ロボットの僕へ、小説家の僕から挨拶を
小説を書きはじめて一日が経ち、二日経ち、大晦日になった。大晦日、優莉姉さんはテレビをつけなかった。僕はパソコンにかじりついて小説を書いていた。
「紅白とか見ないの?」
「見ててもあまり面白くないからね。それより、年越しそば食べないの?」
「食べる」
僕は年越しそばをかきこむと、再びパソコンに向かった。こうして小説を書いていると、優莉姉さんが小説を書くようになった理由がわかる気がする。確かに、自分で世界を作り上げるのはテレビを見るよりもはるかに面白い。
「書き上がったら見せてね」
優莉姉さんはそう言いながら和藤さんと通話している。僕は小説を書き続けた。文字数はいつの間にか2万文字を超えていた。しかし、まだ物語は中盤に近づいたところである。
年を越したことに気づいたのは、目覚ましのアラームが鳴ったときだった。
「おはよ」
優莉姉さんがそう言ってリビングに入ってきたとき、僕は自分の目を疑った。
――外が、明るい。
そして小説の文字数は3万5千字を超えている。僕は、小説を終盤まで書き上げたのだった。そして、小説は正月の正午に完成した。
「優莉姉さん」
僕は優莉姉さんを呼んだ。優莉姉さんは食卓の向かい側で待っていた。
「おっ、できたんだね」
「うん」
「初詣、行く?」
「行こうか」
僕は眠い目を擦ってシャツを着替える。真新しい白の長袖Tシャツを着ると、僕の目ははっと醒めた。
「じゃあ、そこの神社まで歩くよ」
「はいはい」
僕は優莉姉さんのあとを追いかけて靴を履き、玄関を出た。
二礼二拍手一礼。
「小説がうまく書けますように」
優莉姉さんはそう言って手を合わせる。
「自分で決めたことに、後悔しませんように」
僕はそう言って、手を合わせた。
――僕が過ごした冬はもう少しあるが、それを語るよりもその冬がもたらしたものを語ったほうがいいだろう。
「ありがとうございました」
そう言って優莉姉さんの家を出て、家族が帰った自宅に戻ったとき、僕は「小説家」になっていたと断言できる。小説家とは自分で選択肢を作り、それに則って色々なことをする人の一つの姿。選択肢を作る力は、僕に備わったのだ。高校生になった僕は、今でも小説を書いている。文書を書く力はかなり高くなった。それでも、最初に書いたあの小説は光っている。記念すべき僕の一歩として、そこに厳然と輝いているのだ。
優莉姉さんは和藤さんと付き合い始めて5年目だ。和藤さんの過去は二人には影を落としていないと聞いて、僕は少し安心し、同時に何か失った気分であの冬のことを思い出した大学生活1年目の今朝。あの頃のロボットの僕へ、今の小説家の僕から挨拶し、言葉を贈るならば、僕はこう言うだろう。
「君、ちょっと走るよ。そんなところにいても、何も楽しくないだろ?楽しいこと沢山しようよ」
小説家のあなたへ、ロボットの僕から挨拶を 古井論理 @Robot10ShoHei
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