50.大人な雰囲気?
どうしたんだろう、みっちょん?
いおくんとなにかあったのかな?
琥珀は少し心配になりながら、ポンチョを巻いてみっちょんを待った。
最近お気に入りのふわふわポンチョはひざ掛けにもなれる、あったか便利な防寒グッズだ。
そう考えているうちにみっちょんが家に着いた。
玄関を開けた先に見えたみっちょんは少し元気がないような印象があって、琥珀たちが出かけた時の髪形と違っていて……さっぱりとしたいい香りがした。
もうお風呂に入ってきたのかな?
「ごめん琥珀、こんな時間に」
申し訳なさそうなみっちょんの声は、いつもより低めで、落ち込んでいるように見えた。
「大丈夫だよ、まだ10時回ってないし……みっちょん、なにかあった?」
「……まぁ、いや、部屋で話すわ」
みっちょんはいつもと違って少し俯きがちで、なんだか琥珀の方がソワソワしてしまった。
部屋でくつろいでもらって、琥珀は暖かいココアを用意してから二人で座る。
少しの沈黙の後、みっちょんが口を開く。
「……ごめん琥珀、私……こんな時に琥珀の顔しか浮かばなくて」
「いいんだよみっちょん、何かあったでしょ?……もしかしていおくんと喧嘩でもした?」
喧嘩だとしたら……いつもみたいな喧嘩じゃなくて激しい感じになったんじゃないだろうか……と、まだ確定してないのに心配してしまう。
「あ、ううん、いおとはその、大丈夫なの。大丈夫なんだけど……」
ココアを一口飲んだみっちょんは、また視線をそらして、悩んでいる様子。
いおくんとのこと……じゃ、ないのかな?
今日おデートしてきた後だから、タイミング的にそうかとおもったんだけど。
姿勢を改めて、みっちょんは琥珀を見つめる。
「琥珀」
「なに?」
「ほんっとうに、琥珀たちにはまだ早い話なんだと思うんだけど」
「え?」
「いおって女を前にして我慢できるような奴だと思う?」
………………がまん?
その時、琥珀の頭の中に浮かんだのは、大型犬のような姿のいおくんが、待てをしているイメージ。
割と欲に忠実な人かと思っていたいおくんが、なにかを我慢したらしい。
「な、なにを……」
「男の欲望を抑えられるような奴なのかってこと」
「なっ……!?」
琥珀でも、なんか、なんとなく、意味が分かった気がする!
さすがに!!
男の子の欲望……!!!
ちゅーとかってことでしょう!!??
琥珀はお顔を真っ赤にして口元を隠すように両手を当ててから、その手をほっぺに移す。
え、え、ちゅーの話……なんだよね……!?
「私、イルミネーション見に行った後に……いおの家に行ったの」
「!!」
いおくんのおうち……!?
「化粧落としてお風呂入って、その……まぁ、準備とか、して」
「じゅんび……」
まって、琥珀が想像してたことよりもなんだか……もっと先のお話な気がしてきた。
え、まって、ちゅうに準備って……ないよね?
え、それって、それって……!?
琥珀の心臓はドクンドクンと脈打ち出す。
まって、琥珀なんかが聴いていいのかな、この話?
「その……そういう雰囲気になるんだろうな、と思って」
「……大人な雰囲気……?」
「……まぁ、琥珀がどこまで想像できてるかはわからないけど、まぁ、そう」
ちゅうを超えたとすると……抱きしめあった……とか……?
少女漫画で、服の下からちょっと手を入れてるシーンとかもあったかもしれない!!
はわわっ、はわわわっ!!!
琥珀は色々と想像してしまった。
「いおの事だし、すぐその一線を越えるかと思ってたんだけど」
「……」
琥珀はごくんと喉を鳴らしてしまう。
だけど……?
「いざ私を目の前にしたら、怖いって言い始めたの」
「……?」
「手を出すのが怖いって。私そのまま頭突きしようかと思ったわ」
い、いおくん、何てこと言ってんの……!?
みっちょんの頭突きはすごく痛いんだぞ……!?
いや、でも……それっていおくんのがまんの結果なのか……!!
そこからいおくんが必死でなにかみっちょんのために我慢してくれたんだろうなということがわかる。
頭突きをしたくなったけれど……とみっちょんは下を向いて首を左右に振って言うと。
「でも違うんだって……私が怖いんじゃなくて、私に嫌われるのが怖いって……すぐ訂正されたわ。全く言う順番がおかしいのよ、漫画家の癖に」
「いおくん……」
それは頭突きされても仕方がないかもしれないよ、いおくん……。
みっちょん、聞いてる限り、すごい心決めていったみたいだから……。
みっちょん的には、してほしかった、のだろうな。
「いおは……私のこと、大事にしたいからすぐに手は出せないって言ったのよ。家に連れてった癖に……まぁ、寒かったから部屋にあがってあったまれって話ではあったんだけど」
「みっちょんはそれでどう思ったの?」
「……肩の力が抜けたのよ。肩に力が入っていることにも気付いていなくて。なんというか、呆然とした」
「呆然と?」
「いろんな感情がぐちゃぐちゃって絡まって、よくわからないのよ」
「だから琥珀のところに来た」と、みっちょんはようやく琥珀の目を見て言った。
みっちょんもまだ混乱している様子だ。
「一つだけ、解ることがあって」
「うん」
「いおが怖いって言った気持ちが、私にもわかる気がしたの」
そう言って、ようやくホッと息をついたように見えた。
言いたい話ができたような、ようやく気が抜けたような、そんな様子。
そんな様子をみて、琥珀も少し落ち着いてきた。
「私たち、長い間幼馴染をしていたじゃない?そこから距離を縮めた、わけだけど。私たちの根底にはずっと、幼馴染としての関係性が残ってるのよ」
「うん」
「浅い付き合いなんかじゃない、この先ずっと……長い時間を一緒に過ごすかもしれない。そんな中で、絶対に壊したくないものってあるのよ。間違いたくないの」
間違いたくない……そんな気持ちは少し、琥珀にもわかるような気がした。
「……いおは、女の人と遊んでた。その過去は変わらない。このまま進んで、私とのことまで遊びだと思われるのが嫌だから、我慢するって……言われたの」
ごろん、とみっちょんが横になる。
天井を向いて、腕を目に当てて、少し笑った。
「そんなこと言われちゃ、本当に真剣に付き合ってくれてるんだなって思うけど……ちょっと期待しちゃってた自分もいるのよ。もっと近づきたいと思っていた自分もいたの。たぶん誰よりも私が一番近いくせに、欲張りね」
「欲張りだと思うの?」
「欲張りよ。それでいてビビりだわ。どっちなのよって自分でも思う。まぁアイツも、欲張りでビビりだからおあいこかしら」
欲張りとはいうけれど、それは当たり前に出てくるような欲なんじゃないかな、と琥珀は思った。
琥珀も、どうしようもないくらい咲くんを欲しがることがある。
会いたいな、一緒にいたいな、離れたくないな、どうしたらずっと一緒にいられるだろうか、そんな風に。
みっちょんは普段、いおくんのことをこんな風に、あまり話さない。
それはきっと、みっちょんの性格からして、のろけにくいんだと思う。
けれどきっと、みっちょんの中にいるいおくんへの気持ちは、静かに、大きくなっていっているんだろう。
「ちょっと頭の整理ができたわ。ありがとう」
「ううん、いつでもお話聞くからねっ」
「ありがとう」
そう言って琥珀を見たみっちょんの顔は、さっきまでと違って、少し照れくさそうで。
「あーあ、私こんなにいおのこと考えちゃって。いつの間にこんなに好きになってたんだろう」
「琥珀は結構、二人がお似合いだなーって思ってるよ。ふふっ」
「私あんなにクソヤンキーじゃないわ」
「なんだろう、雰囲気がね。みっちょんを見てる時のいおくんの雰囲気が柔らかくなるというか……なんか、そういうところがいいなって思うの」
「別に、喧嘩しかしてないじゃない」
「琥珀にはいちゃついてるように見えるよ?」
「……もう、やだ恥ずかしい」
そう言って顔を隠したみっちょんは、琥珀に背中を向けた。
それはみっちょんによる最大級の照れ隠しに見えた。
みっちょんは、結構人を見ているというか、鋭い目をしていると思う。
人の本質を観察するような、そんなところがある。
みっちょんのそんなところを琥珀は尊敬しているし、みっちょんは琥珀の裏表ないところが好きっていってくれる。
……琥珀は複雑なことは苦手だからなぁ。
眠る時、同じベッドで手を繋いで眠った。
またいおくんに嫉妬されちゃうって言ったら、みっちょんは勝手に嫉妬させておけばいいって言った。
咲さんはそこの所、尊重してくれるだろうから琥珀が羨ましいって、みっちょんは言っていた。
そんな話をしながら、気付いた時には眠りについていて。
朝起きたら隣で目を擦ってるみっちょんを見て、こりゃいおくんに言ったらトゲトゲしい言葉を貰うなって確信した。
寝起きみっちょんは普段とのギャップが激しくて可愛すぎたのだ。
それからみっちょんはお昼前に琥珀の家を出ていった。
また黒曜で会いましょって、約束をした。
それから現在、咲くんからのプレゼントを開けた琥珀ちゃんは、目をまん丸にしてそのプレゼントに魅入っていた。
そこには、小さい指輪のネックレスがあった。
ゆびわ……ゆびわ!!?
目を見開いてその指輪をみる。
それは、指にはめることは出来ないようなデザインで、ネックレスみが強かった。
その指輪には小さな黄色い石が、キラキラするように、いくつか埋め込まれていた。
とんでもないプレゼントを頂いてしまったきがする……!!!
翌朝、黒曜へ行く前にその指輪のネックレスをつけてみた。
デザイン、とても可愛くて琥珀はとても好き!
咲くんが着いたと連絡をくれて、どきどき、緊張してくる琥珀。
「いってきます!!」
外に出ると、咲くんが寒そうな曇り空を見上げていて、白い息を吐いていた。
思わずうっとりそんな姿を見つめてしまっていた琥珀に振り向いた咲くんは、少し驚いたあとに、ふわりと大好きな笑顔で琥珀に笑いかけてくれた。
「つけてきてくれてありがとう」
「い、いや、琥珀こそありがとうと言いたいのだけど……!!」
「うん、かわいい」
「あ……あり、がとう」
こちらに来て琥珀の髪をふわりと撫でてくれた王子様に、今日も琥珀の心臓は早鐘を打つ。
あなたと一緒にいるだけで、どこでも幸せな空間になる。
いつからだろう、あなたにこんなにと夢中になっているのは。
それまで、何の気なしにあなたと過ごしていて、一緒にいる時間が楽しくて、ただその時は、それだけだったのに。
たぶん、琥珀の意識が変わったのは……キスをされた時から。
あの時は大混乱してしまって、避けたりもしてしまったけれど……結果的にあの件がなければ、琥珀は咲くんからの想いに気付かないままだった。
「スノードーム、かわいかったよ。ありがとうね」
「うん、かわいくて一目惚れしたの」
「そうだったんだ……じゃあ今度見においでよ、家に」
「おうち……?」
咲くんの……おうち、に……?
「え」
「今日でもいいね、クリスマスだし」
「え……?」
「琥珀はどうしたい?」
思い出すのは、昨日のみっちょんのお話。
『イルミネーション見に行った後に……いおの家に行ったの』
『そういう雰囲気になるんだろうな、と思って』
『いざ私を目の前にしたら、怖いって言い始めたの』
『いおが怖いって言った気持ちが、私にもわかる気がしたの』
『間違えたくないの』
「そういうふんいき……」
「琥珀ちゃん……?」
「いや、あ、えぇと……」
琥珀は悩んだ。
そういうふんいき、ってものに琥珀は耐えられるのか。
そういうふんいきになったとき、琥珀はちゃんと……咲くんに満足してもらえるように……できる?
「ふふ、考えすぎだよ、琥珀。一旦黒曜行こうか」
「……え?あ、うん……琥珀また考え込んじゃってた」
「今日はクリスマスだから、琥珀と一緒にいたいなっていう俺のわがままだっただけだよ」
繋がれた手に引かれ、車の方へ。
咲くんのわがまま……というにはちょっとかわいいわがままだな、と思った。
今日のお空は暗くて、今にも雪が降り出しそうだった。
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