帰宅と睡眠不足

 優莉姉さんの家に着いたのは、22時頃のことだった。僕はすぐに風呂に入ったが、和藤さんのことが頭をよぎって温まった気がしなかった。風呂から上がると、優莉姉さんが待ち構えていた。

「小説書けたんだけど、読む?」

「誰の小説?」

「英二くんのに決まってるでしょ」

「わかった、読む」

 僕は優莉姉さんが差し出した紙の束を受け取った。紙の束はかなり分厚かった。僕はその束を取るなり、読みふけった。


――僕は英二、杉山英二。僕の名を知っている人は少なからずいても、僕の物語を知っている人は多くはいない。全ての物語を語るには長いから、一部だけを語ろう。僕が過ごしたとある冬から、今までの物語を。

 始まりは、年内すべての部活が終わり、帰っていたときに聞かされたこの言葉だった。

「英二くん、ちょっといいかな」

 僕はその言葉の主に返事をする。

「どうしたの、優莉姉さん」

「今日からちょっとの間、私の家で過ごすのはわかってるね?」

 僕は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げようとしたが、驚きはとっくに臨界点を超えており口からは何も出なかった。

「……え?」

「聞いてないの?」

 僕は説明を受けた。今家族はみんな旅行に行って、留守にしていること。僕はその間、優莉姉さんに面倒を見てもらうこと。

「そうなんだ」

 それが口から出た全てだった。そうして、奇妙な日々が始まった。

「英二くん、君は何がしたいの?」

 優莉姉さんは一日一回はそう僕に聞いた。その言葉が出る状況は様々だった。全て僕が悩んでいるときだったが、その悩みは必ずしも同じではなかった。でも、それで僕は一つのことに気づいた。

――「未来はわからない」から、「その時どうにかすればいい」。

 そんなことを思っていた僕のままでは、到底気づかなかっただろう。僕はこの気づきを描くために、この物語を語るのだ。僕には、これを語る友はない。でも、文の向こうの相手にこれを語っても無駄だとは思わない。それはむしろ、僕にとっても有益なのだ。

 僕は、始めはロボットだった。周りの意向を頼り、自分に教えられることだけを知り、自分がしてほしいと思われることだけをする。自分が何をしたいかはどうでもいい。ただ、周りが何をしたいか、自分はそれに巻き込まれないか。そんなことばかり考えていたのだ。僕はそれが普通で、素晴らしいことだと考えていた。いわゆる「よい子」像である。僕は、何も決めていなかった。

 小説家。優莉姉さんは自分のことをそう称した。



ここからは、空白が連なっていた。何枚も、何枚も束ねられていたコピー用紙は、3枚目以降がすべて原稿用紙だった。読みふける時間は、十数分で終わった。

「優莉姉さん」

 僕は優莉姉さんを呼んだ。しかし、優莉姉さんは返事をしない。

「優莉姉さん……?」

 僕は優莉姉さんを探して家の中を歩き回った。

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