気でドイドイ先生に立ち向かいます。
「うちの短歌バーガーは、父の代から続く歴史のある味なんですよ。それを悪く言われるつもりはありませんよ」
「そですか……それなら、一つ勝負してみますか?」
「勝負?」
「それぞれ短歌バーガーを作って、お客さんに食べ比べしてもらう。それでどっちがええか決めてもらうのがええんとちゃいますか?」
「なるほど、それなら文句はありません。ドイドイ先生、貴方が相手でも短歌バーガーなら負けるつもりはありませんよ!」
かくして、ここに短歌バーガー専門店"31 sounds burger"店長・
(大変なことになってしまいました……!)
会話に入れない私は、二人の間でもぐもぐとフライドポテトを食べていました。
―料理対決編に続く―
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